人間だもの
「Look to the sky, way up on high.There in the night stars are now right.」
冒涜的な歌をやたらネイティブに口ずさみながら空を飛び、肉片がこびりついた壁を掃除している。
「魔力、霊力、気を同時に制御して身体強化をしたら六倍……じゃなくて三乗って馬鹿みたいに強くなっちゃって。あの壁にこびりついてる肉片は昨日の侵入者なんですよ」
「あらそれは素敵ね。えっと、今の恭夜が10として三乗だから……1000? そうなると手合わせの時に手加減しなくて済むけどデメリットはないのかしら」
幽香と美鈴が掃除する恭夜を見上げながらそんな話をしている。
知らぬ間にとんでもないチートマンになっているが、やはり名有りの中〜上級の妖怪には手も足も出ない。
地力の差が激しく三乗した所でようやく手加減されないようになる程度。
ぶっちゃけ邪神を召喚して戦ってもらった方が強く、無駄な怪我もしないで済む。
「あ、ちなみに全力は数秒しか保てないみたいです。それとしばらく霊力、魔力、気の流れが止まって死にそうにもなってましたね。咲夜さん、パチュリー様、私で流れが戻るまでそれぞれ与え続けて何とかなりましたけど」
過剰な力は身を滅ぼすとは言ったもので、多少でも身体に流れていないといけない分まで止まっていたらしい。
「やったね恭ちゃん!」
「自爆技が増えたよ!」
妙に息が合っている二人だった。
「……幽香さんと美鈴、最近仲いいなぁ。共通点は双子山が凄くご立派で花が好きな所か」
ふと下に目を向けると仲良くハイタッチをしている姿が見えた。
「お嬢様に呼び出されて言われた、刺されるから自分からは選ぶなってどういう意味なんだろう」
それは言葉通りの意味です。
「……アリスに協力してもらって作ってた薔薇乙女達、全部なくなったとかテンション下がる。全部終わったらアリスが動かしてくれるはずだったのになぁ」
かなりショックだったようで、手を動かしながら溜め息を吐いている。
「よっと、お掃除終了。今度からは誰かしらの眷族借りた方がいいかなー」
ピカピカになった壁を見ながら満足そうに下に降りた。
「はい、お疲れ様」
美鈴がタオルを手渡し
「はい、飲み物」
幽香が水筒に入ったお茶を手渡している。
「二人共ありがとう。だけど最近襲撃者増えたよね」
顔や首筋の汗を拭いながら最近の襲撃者の多さについて話を始めた。
「特に恭夜が狙われるようになったわよね。悪魔の犬め!とか言われてたけど」
「あの閻魔公認で殺人が出来るようになったのは驚いたわ」
美鈴と幽香はそれぞれが不思議に思っていた事を尋ねている。
「ちゃんとしたプロセスを辿らずに生まれ変わった者を刈り取るのが善行って映姫様に言われてるから。何でも罪を清算していない魂だから濁っていて、周囲に悪影響しかないんだとかで」
「でも手足をもいで止血魔法、そのまま苦しむ姿をニヤニヤしながら見てる恭夜は完全にこっち側に染まってるわよねー」
「私達の教育の成果よ。ショック死させない程度に痛め付ける技術を伝授するのと、S寄りにする為に教育を施したのが効いたわ」
「いやー、幽香さんのドS具合には勝てないですよ」
様々な責め方を学んだようで天子が陰ながら大喜びしていたりする。
「でも幽香さんは恭夜に罵られたりしてる時はMですよね。恍惚の表情してましたし」
「そりゃそうよ。恭夜限定だけど、あの私を見下した冷たい瞳で罵られるのは最高だもの」
恭夜限定でどちらもいけるらしく、思い出してゾクゾクしていた。
「お嬢様には『咲夜が変な趣味に目覚めたらどうするの!』って怒られましたけどね」
「咲夜さんならこの前の夜、首輪を持って恭夜の部屋の前をうろうろしてたわよ? 声かけたらびっくりしたみたいで跳び跳ねるようにして逃げちゃったけど」
「それは飼ってくださいアピールなのか、飼ってあげるわアピールなのか気になるわね」
「その情報は知りたくなかった……」
………
……
…
「あたいも大きくなりたいー!」
「ち、チルノちゃん落ち着いて!」
メイド服に身を包んだチルノと大妖精が騒ぎ始めていた。
「お前、いきなり近くで騒ぎ出すとかびっくりするだろうが」
一緒に窓を拭いていた恭夜がチルノの大声にビクッと反応している。
「だってあたいもがんばって働いてるのに、あたいより後から入った子達ばかり大きくなるのが納得できない!」
「普通の妖精メイド達はレベル12で進化するんだよ。だけどチルノは最強の妖精だから34くらいにならないと進化出来ないんだ」
口から出任せをペラペラと吐き出して丸め込もうとしている。
「じゃあ、今のあたいのレベルは?」
「15かな。ちなみにあそこで作業してる妖精メイドは42で最終進化してるんだよ。だから胸が大きくてやたらセクシーなんだ」
他の妖精メイド達よりも抜きん出ており、妖精のレベルを越えたスタイルと美しさを兼ね揃えている。
「……」
無言で自身と見比べているとこちらに気づいたようで、三人に軽く手を振ってくれた。
「ちなみにあの妖精メイドはガチでワシが一から育てた。でもチルノはなんで大きくなりたいの? 今でも氷が作れる時点でかなり重用してるから、大きくなったらやる事が増えてオーバーワークになると思うけど」
姫様制作者的な感じでノリノリになって育成した結果、自身の欲望が詰まった優しくてエロいお姉さんタイプへと進化したらしい。
他にも後四人別タイプのエリート妖精メイドもいるが、今は咲夜直属になっている。
「それは……いいでしょ別に!」
不思議そうな顔をしている恭夜を見て、プイッと顔を背けてしまった。
「……ははーん、さては好きな子が出来たな? それでそのロリボディじゃダメだと思って焦ってるわけか」
「ち、ちがっ」
「恭夜さん! 女の子をからかっちゃメッ!」
大妖精がチルノを助ける為にからかう恭夜を叱っている。
「いやー、すまんすまん。まぁ、実際そうなら俺は応援するから安心しなさい。ただし俺がそいつを面接してダメだったらバラすけど」
チルノの頭をぽんぽんしていい兄貴分である事をアピールしたが、自分が認める男じゃないとダメという過保護さで台無しだった。
「うん……」
「いいなぁ……」
パッシブスキルである妖精たらし極で二人からの好感度がガンガン上がり、現在は依存レベルになっていて大妖精からの好意が少々危ない。
「さてと、咲夜に怒られないようにさっさと終わらせちゃうか」
わしわしと近くにいた大妖精の頭を撫でてから窓拭きの続きを始めた。
昼食を門番隊+幽香と取ってミーティングを咲夜と行い、午後は図書館勤務をする事が決まっていた。
「小悪魔、それはその棚じゃないぞ」
ようやく呼び捨てにするようになり、以前よりも仲良くなっている。
「あ、違ってました?」
呼び捨てにされる度ににへーっと表情が緩んでいた。
「ほら、こっちだ」
空を飛んでいるから肩を抱いてグイっと抱き寄せ、自分側の棚である事を教えている。
「えへへ、ごめんなさい」
「……無理無理無理。やってくださいって小悪魔が言うからやったけど、自分の行動のあり得なさに鳥肌がたったわ。女の子の肩を抱いて抱き寄せるとか俺には似合わなさすぎる」
肩を抱き寄せるという自分がした行動に鳥肌がたっていた。
「似合ってると思うんだけどなぁ」
肩に置かれたままの手に自身の手を重ねながら呟いている。
「さっきから下の方からパチュリーが見てるのもゾワゾワ来る一因。日常が便利になる魔法だけのグリモワを作りたいって言って作成始めてから、図書館や部屋でやたらとべたべたしてきて困る」
保温、冷蔵、室内を適温にする等の自分が楽をしたいが為に考えに考えて編み出した魔法を魔導書にし始めている。
「休みと仕事が終わってからの時間は全部図書館で過ごしているから嬉しいんですよ」
「流石に疑り深い俺でもパチュリーの好意が本物だってここ数日で理解した。呼ばれて振り向いたらちゅーされるとかパニックになったし」
柔らかかったなぁと思い出した恭夜の頬が赤く染まっている。
「それ入れ知恵したの私です」
「なにやってんだお前。俺が自分の部屋に入ったら咲夜が何故か着替えてて、可愛い悲鳴と共にナイフが飛んできたのは」
「それも私だ」
キリッとした顔で言い切っている。
「それも私だ、じゃない!」
「そう言えば射命丸さんに情報提供と引き換えにアンケートを取ってきてもらったんですが、そのフリーコメント欄を幾つか紹介しますね」
「仕事終わったらやたらと饒舌でアクティブでフリーダムですね」
離れようとせず逆に密着してくる小悪魔にドキドキしながら呟いていた。
「そんなに褒めても何も出ませんよー? まずはPN.楽園の素敵な巫女さんから。『毎週決まった日にお賽銭を入れに来てくれる腐れ縁の男の人。惚れさせたら心の底から尽くしてくれるタイプなのは間違いないわね』」
「霊夢ですね、わかります」
「次はPN.十七歳の乙女さん。『空っぽだった器が少しずつ満たされ始めてるし、完全に満たされた時にどんな化物になるか見物ね。レミリアに捨てられるか、出奔するかしてくれたら引き込みたいわ』」
「おい誰だこれ。器ってなんだよ、てか化物だらけの中で化物呼ばわりってなんだよ」
HP・EN50万、全ステALL400、毎ターン必中・ひらめき・不屈・直撃・熱血・鉄壁・覚醒がオート発動、異能生存体と底力Lv9が常時発動、二回行動・極持ち、HP・EN回復大、最大射程1〜20、HP10%以下でド根性発動なんて言うイベント以外じゃ勝つ事が不可能な化物になる可能性が微レ存。
「時を三秒だけ止められるようになったって言ってる時点で化物だと思いますけど」
「咲夜の世界に慣れてきたら自然と出来るようになってたんだよ。三秒あれば頸動脈も余裕で狙えるし、心臓も軽く刺し貫けるからかなり便利だわ。まぁ、でも一回使うと死ぬほど疲れるからあまりやりたくない」
「とりあえず今はアンケートのフリーコメントの続きです。次はPN.たまご大好きさんから。『優しいところからえっちなところまで全部大好き。はやく一緒に暮らせる日が来ますよーに』」
「やだ、この子可愛いし俺の心にきゅんきゅん来る……。誰か分からないけど、こんな子に告白されたら舞い上がりそう」
つい最近美鈴に毎日お味噌汁が飲みたいとプロポーズ的な告白をされたようだが、毎日飲んでるだろと気づかず冷静にツッコンでうやむやになっている。
「残りは今度みんなで見ましょうか。なかなか面白いのもありますし」
………
……
…
「ルナはコーヒーが好きなんて妖精にしては珍しいよな」
フランとレミリアのティータイムが終わると従者達の休憩の時間になるようで、今回は仲良し三人組と席を共にしている。
「美味しいのにこの二人は分からないんですよ」
「私達は恭夜さんの作ってくれるココアのがいいもん。いつもありがとうございます!」
「ルナは本当に変わってるわよね。毎日美味しいおやつが食べられて嬉しいです」
「いや、好きでやってる事だからいいよ。それと俺も君達の世話になってるんだから敬語はいらないって」
ステルス恭夜の襲撃で散った侵入者は数知れず、チルノや大妖精のように自宅通いの部下として三人の事もよく気にかけている。
「それは無理です」
「霊夢さん、魔理沙さんを支配下に置いている恭夜さんには敬語じゃないと」
「恭夜さんの名前を出すと良くしてくれる所も多くて助かってますし」
ルナ、サニー、スターと間髪入れずにタメ口を拒否していた。
「あの二人を支配下にって……まぁ、胃袋は完全に俺の支配下だけどさ」
「そ、それにこの前私が侵入者にやられた時のあの叫びで完全に……」
ルナは頬を赤らめてチラチラと恭夜を見ており、好感度も忠誠心も最大値を軽くオーバーしている。
「私も言われたいなぁ」
「ルナだけずるいよねー」
スターとサニーもルナ程ではないがどちらも最大値を越えていて、ほぼ毎日働きに来てくれていた。
「妖精が復活出来るのは知ってたけど、大切な部下だからつい激昂しちゃったんだよなー」
恥ずかしそうに頬をぽりぽりと掻いて照れ笑いをしている。
「『よくもルナを……ルナをやったなぁぁぁッ!!』って凄い叫びでしたよね。初めて私達を呼び捨てにしたのもその時でしたし」
スターがその時の事を思い出しながらルナを羨ましそうにチラ見していた。
「改めて聞くと恥ずかしくなるな……だけどスターとサニーもあの時はいい援護だったよ。二人の弾幕で相手の行動が制限されて軽く首を斬り落とせたし」
数ヵ月前に何かの漫画にハマったレミリアの命令で銃剣を使う事になり、パチュリーが作る土の人形で毎日仕事が終わってからひたすら練習をして物にしている。
ただ銃剣だが銃は使わず先端に装着する剣の部分のみを使えと言われ、レミリアがパチュリーに作らせた特注の物を使用。
完璧に使いこなすようになった恭夜を見てご満悦らしく、恭夜のお給金がほんの少しだけ上がっている。
「綺麗に切断出来るとか切れ味抜群でしたねー。手足を銃剣で壁に縫い付けたのと弾幕で床を壊しちゃったせいでメイド長に怒られちゃいましたけど」
「あの時の咲夜は怖かったなぁ……。銃剣はパチュリー様が魔法で作ってくれるけど、切れ味はいいのに強度が足りないからすぐ壊れるのが難点」
レミリアは凄く遅れてきた中二病患者で恭夜はその妄想の被害者でもあるが、ナイフよりもリーチが長い銃剣がしっくり来て全く気にしていない。
「あ、そろそろ休憩終わりですね。また今度私達を誘ってください!」
「そうだな、時間があえば誘う事にするよ。それじゃあ、夕食までがんばろう」
椅子にかけていた上着を着て軽くルナの頭をぽんぽんし、カップや皿をトレイに乗せて行ってしまった。
「はい! ……私達、最初あんなに反抗したのに優しいよね」
「壊した物の分だけ働いてもらうって言ってたのに、ちゃんとお給料貰えたしね」
「私達が壊しちゃった物の半分以上を自費で負担してるって先輩が教えてくれたよね」
それぞれが頷くと椅子から降り、身だしなみを整え始めた。
「サニー、スター、じゃがいもの皮剥きがんばろっか」
「今日はクリームシチューって言ってたもんね!」
「今日はメイド長の日!」
そのまま慌ただしく部屋から出ていった。
三乗しようが地力の差が埋まるわけじゃないから仕方ないね。
咲夜の世界に入門していたり、レミリアから使う武器指定されたりと大変だろうなぁ。
恭夜の容姿のイメージとしてはドリフターズの島津豊久を緩くした感じ。
もしかしたら将来は妖怪首おいてけになるかもしれない。