まだ旅行の途中
新鮮な玉菜に玉葱と挽き肉を見つけ、携帯していた固形のコンソメを使いロールキャベツを作って二人で小腹を満たしていた。
多く作ったから残りは夜に暖めて食べる様にと言い、食後のお茶を飲みながらまったりとした時間を過ごしている。
「嫁に来ないか?」
「男に真顔で何言ってんだよ。そんな言葉を聞かれたらまた阿求ちゃんの薄い本が厚くなるだろ」
「女の子だったらなぁ……」
「残念でした。でも俺が女の子で霖之助に拾われる世界線があるかもな」
尽くすタイプだから間違いなく身も心も差し出すくらいの事はしていると思われる。
「なんで僕はその世界にいないんだ……それよりさっきから店の入り口からこっちを見てる大きな女性は知り合いかい?」
「ん? ああ、あれは八尺様だよ。何か俺ストーキングされてたから相談したんだ。そうしたら、お話(物理)を紅魔館のみんなと諏訪子さんがしてさ……あまりに可哀想だったから付いてきたりするだけならいいよって許してあげたんだ」
自由すぎる恭夜のボディガードにもいいと最近では紅魔館の者達にも評判はよく、里以外に行く時は必ず付いてくるので慣れていた。
「そうなんだ。だけど大きくて肌が白いな……」
「それでさっきの話の続きなんだけど……あ、その前にあれほしい簡易O」
………
……
…
小悪魔妹の服を買うのにぶらついていると、帰りが遅いと心配になった小悪魔が迎えに来て……
「小悪魔が迎えに来たと思ったら俺が金持ちになっているのと、死にかけた事に卒倒しそうになったでござる」
「よりにもよって王族の、純血で純潔の悪魔の血を飲んじゃうなんて……」
「お姉ちゃん、七夜月さんの暴れ方は凄かったよ。自分で殴り飛ばしておいて『逃がさんっ!』って」
どうやら理不尽な事も言って戦っていたらしい。
「満月の夜にお嬢様と妹様と戦ってる時はボッコボコにされてるのに……何よりも私の血は飲まなかったのに」
「咲夜の血以外は飲むなってお嬢様が言ってたからね、仕方ないね」
「私ならこう、直に噛みついてもらってもいいのに……」
血を飲んでもらえる咲夜に対する嫉妬心が半端なかった。
「顔をアイアンクローで持ち上げて握り潰した時の笑顔は……」
小悪魔妹は頬を朱に染めてブルッと身体を震わせている。
「……小悪魔にはこれ着てほしいなぁ」
それぞれトリップしている姿から目を逸らし、様々な服を見ながら呟いていた。
恭夜がメイド服の次に好きな俗に言うエプロンドレスを見つけ、プライベートの時に着てもらおうと美鈴、咲夜、小悪魔達のサイズがないか探している。
知り合いで着てくれそうな者達の分も探していて、買い占めるくらいの勢いだった。
「あ、そうだった。二人とも欲しい服あったら幾らでも買うから持ってきていいよ」
流石に三回分遊んで暮らせる程あっても不要だと考え、思いきり使うつもりである。
小悪魔が合流する前にも悪魔の幼女が違う国で手術する為の費用が必要だから募金をと言われ、詳しく話を聞いてから必要な費用を引き出してきてポンと募金したりとやりたい放題。
物凄く感謝をされて名前を教えて欲しいと言われ、通りすがりの紳士とだけ告げてクールに去っていた。
代わりに離脱のタイミングを逃していた小悪魔妹が名前を教えていたので意味がなかったりするが。
「ありがとうございます!」
「この子ったらもう……」
「てかこれどうやったら使い切れるかわからないし、帰ったら小悪魔のご両親に残りは渡すから。お世話になってるお礼にちょうどいいだろうし、俺かなり食べるし食費代わりに」
正直食費としてこの額を渡されたら引くレベルだが関係ないらしい。
「あっ、お嬢様からの伝言を忘れてました。『休みは三日と言ったけどあれは嘘よ。毎日楽しいからって睡眠時間を削って働いて倒れて……咲夜を付き添わせる訳にはいかないから、小悪魔と一緒に一週間静養して来なさい』との事です」
「マジかよ……」
レミリアの為に働くのが好きで好きで仕方がなく、倒れる事くらい苦でもないので後五日も休めと言われて衝撃を受けている。
「ふふふ、咲夜さんが私を羨ましそうに見てました」
「静養しに来たはずなのに昨日今日と怪我したりフルパワーで戦ったり……幻想郷より疲れるような気がするんだけど」
「明日からは大丈夫ですよ。私が案内しますから危険な目には遭いません」
そう言って胸を張りドヤ顔を決めている。
「うむ、その胸は途中からワシが育てた」
「それは間違ってませんね」
一線は越えていないが色々としてはいるらしく、その影響でサイズが大きくなったらしい。
「咲夜に知られたら小悪魔を射殺すような目で見るんだろうなぁ……バレてる気がするけど。あ、これは着て咲夜の反応を見てみたい」
手に取ったのは前にメイド萌え、後ろにメイドLOVEと書かれた白のTシャツだった。
「それ面白そうですね。クールな咲夜さんの動揺してる姿が見てみたいです!」
「うーん、こっちにしようかな……」
咲夜の反応を見る為の服を選ぶ二人の側で、小悪魔妹は真剣に服を選んでいた。
………
……
…
「上半身裸にされてる意味がわからない」
無駄のない筋肉のついた肉体を店内で晒しながら、店員達の着せ替え人形にされている。
「男らしい男でしかも人間って珍しさですから仕方ないですね」
「この国だと肉体派は少ないもんね」
買い物が終わってから声をかけられたらしく、満足そうな二人はその光景を眺めていた。
「めっちゃ若く見えるのにこっちだと既におばさん扱いとか信じられんなぁ……」
二十代前半くらいの見た目の女性達がキャーキャー言いながら腹筋に触れたり、新作の男物の服を着せてきたりを繰り返していた。
「私達から見れば店員さんはママと変わらないおばさんに見えるけど、恭夜さんにはお姉さんに見えてるんだろうなぁ」
「女王陛下にもデレっとしてたよ。養子を取る取らないでニュースになってるくらいの年のあの陛下に」
二人からしたら人間で言うおばさん達にデレデレしているようにしか見えないらしく、色々モヤモヤしていた。
「俺の何かが吸われてる気がする……主に若さとかが」
「もうやーだー! 七夜月君ったら酷いー」
「胸板……逞しい胸板……」
入れ替わり身体を触られまくって若さを吸い取られているような気分になっていた。
「うわぁ……」
「確かに吸い取られてそう」
そのまましばらく着せ替えと触られる作業を繰り返し、相手が満足した所でようやく店から出る事が出来た。
「若さと元気を吸い取られた気がする……後なんか途中からやたらゴツくて筋肉質なのにクネクネした男の人も混ざってたし」
「その方にイケメンで強いのね」
「嫌いじゃないわ!って言われてましたけど」
「肌に直接触れると数時間前までの記憶は読めるって言ってた。秘密にしてあげるわ♪って……勝手に見ちゃったお詫びにって鞭の極意の本を貰った」
長年かけて書いてきた本だったらしく、初歩から超上級者向けまでの全てが記載されている。
「む、鞭……」
ポッと頬を赤らめながらブルッと身体を震わせていた。
「お姉ちゃんがいつのまにか変態になっていた件」
「まぁ、君のお姉さんの契約主がド変態だからなぁ……朝起きて俺の指を当然のようにしゃぶってた時はとにかく怖かったし」
パチュリーの自重というリミッターは壊れているらしい。
「パチュリー様は恭夜さんと関わってから凄い変わりましたからね」
「喚ばれたのが私じゃなくてよかった……あ、戦う事とお料理以外で得意な事って何かあるんですか?」
「とある歌数曲をてつをみたいに歌えるくらいかなぁ……」
普通にも歌えるが音程を真似出来るらしく、輝夜と紫が歌ってくれとよくねだっていたりする。
「て、てつを……?」
小悪魔妹は何の事かわからず思わず聞き返していた。
「俺は太陽の」
………
……
…
そんな楽しいやり取りをしながら小悪魔宅に帰り、お土産のお菓子等を広げコーヒーや紅茶を恭夜が煎れて皆の前に置いていた。
「私より女子力がある……」
「幻想郷嫁・婿に欲しい存在ランキングで毎年ダントツ一位だもの。攻略難易度はルナティックだけど」
恭夜からの好意はビックリするくらい簡単に得られるが、自分達からの好意はなかなか信じてもらえないのでかなり難しい。
青娥や早苗並に押せば一週間で好意に気がつくが、消極的だと年単位でかかる。
「えっ、女性より上なの?」
「見た目と中身が伴って、性格もよくて人懐っこいのが恭夜さんだけなのよ」
割と里の者達に人気だが誤解から外来人からの評価は低く、恭夜を侮蔑する発言をして里の者との溝を深くする者が多い。
「こんな目の前で普通に褒められるとかなんなの? 罰ゲームなの?」
恥ずかしさから赤くなってそわそわしていた。
「それで一見完璧に見えるけど、女の子には弱いの。後はおっぱい大好きってところも」
「へ、へー……」
「えっ、何これマジで罰ゲームだったの? 性癖まで暴露されるとかどうなってるの?」
小悪魔の両親と妹の前でそんな暴露をされて少しパニック。
「咲夜さんに洗脳されて脚も好きになってるけど」
「へー」
「紅魔館でなら両方を兼ね備える美鈴が最強って結論になったなぁ……真の最強は白蓮さんだけども」
甘えさせてくれて両方を兼ね備える白蓮が恭夜の中では最強だった。
「まぁ……私の胸は恭」
「お前、今何を言おうとしたよ」自身の名前が聞こえそうになり、慌てて口を塞いでいる。
「お姉ちゃんの胸?」
「前に帰ってきた時より大きくなってるわね、成長期かしら?」
「むー!」
「きっとそうですよ」
小悪魔の口を塞いだまま肯定していた。
………
……
…
そんな危ういラインの会話を時折しながら過ごし、夕飯の準備をする時間になっていた。
恭夜がそれを手伝おうとエプロンをつけた所でインターホンが鳴り、テレビを見ていた小悪魔父が対処している。
「夕飯の準備は必要ないぞー。女王陛下が私達を招いてくれるみたいだ」
「何で私達が招かれるのかしら? とりあえずドレスコードがあるでしょうし、すぐに着替えないとダメね」
小悪魔父母は不思議そうにしながらも着替えに部屋に戻って行った。
「……これは確実に狙われてますね」
「えっ……なにそれこわい」
「そう言えば陛下はいつも清楚な格好なのに、今日は胸を強調するドレス来てたし……」
「普通ならテンション上がるくらい嬉しいんだろうけど、俺は生死的な意味で嬉しくない……」
ただでさえ綱渡り状態なのに特大の爆弾的な存在に胃が痛くなりそうだった。
「とりあえず恭夜さんはその服でいいですね。何か背中に思いっきり王家の印描いてありますし」
「あ、これ一定の魔力があると浮き出てくるタイプだよ」
「小悪魔、もしお泊まりなんて言われたら嫌な予感がするし一緒に寝よう」
夜這いとかされたら抗う自信は流石にないらしい。
「はい!」
「だからダメだってば!」
そんなやり取りをしながらも二人は部屋に戻って準備を済ませ、迎えの者達の車に乗せられ城まで連れていかれていた。
不安が取り除かれたからか城では皆が明るく、立食パーティーが開かれその場で改めて城の者達に恭夜は紹介されている。
服の背に煌々と浮かび上がる王家の紋章にざわつかれたりしたが、やたらと恭夜の世話を焼いている女王の姿に皆は何かを察していた。
そしてパーティーも終わり時間も遅いからと一人一人部屋に案内されている。
「色々チグハグすぎるんだよなぁ……」
魔法に科学が折り混ざっているのに見た目が中世のような城だったりと、まだ慣れないらしく恭夜は少々混乱しているようだった。
「それに小悪魔とも別室にされちゃったし……こんな天涯付きのベッドとか落ち着かない」
横になっているが落ち着かず、独り言まで溢す始末。
「……現実逃避してたけど、どうしよう」
「はぁっ……あぅ……」
すぐ側で女王陛下がはぁはぁ言いながら顔を朱に染め、ぐったりとその身を横たわらせていた。
「女王陛下が夜這いに来られて、その前に耳掃除をしましょうって誤魔化してやったらこうなっちゃうなんて……」
毎日誰かしらに呼ばれて耳掃除をしているから成長が止まらず、能力も日々進化して依存してしまう程の快楽をもたらせるようになっている。
「はぁ……ふぅ……んっ……」
「俺の自制心が緋緋色金並じゃなかったら確実に覆い被さってたな、うん」
暴走しそうな理性をねじ伏せるくらいの自制心だった。
「魅了の瞳を使ったはずなのに……」
「魔眼の類は大体効かないんですよ」
「まぁ……私の胸を嬉々として触られていたのにですか?」
「それは魔眼の精度次第でラグがあるというか、克服するのに時間がかかるというか……」
魅了にかかったフリをするという姑息な手段を使ったらしい。
………
……
…
「恭夜は本当に胸が好きだね」
話を聞いていた霖之助は思わず口を挟んでいた。
「男だもの。ちなみにそれ以降休みの間は女王陛下が事あるごとに呼び出すパターンばっかで話す事は特にないんだよなぁ」
「本当に?」
「血を飲んだ弊害で女王陛下が俺がどこにいるのかわかるようになったくらいか。純血の悪魔の血を取り込んだって話をしたらお嬢様に怒られたよ」
魔力増強の恩恵はあったが離れてもどこにいるか分かるようになっているらしい。
「うわぁ……」
「城のメイドさん達で耳掃除を試したら大変な事になったり、最強の暗殺者(笑)とか言うやつを逆に俺が暗殺したり普通すぎてなー」
三月精と咲夜の劣化能力を扱える時点で暗殺向きであり、見破られたとしても高い防御力と怪力で遁走も可能だった。
「いや、寧ろそっちが聞きたいよ。親友が悪魔の女王の胸を触ったとか聞かされても困るし」
「俺も親友に胸を触ったって話をしてる自分が嫌だったわ」
赤裸々に語った事を今になって後悔している。
「僕はぺったんな方がいいと思うんだ。和服的に」
「俺は全部いいと思う」
「知ってた」
「ですよね」
「ロリコンで何股もしてるって噂のお陰で他の性癖に関してはへー程度で済んでるよね」
「マジか……マジか」
「何股もしてるから性癖も色々あるんだろ的なね」
知らない間に誤解が誤解を呼んでいた。
「寧ろメイド好きは誇りにすら思えるまである」
それを知っている咲夜がプライベート用に自腹で一着作っていたりするが、恭夜はその事には気がついていない。
「あと恭夜は悪・格闘タイプって言われてるよ。意味がよくわからないけど」
「妖精が四倍弱点だから間違ってはいないな。寧ろ正解」
野生の妖精達は既に手懐けているので安心できるが、そんな事をしているからロリコン扱いされてしまうのである。
「悪の割には里では英雄扱いされたりしてるよね。一緒に里に行くのを見られているからなのか、僕一人で買い物に行ってもおまけしてくれたりと色々な恩恵があるよ」
「よかったじゃない。英雄扱いは誰かが捕まえてきて逃げられたでかい猪を真正面から受け止めてぶん投げたからかな……めっちゃでかかったし、あんなのが里で暴れてたら大惨事だったよ」
雪女郎から授けられた怪力と美鈴と白蓮直伝の気と魔法の身体強化を常時使用しており、怪我一つなく猪を投げ飛ばしてから追い討ちで気絶させたらしい。
「何だか全盛期の恭夜伝説とか晩年に伝えられそうだよ」
「嫌だよそんなの」
「私はいいと思いますよ? 信仰も集まりそうですし」
ヌッと早苗が恭夜の背後から現れ抱きつきながら言っている。
「……僕は驚かないよ」
「アイエエエエ! サナエ!? サナエナンデ!?」
「紅魔館に行ったらこっちだって言われました。取り込んだ悪魔の血を綺麗にするのに今度の満月には私の血を届けます、いいですね?」
どうやら最初の方から店内に潜んで聞いていたらしい。
「アッハイ」
神か悪魔か……と呼ばれる日がいつか来るのかもしれない。
「んふふふ……」
「うわぁ……」
恍惚とした表情で恭夜の首筋に顔を擦り付ける早苗を見て、霖之助はドン引きしている。
「あっ、その両手も私で穢れを祓わないといけませんね」
「いや、別に手は穢れてないけど……」
「恭夜、僕ちょっと用事あるから店番と留守番をお願い」
早苗の瞳のハイライトがうっすら消えていくのが見えたらしく、鞄を掴むとそれだけ言い残して見捨てて行ってしまった。
「えっ? ちょっ、まっ!」
「小悪魔さん達から聞きました。紅魔館ではキスするのが挨拶みたいなもので普通になってるって」
「うっ」
「私ともしてくれますよね?」
「む、寧ろお願いしたいまである……」
底冷えするような早苗の声に本能的な恐怖でお願いしていた。
「私はいつでもどこでもいいですよ? うふふ……」
「……で、何の真似?」
「恭夜さんが好きだって噂のヤンデレをやってみました」
「演技なのか本当なのか分からなくて怖かったわ……俺別にヤンデレとか好きじゃないし。寧ろデレデレが好きだし」
「普段の私の事じゃないですか(歓喜)」
まさかのドストレートな発言に嬉しくなりテンションが上がっている。
「確かに……ん? そうなると自動で俺は早苗の事が好きって事になるの?」
「そうなっちゃいますね!」
ギューッと更に強く抱きつき、ニヤつきが抑えられない自身の顔を隠そうとしていた。
「うーん……早苗が絡むと何故か俺がラブコメの女の子の立ち位置になってる気がする」
「そうですか?」
「いきなり風呂に入ってきたり、着替え中に入ってきたりするだろ。特に風呂は間違いなく俺が入ってるの確認してから入ってきてるし」
脱衣場でガサゴソする音が聞こえてくるのでバレバレらしい。
「えへへ」
「ナチュラルに一緒に入ってくる諏訪子さんよりは対処しやすいからいいけども」
入り口をどうにか開かないようにして何度か侵入を防いでいる。
「もう入り口を改造したので塞いだりするのは無理ですけどね!」
「神奈子さんが間違えて入ってきたらどうするんだよ……オンバシラで俺の命が危険で危ないだろ」
「大丈夫ですよ!」
「えっ……それは死に慣れてるからって意味? 死神さん達に来んなって門前払いされるから?」
最近は慣れてきた死神達に問答無用で追い返されるようになり、生身で小町の元を訪れると逆に心配される始末。
「それとさっきの話、まだ何かあったんじゃないですか? 恭夜さんが平穏に過ごしてるはずがないです」
「まぁ……うん」
「私にだけ教えてください。口は固いんですよ?」
「それは分かってるよ……けどなぁ」
あまり話したくない事のようで渋っている。
「知りたいです」
「……じゃあ話すけどさ」
………
……
…
女王を部屋まで送り、ぐっすり眠った次の日の朝。
小悪魔一家は案内された部屋で朝食を前に恭夜を待ち、それよりも先に女王が到着してしまっていた。
「あ、寝坊してるかも」
「昨日あんなに大変だったから仕方ないと思うけど」
小悪魔姉妹がそんな話をしていると
「うー……睡眠妨害にあってまだ超眠い……」
と言いながら何かを掴んで乱暴に引きずりながら部屋に入ってきた。
縄脱け出来ないような縛り方で動きを封じられ、舌を噛みきれないように猿轡をしっかりされた怪しい者が引きずられていた。
女王や傍に控えていた者達は目を見開き、慌てて縛られている者を捕らえている。
「あれ各国の偉い人達を恐怖に陥れていた暗殺者だよお姉ちゃん!」
「夜中にトイレ行こうとした恭夜さんに遭遇、見つかって始末しようとしたら返り討ちにされたって所かしらね」
「ふぁ……暗殺ならあいつよりも俺のが上手くやれる自信があるわ」
三月精と咲夜の劣化能力が扱える時点で暗殺特化であり、更に万が一バレたとしても格闘戦も出来るという厄介さ。
「投擲速度が速すぎるナイフ、まるで見えないナイフ、音が聞こえないナイフを混ぜて使ってくるとか普通ならどうしようもないですよ」
「速くて見えなくて音も聞こえないナイフを忘れてる」
視覚外からの先制攻撃時に使うらしく、侵入者の九割はこれで終わるらしい。
「うわぁ……」
小悪魔妹は当然のように加えた恭夜に引いていた。
「近距離なら大丈夫だろうってナイフの雨を運良く潜り抜けて近づいても一方的にボコボコにされますからねー」
聞き耳を立てている女王の護衛達の驚いた顔に鼻高々な小悪魔は更に付け加えている。
「本来は前衛だもの。咲夜やパチュリー、お嬢様を守る盾役でもある」
スペルカードで呼び出されて強制的に盾にされたりもしているようだが。
そんな話をしている内に改めて朝食が始まり、女王からの熱い視線は軽く受け流している。
朝から遠慮なくガッツリ食べる恭夜に見に来ていた担当シェフが嬉しそうに引っ込み、追加で色々作りに早足で戻ったりしていた。
「くっ、お腹いっぱい食べて太らないとかずるいです。更にお菓子とかも食べてるのに」
「えっ、それズルい!」
食後の紅茶を飲む小悪魔姉妹の不満そうな視線を受けつつまだ食べている。
「……常時気と魔力で身体強化してるからなのか燃費最悪なんだよ。美鈴と白蓮さんがいいって言うまでは止められないし」
師匠'sはとても厳しく、自分達レベルになるまではやめさせないつもりのようだった。
「……とりあえず今日はどこに行きますか?」
「お姉ちゃん、私も付いていくからね」
「のんびり散策でいいと思う。特に心休まる安全な場所がいい」
連日望まぬ戦いで疲れており、安心できる場所に行きたいと思っている。
「それならゆっくり散歩でもしましょうか」
「あ、ついでに入門用の鞭も買っておかないと」
貰った本を見ながら練習し、某考古学者のような鞭使いになれないかと思っているようだった。
何を誤解したのか聞き耳を立てていた女王は、鞭と聞いて頬を朱に染め軽く身震いをしている。
小悪魔と同じで征服されたいタイプらしく、恭夜との相性は抜群によかった。
「お待ちなさい。その前に貴方には新しい褒美とそれぞれの国が一丸となり懸けていた賞金と、私個人からの贈りものをさせていただきます」
たったの二日で不安の種であった物が二つも取り除かれ、暗殺者捕縛に関しては他国に強く出る為のカードにもなり得るものである。
「いえ、そんな……」
「恭夜さんは黄金律B+くらいありそうですね」
恭夜が読んでいた某文学を小悪魔も読んでいたらしい。
「一時間程したら案内の者を遣わせますので」
そう言うと護衛の兵士達と共に部屋を後にして行った。
「とりあえず私達は先に帰るから、三人は今日一日楽しんできなさいね」
「いやー、まさかこの年になって城にお呼ばれして泊まったなんてなー。みんなに自慢できるし、七夜月君は幸運を運ぶ者みたいだよ」
「あはは」
普段は毎日のように会いに来る雛に運の良さが相殺されているが、旅行に来てからは運の良さがインフレしている。
そのまま小悪魔の両親が送られて帰宅し、三人が待っている間にシェフの計らいか見た事のないフルーツのパフェが出されたりしている。
体重を気にして食べようとしない小悪魔にはあーんして食べさせ、妹の方にも同じようにして食べさせていた。
「あ、これよくわからない果物だけど美味しい。フルーツの種も買っていこうか」
美味で更に少量だが魔力も補充出来ると気に入ったようで、種を買って帰る気満々である。
「でもこっちの土壌じゃないと育たないと思いますよ?」
「魔力が混ざった魔界の土だから育って、人間界の土じゃダメだと思う」
神綺様の魔界とはまた別の魔界である。
「パチュリーと交渉して俺の菜園周りの土に魔力を混ぜて貰うから行ける行ける」
大体お願いをすると、今すぐワイシャツを脱いで渡してくれれば等と簡単にやってくれるらしい。
「それに成長するのに数十年から数百年かかるのもありますし……」
「お爺ちゃんになる頃か何回か生まれ変わった頃に食べ頃になるね」
人間では育てるのに無理があると遠回しに諦めるように姉妹で説得している。
「覚えててよかった成長促進の魔法。それと何故か俺の小さな菜園限定で豊穣になるからラッキーだわ」
穣子の能力が劣化したパッシブスキルとして使えるらしく、自分が育てたい作物限定で必ず豊かに穣るようになっていた。
「……あー!? あの時期外れなのに美味しい野菜料理とかは恭夜さんだったんですか!」
「寧ろ気がついてなかった事に俺は驚いてる」
そんな話をしているとメイドが入ってきて二人は部屋で待つように言い、恭夜だけを連れて部屋を出ていった。
そのまま案内され、とある部屋の前に止まって入るように促され中に入った。
「っ!」
中に入ると部屋の両サイドを埋めるように並ぶメイド達の迫力にビクッとしている。
「これが私からの贈り物です」
「は?」
意味が分からず思わず口に出していた。
「無意識なのでしょうが、メイドの事を目で追っていたので。貴方になら好きにされてもいいという者だけを集めました」
「えぇぇぇ……」
やたら熱い視線に晒されてドン引きしている。
そのまま椅子に座らされて四方八方をメイドに囲まれ、外の世界のキャバクラの強化版みたいだと考えながらも何とか対応してみせていた。
女王には色々見破られていたらしく胸が大きいメイドが多く、揺れると思わず目で追ってしまっている。
「おー、ちゃんとした男の子だ」
「いや、それ以外に何があるんすか……」
「だって今の魔界の九割は男の娘で男にしか興味ない子ばかりだからね」
こちらも深刻な少子化で色々と大変らしい。
「それじゃあどうやって」
「残り一割でどうにかなってるんだよ」
「どこも大変なんだなぁ……」
「それに今じゃ混血のがより強い子が生まれるって評判なんだよねー」
女王は公務があるからと出ていき、すぐにフレンドリーにとお願いしたからか周りのメイド達も砕けた話し方をしてくれている。
「へー……さっきから後頭部と両腕がやーらかいです」
背後から抱き締められ、両腕はメイド達に絡まれ挟まれて生きながらにして天国にいた。
「幸せ?」
「そりゃもう……さっきチクッとやられなければ」
首筋にチクッと来たらしい。
「ありゃ、バレてた?」
「女王陛下の指示なんだろうけどさ。すっげぇ気持ち悪くなってきてるし」
純血で純潔な悪魔の血が血管に流し込まれたらしく、気分が悪くなってきている。
「普通の人間だったら死んでるんだろうけど、女王陛下の血を飲んで平気だっただけはあるね」
「多分八割くらいこの柔らかさで紛れてる」
「うーん、流石と言うべきなのかな。おっぱい大好きなんだね」
「それが嫌いな奴は認められない」
ムーブメントの根幹である。
………
……
…
調子が戻り他のメイド達にもくっつかれたりして一時間が経ち、頬が緩んだ状態で最初の部屋に戻った。
小悪魔姉妹が待っていて恭夜が入ってくると嬉しそうな顔をしたが、姉の方は近づいてくるとスンスンと匂いを嗅いでジト目になっている。
「お楽しみでしたか?」
「チクッとされた分は」
「さっ、帰りましょう?」
自分の匂いで上書きする為に恭夜の左腕に自分の腕を絡め、身体を密着させ始めた。
「あっ! ……うー!」
妹の方はまだそこまでは到達しておらず、羨ましいが出来ずうろうろしながら付いてくるだけだった。
そのまま城から出て、三人でのんびり雑談をしながら色々な店を見て回っている。
途中で練習用の鞭を購入し、某考古学者のように腰に装備してご満悦だった。
「鞭……」
「お姉ちゃん?」
「さっきの店主の女性の熱く舐め回すような視線がちょっとあれだったなぁ」
二人を連れ立って購入したからか用途を勘違いされたらしい。
「頻りに試し打ちしない?って言われてましたね」
「ハァハァ言ってて怖かったわ」
………
……
…
「……まだ先は長いし一度休憩しよう。おやつに何か作るから」
勝手知ったる霖之助の家、そこらにこっそりとお菓子作りの材料を置いている。
「はい!」
次で旅行編最後。
鞭でスタイリッシュアクションをいつかやれる日が来るといいなぁ。