番外編 三週目の世界で2
あれから数ヵ月が経って季節は夏になっていた。
監視も含めているらしく紫からの提案で住居を永遠亭の近くに魔法で移している。
近くと言っても1km近くは離れており、鈴仙が通うのが楽になったと喜ぶくらいで相変わらずの引きこもりである。
「……永琳先生からの要請がかなり増えたせいでゆっくりできない」
二週目で永琳指導の元に医術全般を何十年もかけて治めた事が仇になっていた。
「専用の白衣にネームプレートまで用意してたよ? 妙にうっとりとした表情だったのが気になったけど」
相変わらず鈴仙は入り浸っていて、薬の材料を一緒に探してもらったりと上手く恭夜を使っている。
「もしかしたら白衣が好きなのかもしれない」
メイド好きで眼鏡好きな恭夜は少しだけ親近感を覚えた。
「そう言えば……夜中にトイレ行こうと思って向かってたら、恭夜が着替えをする部屋から光が漏れてたのよ。それでそっと覗いてみたら白衣をギュッと抱き締めてたし、本当に白衣が好きなのかも」
「俺はブレザーとかメイド服が好きだから親近感を覚えるな」
この数ヵ月で鈴仙に影響されてブレザーも好きになっていた。
そんなのんびりした日から数日が経つと、再び永琳からの要請が来てしまった。
難しい手術をするようで鈴仙以外にもサポート役がほしいと言われ、渋々永遠亭に足を運んでいた。
天才とチートマンが揃った時点で失敗するわけがなく手術は無事に成功。
終わった頃には日も暮れていたので風呂を借り、上がってからは縁側で団扇片手に涼んでいる
「あっつー……」
「七夜月さん、お疲れ様でした。今回は本当に助かりました」
そんな涼んでいる恭夜の背後から永琳が声をかけ、恭夜との間を少し開けて腰掛けた。
永琳も風呂に入ってきたようで、三つ編みは解かれたまま涼しげな浴衣を着ていた。
麦酒の入った瓶とコップが二つ、枝豆が盛られた皿が乗ったお盆が二人の間に置かれている。
「お疲れ様です。正直頻度を下げてもらいたいっていうのが本音ですよ」
「ごめんなさい。だけど私だけじゃ対処できない事もあって……」
チラッチラッと頬を朱に染めながら恭夜を見ており、その目は完全に恋する乙女の物だった。
「いや、それだと俺も対処できないと思いますよ。週に二日くらいにしてもらえるといいんですけど」
風呂上がりだったのが幸いし、永琳の態度には全く気がついていない。
「四日は来てもらえませんか?」
ただ恭夜に会いたいだけだというのは永琳だけの秘密。
一目惚れというよりも三回目に会った時に運命の相手だと思ったようで、乙女的なアプローチを結構している。
食事に誘って気合いを入れて作った料理を恭夜に食べさせたり、案内するからと言って手を握ってみたり。
「拘束時間を短くしてもらえるならいいですよ。朝から晩までは流石に無理です」
欲望に忠実に生きるつもりのようで自分を一番に考えている。
「それなら朝から昼までで、朝食と昼食をお付けします。……ダメですか?」
「うーん……まぁ、それならいいかな。その時の気分次第で夜まで居るかもしれませんが」
「ありがとうございます! それでは夕飯が出来るまで呑んで待ちましょう」
パァッと明るい笑顔になり、お盆に乗っていたコップを手渡してくる。
「ああ、どうも」
「……ところで七夜月さんはど、どんな女性が好みなんですか?」
お酌をしてドキドキしながら聞きたかった事を自然に口にしていた。
「おっとっと……好みの女性ですか? あの兎さんとか永琳先生みたいな女性は好みですよ。兎さんは少しアホの子ですし、永琳先生も少しドジっ娘で可愛いです」
永琳のコップにお酌をしながら自然に口説くような言葉を口にしている。
恭夜が居るからと格好をつけようとして思いっきりつまずいて転んだり、並んで料理をして緊張した事で指を切ってしまったり。
永琳は基本的に恭夜が絡むとドジっ娘になり、鈴仙も恭夜が絡むとアホの子になる。
「ふぇっ!? ……あ、ありがとうございます」
まさかの言葉に妙な声を出してしまい、耳まで真っ赤にして照れていた。
「……いや、まさかな」
そんな永琳を見て俺に惚れてる?とか考えたが、ないないと一蹴して麦酒を口にしている。
喉ごしと苦味を楽しみ、暑い中で飲む麦酒の旨さは異常だと改めて考えていた。
今度邪神達にケースで買ってきてもらおうと考えながら枝豆をつまんでいる。
そんなやり取りから一週間が経った。
四日という約束を恭夜の方から破り、ほぼ毎日永遠亭に居座っている。
ネームプレートのついた白衣を着て眼鏡をかけ第二診察室でカルテを整理したり、煙草のようにしたアロマを吸ったりして朝から晩まで過ごしていた。
夜には自宅に帰っているが、必ず鈴仙が付いていく事を永琳は妬ましく思っている。
「師匠が恭夜さんを狙っている件について」
夕飯も食べ終えてリビングでごろごろしていると鈴仙がそんな事を言い出した。
「いや、それは流石にないよ。……まぁ、もしそうだったら兎さんごと娶るからいいけど」
二週目でその手の常識が崩壊しているのもあり、多妻なのが普通な感覚になっている。
咲夜に縛られ続けて鈴仙を見ないのは失礼だと考え、夏になる少し前に積み重ねた物を想い出に変えていた。
鈴仙もスキンシップを取っても離そうとしない恭夜から何かを感じ取ったようで、週の大半を一緒の家で過ごすという半同棲のような生活をするようになっている。
「もしそうなっても私が正妻だよね? それといい加減名前で呼んでほしいな」
「俺の一人で居る決意をここまで軟化させたんだ、君にはいずれ正妻になって責任を取ってもらわないとな。それと名前は何て言うかその、照れるから……」
名前で呼ぶタイミングを何度か逃した事で、鈴仙と呼ぶと照れてしまうようになっていた。
「……やっぱり恭夜可愛いー」
真横から抱きつきスリスリし始めた。
「男は可愛いって言われても嬉しくないよ。鈴仙……のが可愛いし」
照れながらも名前で呼び、抱きつかれていない方の手で頭を撫で撫でしている。
「えへへ」
「デートで人里に行くと、以前診た患者の人間達に先生とか呼ばれるのがくすぐったくて仕方ないよ」
長身で容姿も良く、赤い瞳に黒い髪が特徴的で診てもらった者は大体が覚えている。
「それであの団子屋の人に、お二人はお似合いですねって言われたよね」
「まぁ、そう言われて悪い気はしなかったね。……永琳先生と一緒に往診に行った時も似たような事を言われたから、とりあえず男女のペアにはそう言うって事が分かったけども」
永琳が持ち帰りで団子を購入したのは言うまでもない。
「ぐぬぬ、あのおやじさん商売上手」
「だけど里の外れにあった焼き饅頭を売ってる店は足繁く通っちゃうかもしれない。あの普段クールな装いの永琳先生が口の回りを汚してる姿は可愛かったな」
その串に刺さった焼き饅頭を食べる姿が可愛く見え、軽く微笑みながら口の回りをハンカチで拭ってあげていた。
お店の人はそんな二人を眺めてニヤニヤしながら味の感想等を求めたりしていたようだ。
恭夜は何が美味しかったかを正確に伝えていたが、永琳は口の回りを優しく拭われて恥ずかしさと照れから何も言えなくなっていた。
「わ、私は?」
自分の師が可愛いと言われて少し嫉妬したのか、抱きつきながら必死になって聞いている。
「お世辞抜きに凄く可愛いよ。ただ夜中にワイシャツだけを着て潜り込むのはやめてもらいたい」
「やだ」
「性欲を持て余す」
ほぼ毎晩無防備な格好で潜り込まれ続け、普段から考えていた事を思わず声に出してしまった。
「……聞いちゃった、遂に聞いちゃったー♪」
今までほとんど無反応だったから、その手の事に興味がないのかと心配していたらしい。
「そりゃ可愛い子がほぼ全裸に近い格好で隣に寝てればそうなるに決まってるだろ……」
下着も付けずにワイシャツのみで密着されて理性を保つ事が出来ていた方が凄い。
「でも普通に寝ちゃうよね」
「鈴仙がその気じゃないのが分かってるからね。ただ触れ合ってるだけで落ち着くのも理解できるし」
くっついてくる鈴仙がすぐに穏やかな寝息をたてるのを知り、それ以来すぐに寝るのを心がけている。
「私は恭夜がその気ならいつでも……」
ポッと頬を朱に染めながら大胆な発言をしていた。
「それなら今晩にでも」
「う、うん!」
朝から二人して過激である。
………
……
…
この数週間でイチャつき度が120%増しになった二人を見て永琳はイライラ、事あるごとに用事を鈴仙に押し付けて恭夜と二人きりになろうとする始末。
「……」
「そんな可愛い仕草と顔して見てもダメです」
指をくわえて物欲しそうな顔で見てくる永琳にダメだとハッキリ伝えている。
「でもでも、私もあれやってほしい……」
敬語はなくなったが恭夜は既に甘える対象になっているようで、普段の大人の余裕が微塵もない。
「抱き締めて頭を撫でるのは流石にダメです。鈴仙にも悪いですから」
心と身体で結ばれてさらに鈴仙を大切にしており、鈴仙の許可がなければ妾になる者を作る気はない。
「頭を撫でてもらってからギュッてしてもらうのは?」
「だからギュッてするのがダメなの。鈴仙に悪いから」
あまりのしつこさに思わず敬語が外れていた。
「分かったわ。ちょっとウドンゲに許可もらってくるから待ってて」
ガタッと椅子から立ち上がり第二診察室から慌てて出ていった。
「……うん、間違いないな。自惚れじゃなくて永琳先生は間違いなく俺に惚れてる」
基本暇な時はこっちに入り浸っており、鈴仙を遠ざけようとするのと見つめると顔を赤くするので察している。
担当した患者のカルテを整理して収納したり、自分の使いやすいように物の配置を変えたりして過ごしていた。
基本的に永琳が居ない時に働くサブであり、薬を作る事以外なら永琳より腕はやや下だが対応出来る。
ほんの一部の外来人や、永琳の不在時に妹紅に送られて来た里の人間を診るだけの簡単なお仕事。
「五つの難題、ねぇ」
たまたま永琳と鈴仙が居なくなった今のような時間に輝夜が訪れ、面白半分に五つの難題を提示してそのまま去っていた。
「全部香霖堂にあったとは言えないくらいのドヤ顔で去っていったな」
悪用されるのも不味いと考えて霖之助の言い値で全て回収しているが、邪魔だからと全て家の物置に放り込まれている。
かぐや姫については勉強済みであり難題に答える気は全くなく、のらりくらりと輝夜のご機嫌を取っておいてタイミングを見計らい鈴仙を嫁に貰おうと考えていた。
そんな事を考えながら背もたれに寄りかかっていると二人分の足音が聞こえてくる。
軽快な足取りの者と引き摺られているような者が到着し、第二診察室に入ってきた。
「ウドンゲもいいって」
満面の笑みでピースしてくる永琳は年をかん……見た目よりも幼く見えてとても可愛らしい。
「流石に師匠が可哀想だから……」
恥も外聞も捨てた永琳に半泣きでお願いされ、NOと言えなくなったようだ。
「まぁ、鈴仙がいいのなら俺はいいんだけどね」
「さぁ、早く早く」
ワクテカしながら永琳は待っている。
「後悔してもしりませんからね」
椅子から立ち上がると永琳の前に立ってそう告げ、チラリと鈴仙の様子を伺ってみたが平然としていた。
「後悔なんてあるわけないわ」
寧ろ本望である。
「それじゃあ……」
永琳を優しくも強く抱き締め、頭を撫でながら鈴仙にするように耳元で愛を囁き始めた。
………
……
…
数十分後、そこには診察台に寝かされた永琳の姿が……!
「気絶するとは思わなかった、今は反省している」
キリッとした顔だが全く反省した様子がなかった。
「毎回私に泣きつかれても困るから、今後の対応は恭夜に全部任せるからね。一番愛されているのは私だって自信もあるし、師匠にだったら嫉妬しないから安心していいよ」
「丸投げしてくるのは予想外。キーッ!ってなってくれた方がまだ対処の仕様があったんだけどなぁ」
冗談半分で鈴仙と一緒に娶ると言っただけで、永琳に手を出すと厄介な月の二人を相手にしないといけなくなる可能性もあり本音では遠慮したいようだった。
三週目はベリーイージーモード。
月の頭脳を乙女化させているが鈴仙一筋。
執事から医者にジョブチェンジ。
許可さえ出れば多妻に抵抗がない男。