新しいおめめ
深刻な雰囲気の永遠亭に集まる紅魔館の面々と幽香。
幽香は返り血で服が赤黒く染まっており、レミリアは目を閉じて腕を組んでいる。
しばらくすると永琳が入ってきて、溜め息を吐きながら話始めた。
「何があったかは聞かないけれど既に手遅れよ。彼の目に光は……いえ、眼球自体がどうしようもならないくらい損壊しているから手の施しようがないわ」
期待を抱かせないようにストレートに告げている。
「そう……」
「お嬢様……」
「だからあんな人間達なんて見捨てればよかったのよ……。恭夜は逃がす為に助けに入ったのに、調子に乗った人間達が余計な事をして……」
幽香はそう言うと親指を強く噛んでいた。
ただ逃げていれば恭夜も怪我をせずに済んだのに、調子に乗って投石等をしたせいで妖怪が攻撃目標を変更。
その攻撃から守る為に身を挺した結果、両目に攻撃が直撃してぐちゃぐちゃになり凄まじい激痛で気絶と覚醒を繰り返していた。
挙げ句の果てには守ったはずの外来人達から危なかっただろ!等の罵倒を受ける始末。
妖怪を光弾で簡単に始末しながらその発言を聞いていた幽香、その服に付いた赤黒い返り血は……
「あの、どうにか出来たりしませんか? 損壊した目を取り替えるとかで……」
美鈴も普段の明るさがなく、手遅れと聞いてより一層落ち込んでいるはずなのに打開策を考えて提案している。
「……そうね、今すぐに新しい目を移植すれば何とかしてあげられるわ。その移植が出来る両眼があるのならば……だけどね」
こんな時に限って輝夜と妹紅は居らず、目を提供してもらえる宛がなかった。
「……それなら私の目を恭夜にあげるわ。私は吸血鬼だし、目を二つ取られたってすぐに再生するもの」
今まで黙っていたフランは当然のようにそう告げたが、再生するとしても今まで目を取られた事はなく身体が震えている。
「……フラン、やめなさい」
「っ、お姉様はそれでいいの!? 二度と恭夜に見てもらえないんだよ? 私は絶対に嫌! それに目がなくなったのが分かったら、迷惑をかけない為に絶対に私達から離れていっちゃうよ……」
「違うわ、私だってあの子を手放したくないもの。貴女は何もしなくていいの。……八意永琳、私の両眼を使いなさい。私だってまだあの子を失いたくないの。早くしないと移植しても無意味になるんでしょう?」
「……そうね。ただ、移植しても拒絶反応が出て無駄になる可能性もあるの。その時は諦めてもらうしかないわ」
「覚悟の上よ。それに私を受け入れられないのならクビにするだけね」
その時は永遠亭に一生お世話になり、輝夜達に愛されて暮らす事になるだけである。
「お姉様……」
「フラン、安心なさいな。恭夜だって愛しい主の目を貰えて喜ぶわ」
不安そうに見ているフランの頭を微笑みながら撫で、改めて永琳の方を向いた。
「それじゃあ、付いてきなさい。まずは貴女の目を取り出す所から始めるわよ」
「ええ」
部屋から出ていく永琳の後に続いていく。
「お嬢様、ありがとうございます……」
「いいのよ、咲夜。貴女、顔色凄く悪いんだからしっかり休んでなさい」
背を向けたまま手をひらひらさせて出ていった。
「……幽香さん、その恩知らずの人間達はどうしました?」
二人が出ていったのを確認し、美鈴が幽香に尋ねている。
「ギャーギャーうるさいし、元はと言えば恭夜が怪我をする原因だったから始末したわ。恭夜には里まで送ったって言ってあるから大丈夫」
「あぁ、よかったです。もしも幽香さんが逃がしていたら、私は貴女を許せませんでしたよ」
可愛がって育てている弟子であり、意識し始めた異性の怪我をする原因となった存在がこの世に居なくてホッとしていた。
「……貴女が恭夜をストーキングする時間を早めていて助かりました。あの子の上司としてお礼を言わせてもらいますわ」
今や幽香は立派な紅魔館公認のストーカーである。
「嫌な予感がして早めに出て正解だったわね。でももっと早く出ていたらこんな事にはならなかった……」
何でもっと早めに出なかったのかと後悔していた。
しばらく皆でそんな話をしていると襖が開き、元気な足取りのレミリアが帰ってきた。
目の摘出に失敗したのかと思ったが、妙にご機嫌なのが気にかかる。
「あー、目の再生は初めてだったけど意外と気持ちよかったわー。麻酔のお陰で取る時に痛みもなかったし、いい腕してるわね。……刃物で眼を取られるなんて、もう二度と体験したくはないけど」
目に向けられた刃物を思い出して身震いしている。
「……え、お姉様もう帰ってきたの? まだ一時間も経ってないのに?」
信じられないものを見るような顔でレミリアを見た。
「だって目を取られただけだもの。今から恭夜に麻酔をして、移植手術に入るって言ってたわ」
「でも眼球その物を移植できる技術があるなんて、流石天才と謳われるだけはあるわね」
外の世界の医学じゃ確実に無理な事を平然とやってのけるから凄い。
そんな出来事から一週間が経った。
あの後手術は無事に成功、目の経過を見る為にしばらく入院する事になっている。
毎日誰かしら見舞いに来てくれて恭夜は恐縮してしまっていた。
「あの、お嬢様」
目には包帯が巻かれ、パジャマ姿で上半身を起こして見舞い客のレミリアに声をかけた。
「……何かしら? 私は今この八雲紫が持ってきた果物の盛り合わせのバナナに夢中なのだけど」
痛むと困るから食べてくださいと恭夜に言われ、バナナを食べていたらしい。
「お嬢様の目が私に移植されたと聞いたのですが、それは本当ですか?」
咲夜はリンゴを綺麗に剥いていて、二人の会話に耳をすましている。
「ええ、そうよ。光栄に思いなさい、凄く怖かったんだから」
「あの、大変言いにくいんですが……地下に閉じ込めている解体確定の人間の目を使うのはダメだったのでしょうか?」
レミリアの目を貰えたのは嬉しいが、もっと簡単な方法があった。
レミリアに面通しする前に妖精メイドや咲夜に手を出そうとした者は、地下の部屋に閉じ込められる。
そして隣の部屋で解体される人間の悲鳴や断末魔の声が聞こえ、自身がそうなるまでの時間を怯えて過ごす事になる。
運が良いとフランの能力コントロールの実験台にされて、楽に死ねたり死ねなかったり。
「えっ……? そ、それはダメよ。恭夜の目にあんなケダモノ達の目を移植する訳にはいかないわ!」
その手があったか!という顔になったが、見えていないのをいい事に誤魔化している。
「そ、そうですわ! 私達もあんなケダモノ達の目を移植してほしくないというお嬢様に従ったの!」
咲夜もその事に気がついていなかったのかハッとしてレミリアに追従していた。
「お嬢様、そこまで私の事を……」
恭夜はジーンとしているが、レミリアは恥ずかしくて恭夜にバレないようにジタバタし始めた。
「う……うー! うー!」
簡単な打開策があったのに、あの日の格好をつけた自身が脳裏に浮かび顔を真っ赤にしながらごろごろ転がっている。
「……」
咲夜は気まずそうにレミリアから視線をはずしていた。
「あ、あれ? お嬢様?」
「恭夜、リンゴよ」
手を掴んで楊枝を持たせ、皿の上のリンゴの位置を教えている。
「ありがとうございます。あ、咲夜さんも食べてください。紫さんが毎回たくさん持ってきてくれて嬉しいんですけど、まだ目を使えない俺だけじゃダメになりそうですから」
ほぼ毎日夜中に来ては見舞いの品を置き、何故か濡れタオルで顔や首を拭いてくれるらしい。
「そうね……」
「チルノとか大ちゃんみたいに持って帰ってもいいですよ」
妖精を手懐ける程度の能力でもあるのか、チルノと大妖精とは仲良しだった。
それから二時間ほど二人と会話を楽しみ、二人は恭夜だけでは食べきれない分の果物を持って帰っていった。
幽香の持ってくる花が花瓶に生けてあるが、見えないので残念そうである。
「静かになると怖いな……」
真っ暗な世界で急に無音になった事で恐ろしくなり、布団にくるまり震えている。
「ごめんね恭夜! ちょっと師匠に呼び止められちゃって」
相変わらずお世話係として鈴仙が選ばれていて、布団に潜り込んでくると震える恭夜をぎゅっと抱き締めた。
「鈴仙……」
頭を抱えて胸元に押し付けられて、鈴仙の心臓の鼓動と暖かさで安心している。
「えへへ、役得役得」
見えるようになるまでは毎晩一緒に寝ると決めていて、恭夜も夜中の静寂に恐怖心が半端ないから喜んでいた。
「本当に毎日ありがとう」
「恭夜のお世話は私がやりたいからいいの」
トイレに案内して扉を閉める音で外に出たと思わせ、側でガン見したりと目が見えないのをいい事に変態的な行為もしているから危ない。
「鈴仙の体温と鼓動で安心する……」
そして遂に包帯を外し、目が見えるようになっているか確認する日が来た。
見えるようになっていても、二日くらいは様子を見る為に入院は続く。
「……はい、ゆっくり目を開けて。急いじゃダメよ」
「…………凄く眩しい」
ゆっくりと開いたが眩しくて一度目を閉じ、そして再びゆっくりと開いた。
「あ……私みたいに赤い瞳だ」
「どうやら成功みたいね」
視神経やその他諸々を繋げる技術と治癒を早める薬、改めて永琳は天才なのだと恭夜も理解した。
「うわぁ、恭夜ったらシン・アスカ的な状態じゃない。黒髪だし、目が赤いし」
久々に輝夜の顔を見るとそんな事を言われてしまった。
「これがお嬢様の目か……」
そんな輝夜を無視して手鏡を持ち、自分の顔を見ている。
「目の色が気になるようだったら、八雲紫に頼んで黒のカラーコンタクトを買ってきてもらうといいわ」
「うん、頼む事にするよ。流石に人里に行く時は赤い目じゃ要らない誤解を招きそうだし」
「まぁ、妖怪だったとか言われたら困りそうだものね」
「私はお揃いだから、ずっとそのままで居てほしいな」
「あーあ、あの日に妹紅をからかいに出掛けてなければ私の目が使われてたのになー」
蓬莱人の特性を利用出来たのに、とぶーぶー言っている。
「どんな親かは分からないけど、親に貰った大切な二つの目をダメにしちゃったなぁ……」
そう言いながら改めて手鏡を見て溜め息を吐いた。
「それなら名付け親から貰った二つの目を大事にしなさい。次も上手く行くとは限らないんだから」
今回は様々な幸運が重なって上手く行ったが、次もこんな幸運が重なるとは限らない。
「……そうだな。お嬢様から戴いたこの紅い瞳、生涯大切にするよ」
違和感は凄いが敬愛する主のくれた目を大切にする事を決め、久々に目を使って疲れたらしくそっと目を閉じた。
「中二病患者憧れの眼の色変化ね。片方が違う色だったらなんちゃってオッドアイだったのに」
「それは絶対嫌だ。何か後一年ちょいくらいしたらキャラ被りしそうな気もするし、オッドアイとかうわぁ……って目で見られるの間違いないだろ常識的に考えて」
本能的な何かとキャラ被りがしそうでオッドアイは絶対に嫌だと拒絶している。
「いや、純日本人で赤い目も十分うわぁ……ってなるわよ」
「ですよねー」
また目を少し開いて輝夜の意見に同意していた。
………
……
…
それから数日が経ち、移植された目も拒絶反応がなく完全に馴染んでいる。
訪ねてきた紫に頼んだカラーコンタクトも届き、ようやく帰宅出来る日が来ていた。
「それじゃあ、俺は帰るよ」
「これからは出来るだけ怪我をしないようにしなさいね」
「うん。……異変にも出来るだけ付いていきたくないよ」
一番怪我をしやすく、離れていても飛んでくる流れ弾を全力で回避するのも怖くて仕方ないらしい。
「それは紫や貴方の主に言いなさいな。竹林の外までは貴方の隣に居る鈴仙に送らせるから」
「うん、ありがとう。今度は怪我とか病気じゃなくて、ちゃんとお土産持って遊びに来るから」
話している間ずっと鈴仙に手を握られていて、全く離してくれない。
「師匠、恭夜をしっかり送ってきますね。それじゃあ、行こ?」
恋人繋ぎに変えてニコニコしながら竹林の中に消えていった。
「……分かっていても嫉妬しちゃうわね。目が見えるようになっても鈴仙と同じ布団で寝ていた、この事は恭夜に言うことを聞かせる為の切り札にしましょう」
二人が消えていった方を見ながらそんな事を呟いている。
なんちゃってシリアスも俺には書けそうにないのがわかった。
吸血鬼の目を移植しても平気かどうかなんて知らないぜ。