一年間の自由な生活
外出用の私服にアリスから贈られた黒いジャケットを羽織ると、スーツケースを手に紅魔館の門から外に出ていった。
咲夜、美鈴、小悪魔、妖精メイド達は振り返らずに去っていく背を寂しそうに眺めている。
こうなったのも……
「お嬢様もいきなり『恭夜、貴方にはこれから一年暇を与えるわ。この館の外の世界をじっくり見て回って、一年後にまた私の元に戻りなさい』とか言ってくるんだもんなぁ。しかも今までの給料が実はこの日の為に半額しか渡されてなかったとか」
一気に残り半分が手渡された事で、里に家を借りれば一年は働かなくても生活できる程のお金が手に入っている。
「みんな大反対してくれたのにお嬢様特権とか言い張って無理に通してたし。そのせいか咲夜も少しお嬢様に辛辣になってたなー」
最近いい雰囲気になってきていたのに引き離すという暴挙に出た事で、咲夜のレミリアに対する態度が少し冷たくなっていた。
「とりあえず誰かに頼ると取り返しのつかない事になりそうだし……」
じっくり考えてから里に向かっていった。
里長に話をつけて人里の外れにある家屋と土地を借りるのではなく購入している。
中心からはかなり離れていて周囲も空き家や廃屋ばかりの格安物件だが、恭夜は自身の持ち家が出来た事で喜んでいた。
里長は捨て値同然の価格で悪魔の犬二号が雇えた事になり、早速昼間から酒を呑んで暴れていた妖怪を鎮圧していたりと大当たりを引いていた。
トラブルを引き寄せる体質なようで翌日には下衆な外来人が里の夫婦に絡んでいるのを止めに入ったが、言う事を全く聞かないので外来人を気絶させて里の外に放り捨てて治安維持までしている。
やり方はあれすぎるが厄介者を切り捨てる事が出来る者がありがたいのか、里の者達は目を瞑る事にしたらしい。
活動場所が中心から遠すぎるからか、慧音達は一週間経っても里にいる事を知らない模様。
「リグルのお陰で害虫は居なくなったし、家も掃除と修繕を綺麗になったし満足」
生活に必要な物は全て霖之助から安くまとめ買いしてきたようで、一人暮らし記念と称して昨晩は二人で騒いでいた。
「やっぱりお姉さん物は最高としか言えん。霖之助はかけがえのない友達だ」
引っ越し祝いだと言って霖之助がくれた本を巧妙に隠している。
「今日はこの家に付属してる庭の手入れと土を調べて、それ次第で菜園作るか花壇にするか決めようかなー」
邪魔になる草の排除や土にしっかりと栄養があるかを一日かけて調べるようで、汚れてもいい上下ジャージ姿になっていた。
そんな事から数日が経ち、今日も恭夜はのんびりしている。
広場の掲示板に蕎麦屋での昼食一回分の値段でなんでもやりますと書いたメモを貼り付け、受け付ける場所を自宅にしたがまだ誰も来ていない。
「いやー、いい場所買ったねー」
「仕事は全く来ないが、里でも僻地すぎてこまっちゃんがサボりに来るようになったでござる」
ごろごろする小町を見て呟いていた。
「それでもちゃんとノルマはこなしてるからいいんだよ。それに恭夜ったらあたいが会いに来ると嬉しそうな顔するしさ」
「そんな顔してない」
実際はそれなりに広い家に一人で居るのが寂しいようで、小町が訪ねてくる度に一瞬だけ嬉しそうな顔をしていたりする。
「まぁ、そういう事にしておくよ。今日のお昼は何かなー」
「妹紅と筍狩りしてきてたくさんあるから、筍ご飯と昨日作っておいた筍の煮物に豆腐の味噌汁。それと昨日里で映姫様にお会いした時に戴いた豚肉を味噌漬けにしておいたから、それも焼こうかな」
「おー、お昼が楽しみだね。今度はあたいも何か材料持ってくるよ」
「そいつはありがたいな。仕事が来ないと質素な生活しか出来ないし」
今は好意で食材を安く譲って貰っているが、早めに仕事を見つけて正規の価格で購入しないといけないなと考えている。
「そういえば聞きたかったんだけど、一年経ったらこの家どうするんだい?」
「誰かが住みたければ貸すかな。里の外れだから誰も住みたがらないだろうけど」
騒ぎを起こさない知恵のある妖怪も割と自然に闊歩しており、人間であってもその手の存在に慣れた恭夜くらいしか平気で住めない。
「まぁ、一応里の中ではあるけどそれなりに危険だから仕方ないのかもねぇ」
「それは仕方ない。そう言えばさ、幻想郷に居着く外来人の二割は妖怪に襲われないで里に着いてるんだよね。その襲われなかった外来人の半分が里の外でルーミアみたいな見た目が可愛い妖怪に喰われてる。残り半分は妖怪の危険度が本能で分かるのか関わろうとしないから優秀で、新しい血を混ぜる為にも男女問わず里の中で引く手数多」
「何が言いたいんだい?」
「いや、上手く間引かれてるなーって思ったから。襲われて里に到着、そのまま居着く変わり者の外来人は大体が同じ変わり者の外来人とくっつくし。まぁ、俺には関係ないしどうでもいいんだけど」
知り合い以外はどうなっても構わないと考える人間であり、言ってみたはいいが里の事情なんて全く興味がなかった。
「そうそう、難しい事は映姫様とか偉い方に任せとくのが一番だよ」
こちらもそんなに興味がないようで、話を聞くのに起こしていた身を再び横たわらせている。
「うーむ……むぎゅっとなってて実にけしからん」
小町を観察しながら小声で呟いていた。
「うん?」
「いや、気にしないで」
誤魔化すようにタオルケットを投げ渡し、再び小町の様子を観察している。
「おー、気が利くね。お昼になったら起こしとくれよー」
「はいはい、おやすみ」
………
……
…
小町が昼御飯を食べて仕事に行くのを見届け、洗い物をしていると家の玄関の方から誰かが呼ぶ声が聞こえてきた。
「はいはい、どちら様ですか?」
待たせないように急いで玄関を開け、誰が来たのかを確認している。
「あの依頼を受けてくださるとの事で訪ねて来たのですが」
見目麗しい女性で着ている服がまだ綺麗なスーツである事から、たまたま迷い込んでしまった人間だと判断していた。
「はい、ちゃんと対価を戴けるのなら庭の手入れから暗殺まで幅広く受け付けています。ここではなんですから中にどうぞ」
初仕事だしサービスしようと考えて家の中に招いた。
座布団を敷いてからお茶を出し、テーブルを挟んで話を聞き始めた。
瞳が赤いのに気づいたらしく少し驚いていたが、警戒心を抱かせない為に優しく微笑んで見せている。
「あ、その……昨日の夜に街を歩いていて、角を曲がったらいきなり竹林の中に居たんです。それでリボンを付けた女性に助けていただいて、里の上白沢さんの所にお世話になったんです」
優しく微笑まれて安心したのか昨夜の事から話始めていた。
「あぁ、あの二人ですね。リボンの方はあれでしょうけど、上白沢は良くしてくれたでしょう?」
ナチュラルに妹紅をディスり、慧音を上げている。
「はい、リボンの方も上白沢さんもとても良くしてくれました。それでお二方に話を伺った所、私の住んでいた世界に帰るには神社に行かないと帰れないと言われまして……」
「成る程。それなら今回の依頼は神社までの護衛でよろしいですか?」
「はい。その、お金の代わりにこれを渡せば大体の者は了承してくれると上白沢さんに言われまして」
バッグの中からスーパーの袋を取り出しガサガサやり始め、何かを取り出してテーブルの上に乗せた。
「む、お徳用の焼き海苔と鮭フレークの瓶二つに海苔の佃煮が一瓶もですか」
「スーパーに寄った帰りでして……えっと、これで受けてくださいますか?」
簡単な白米のお供ばかりを出した事で少し恥ずかしそうにしながら、依頼を受けてもらえるか心配そうに尋ねている。
「逆にこんなに貰ってもいいんですか?」
「後で好きなだけ買えますから。命よりも大切な物はないです」
妖怪についても聞いており、見てはいないが本能的に避けるべきものだと判断したらしい。
「わかりました。陸路のつもりでしたけど、こんなに戴けるのなら安全な空路にしましょう」
妖精は基本味方であり、恭夜にとっては空が凄く安全なルートになっている。
「え?」
「とりあえず外に行きましょうか」
上着を羽織るとそのまま外に出ていった。
雲一つない快晴の空の下、太陽の光を浴びて伸びをしつつ女性が出てくるのを待っている。
困惑した表情の女性が出てきたのを確認し、玄関に鍵をかけてから話しかけていた。
「私に背負われるか、抱えられるかの二択ですがどちらがよろしいですか?」
「……抱えられる方で」
「それではお嬢様失礼致します」
レミリアを抱える時の癖でお嬢様と呼び、優しく女性を抱えて空に浮かび始めた。
「と、飛んでる……」
空を飛べる存在も居ると慧音に教えられていたが、実際自身が飛ぶことになるとは思っていなかったらしく落ちないように恭夜の首に手を回している。
「それでは行きますよ」
怖がらない速度で博麗神社を目指し始めた。
………
……
…
危険なことは何一つなく神社に到着、夢見心地な女性を霊夢に任せ母屋の方に移動していた。
それも後で話があるから帰るなと霊夢ににっこり微笑んで言われたからであり、断じてビビったからではない。
慣れ親しんだ部屋でしばらくごろごろしているとドスドスという足音が聞こえ、それが部屋の前で止まるとスパーン!と襖が勢い良く開いた。
「何よあの抱っこ!」
「お嬢様が大好きなお姫様抱っこだけど」
紅魔館組は全員体験済みで大好きな抱っこであり、特にレミリアは狸寝入りをしてベッドまで運んでもらうのが大好き。
「だからって見ず知らずの女にまで……!」
今まで拘ったり執着したりしなかった分、恭夜に対する執着心や独占欲が肥大化してきている。
「一応初仕事の依頼人だし、報酬が魅力的だったからしょうがないだろうよ。明日からおにぎりがやばい」
鮭フレークを混ぜたおにぎりが作れたり、と胸が熱くなっている。
「……」
座布団を敷いて座り、ムスッとした顔で見てくる。
「家はあるが金がない、職もない……だからフリーで依頼受けて報酬貰って一年間生活しないといかんのよ。なりふり構ってられないんだ」
「え? 職がないって……レミリアの所に居ないの?」
「そうなんだよ、一年間だけ暇を出されちゃってさー。お嬢様の考えは謎だけど、そのせいで咲夜さんのお嬢様への忠誠度が最低値を記録するっていう事態がね」
「へー……」
神社に住ませて一年後には帰りたくなくさせようかしらと考えながら話を聞いている。
「……それで最終的には人里の外れの土地と家を買って住む事にしたんだよね。最初は一人きりで寂しかったけど、最近はこまっちゃんが遊びに来てくれるから寂しくなくなって助かってる」
とある女性と小町以外とは少ししか話していないからか、ここぞとばかりに霊夢に今までの話をしていた。
「恭夜って結構アレよね、寂しがりや。可愛いー」
様々な辛い事や悲しい事に対して強がっているのを見抜いているようで、そんな恭夜に母性本能がくすぐられ可愛く見えて仕方がないらしい。
「あの、可愛いとか言われても嬉しくないんですが。それに俺は寂しがりやじゃない」
実際は超が付く程の寂しがりやであり、一軒しかないご近所さんによくお裾分けを名目に話をしに行ったりしている。
恭夜は全く気づいていないが同じように里の外れに目立たないように住んでいる女性、それが里の者達に名前を覚えてもらえなかった先代の博麗の巫女だったりする。
霊力や身のこなしが凄いなー程度に考えてはいるが、過去に博麗の巫女とだけ呼ばれていた女性だとは夢にも思っていない。
引っ越してきてからほぼ毎日話していて気に入られたのか、夜にはおかずの交換をしたり夕食後のお酒のお誘いが来たりする。
「はいはい、そうですねー」
「俺が寂しがりやとか知られたら、間違いなく射命丸が面白おかしく記事にするからやめてよね」
普通に鬱陶しいし、と過去何度か記事にされた経験から嫌そうな顔になっていた。
普段他者に対して慇懃な態度の射命丸が唯一素で対応するのが恭夜であり、物凄く楽しそうな笑顔でからかっている存在でもある。
切っ掛け次第で今までの態度が嘘のようにべた惚れになりそうだが、基本的にそんな事は起きるわけがないはずが……
「でも文って恭夜ばかり構うのは何でかしらね」
「良い意味でも悪い意味でもネタの宝庫だかららしいよ。……昨日はカメラをなくしたってかなり落ち込んで泣きそうになってたけど」
それを聞いてざまぁwwwwwwと思っていたがあまりの消沈ぶりに流石に見ていられず、一人で行ける範囲を探し回り何とか拾った人を見つけ出してなけなしのお金で譲ってもらい文に渡していた。
レミリアから貰った一年分の生活費になる予定だったお金も家屋と土地を購入、さらにカメラを好事家に売られる前に言い値で買い取った事でかなり減っている。
米は顔馴染みの店でおまけしてもらっているのでしばらくは平気だが、早めに仕事をたくさん受けなければ狩りをする事になるかもしれない。
「泣きそうな顔って……超レアじゃない」
「結構Sなのね霊夢さん。まぁ、一日使って探したら見つかったんだけどね。ただ……」
「ただ?」
「手渡したらぽかんとした顔になって、何か真っ赤になってたから凄く怖い。ただの人間が余計な事を的な理由で怒ったんじゃないかと考えたら、怖くて夜も七時間くらいしか眠れない」
妖怪の山で見回っていた文の元を訪れ、理由も言わずカメラを差し出し見つかったからと手渡したようだ。
普段から恭夜には嫌われているし、文自身もプライベートではどうでもいいと思っていた存在がまさか見つけてきてくれるとは思わなかったらしい。
カメラが戻ってきた事に対する嬉しさと、今まで見ようとしなかった恭夜の本質を垣間見てキュンと来ていたりする。
現在は恐らく人里で様々な情報収集をしている頃で、恭夜がカメラを買い取っていた情報を得たら完全に態度が変わりそうだった。
「しっかり寝てるじゃないの。怒らせた訳じゃないとは思うけど、もしもの時の為にゲザる準備だけはしておきなさいよ」
「霊夢、俺は土下座のプロだぜ? ……お嬢様が迷惑をかけた勢力の方々に土下座参りしたりするの俺だし」
完全に紅魔館の尻拭い担当になっている。
「それが怒っていたんじゃなくて、文が恭夜にほの字になっただけだったら笑えるわね」
「ないない、そんなチョロい女の子とか現実に居ないから。俺は基本的に手を握られたり、微笑みかけられたり、少しでも優しくされたらすぐに好きになっちゃうくらいにチョロいけども」
恭夜は正直かなりチョロいが、出会ってすぐに好き好き言うと裏があると疑ってしまうので悪手。
「あー……あれ? でも私も優しくしたり、微笑みかけたり、手を握ったりしてるわよね?」
「(お賽銭を入れた時に)優しくしてくれるし、(神社の仕事を任されて見張りながら)微笑みかけてくれたし、(奢りだと知って店に向かうのに)手を握ってくれてるね」
霊夢との付き合いも長くなり受け流し方も上手くなっており、霊夢にそう答えてからお茶を飲んで明後日の方を向いていた。
「って事は……」
チラッチラッと露骨に見てくるが安定のスルー。
「お茶が旨い……」
………
……
…
「もしレミリア以外に拾われていたら恭夜はどうなっていたのかしら」
永遠亭や地底、果ては魔界や冥界とかなり死地が多い。
「餌になってる」
こいしに拾われていたらペットとして地底で過ごしていたかもしれない。
「……素の状態だと耳掃除の能力しかないものね」
「俺もかっこいい能力が欲しかったわ。回転を操る程度の能力とか」
憧れるわーと目をキラキラさせながら呟いている。
「ないものねだりは……って」
「む、この気配……魔理沙か!」
ハッとして空を見上げると凄いスピードで魔理沙がこちらに向かってきていた。
「気配って格好つけてるけど目視しただけよね」
「うっさい、言わなきゃ誰もわかんないんだよ。……嫌な予感がする」
湯呑みを置いて思わず逃げ出したが時既に遅く……
「霧雨魔理沙! 吶喊するぜ!」
スピードを殺すのを諦めらしく箒を霊夢の方に投げ、そのままの勢いで逃げた恭夜の背中に突っ込んでいった。
「ちょっ、こっち来……あぁぁぁぁぁっ!!」
背中に加えられた衝撃で体勢を崩して転び、勢いが殺せずバウンドしながら転がっている。
自分から押していくのは良くて、相手から押されると引くのが彼。
ちなみにこの世界の文は攻略がかなり難しいと見せかけたチョロイン。
今回の一件を知った天狗達からは要注意人物扱いをされる模様。