外でもマイペース
居候を始めて三週間が経ち、三月に突入していた。
その三週間でバレンタインにはラブコメ的な展開があったり、二柱の神様達が見えている事がバレたりと色々な出来事があった。
そして……
「あれ、早苗の冗談だと思っていたら本気だった……」
両手両足に普通のリストバンドを付けているだけのはずだが、何故か身体を重たそうにして歩いている。
「お風呂の時だけは外してくれるんだから早苗も甲斐甲斐しいよねー」
重たそうにして歩いているのは、背中に諏訪子をぶら下げているのもあるようだった。
「迂闊な事も言えないこんな世の中。早苗のプレイしてたゲームのキャラと同じ修行をやらされてるとかね。俺はロボットに乗らないのに」
「有り余ってる力でリストバンドを重くするって発想はなかったよ」
早苗達には幻想郷以外の事が色々とバレており、早苗はより一層恭夜に入れ込んでいた。
「諏訪子さんが余計な事言うからですよ。俺程度の霊力じゃ外せないし、風呂の時だけ外れるようになるとかどうなってんだよ……」
ワザと忘れて部屋に戻り、鍵をかけて寝ても朝起きると付いていてゾッとしたりも。
「もうそこまで行くと呪いのリストバントだよ。……えへへ」
ぶらさがられるのがキツくなってきたようで諏訪子の脚に手を回し、重い両腕を我慢しながらおんぶをしている。
「最近家にいると諏訪子さんが背中か胡座の上かに必ず居る気がするけど」
「何か居心地いいんだよねー」
フレンドリーすぎて信仰もへったくれもなかった。
そのまま借りている部屋に戻ると、諏訪子は座布団の上に座りテーブルに乗せられたどら焼きを手に取っている。
部屋の隅には色々な酒屋を回って買ってきたと思われる、未開封のお酒の瓶がかなり置いてある。
紫から餞別にと貰っていた宝くじが当たった事で七桁オーバーが懐に入り、その資金で様々なお酒を購入したらしく二柱の神様達もご満悦。
早苗には一緒に買い物に行った際、店員と早苗に言われて何も考えずにペアリングを購入して贈っている。
「……あの日のあれは神奈子の自爆だったねぇ」
どら焼きをパクつきながらしみじみと呟いていた。
「俺はあの日、神奈子さんにお酒を流し込まれた所までしか覚えてないんですけど。あれから神奈子さんに避けられてる気がします」
瓶の飲み口を口に入れて流し込まれたようで、あっと言う間に意識がなくなっていた。
「あれはまだ照れてるだけだから大丈夫だよ。あんなの傍で見せられた私の気持ちも考えてほしいよ。早苗が寝ててよかったと言わざるをえないけど」
指をくわえながらジーッと見つめてくる。
酔っ払い化した恭夜はフリーダム具合がハジける。
瓶を取ってケラケラと笑う神奈子の腕をガシッと掴んで引き寄せ、戸惑っている間に逃げられないように片腕でその背ごと抱き締め、瑞々しい唇を貪っていた。
最初は必死に抵抗していたが口内を蹂躙されていく内に抵抗が弱まり、最後はしがみつくように恭夜の背に手を回して身を任せてしまう始末。
そんな光景をコップを片手に間近でガン見していた諏訪子は、口内を蹂躙される神奈子を見て生唾を飲み込んでいたり。
「でも朝食の時に醤油を取ろうとして手が触れただけで、何か思いっきり飛び退いてましたけど」
勿論恭夜にそんな記憶なんてあるはずかなく、役得なのに可哀想だった。
翌朝から恭夜を異性として意識するようになってしまい、恭夜の前では凛々しい神様ではなく完全に乙女になってしまっている。
早苗はそんな神奈子の変化に気づいたようだが、自分のが優位に立っているから全く気にしていない。
「まぁ、神奈子もああ見えて乙女だからねー。今度は手を握ってみなよ、どんな反応するか私も見てみたいしさ」
「嫌な予感しかしませんよ。神奈子さんに全力でぶん投げられそうですし」
そんな未来がくっきりと見えてしまったらしい。
それから数日が経ち、神奈子も表面上は以前と変わらなくなっていた。
ただ諏訪子の言った乙女という言葉に偽りはなく、二人きりになるととても可愛らしい笑顔を見せてくれたりしている。
風の扱い方を教えてもらえる事になり、毎日早苗が学校に行っている間に教わっていた。
「炎と風が合わさって最強に見える」
自身の回りに吹く風を微風にし、炎で暖を取っている。
「恭夜は飲み込みが異常なくらいに早すぎるよ。下地が出来てるからやりやすいのかと思ったけど、前に誰かから習っていてそれを思い出すように使っているとしか……」
「神奈子、そういうのは気にしないの。あんなに嬉しそうにしてるんだし、神奈子の株上昇してるかもよー?」
諏訪子がニヤニヤしながら神奈子の脇腹をつつき、そんな事を言っている。
「べべべべ別に私の株が上がったからって何もないよ!」
「恋する乙女、八坂神奈子。ファーストキスは酒の味ー。ねぇ、どうだった? 口内蹂躙されてどうだった?」
ここぞとばかりにからかいに走っていた。
「出来るならもっとしてほしかっ……うるさい!」
神様をも夢中にさせる程のものだったらしく、思わず本音が漏れていた。
「それじゃあ、私もお酒飲ませて試してみようかな。ふふふ、私と恭夜どっちのテクニックが上かなー」
「ふん、諏訪子は返り討ちにあうといいよ」
そう言いながらも内心はやってほしくなく、願わくばまた自身にしてくれないかと期待していたりもする。
「でもどうしよう、それで恭夜が私に惚れちゃったら。そのまま子作りとかしちゃおうかな?」
ちょっと想像しただけで諏訪子の顔が火照り、危険な妄想までし始めていた。
「そんなのダメに決まってるでしょ! そんな事したら早苗の瞳からハイライトが消えるよ!」
「それは一人で独占しようとするからそうなるんだよ。だから私達三人で共有すればいいんだよ」
春には去る事をすっかり忘れており、ずっと一緒に居てくれるものだと皆が考えている。
「それならまぁ……ってそれでも子作りはダメ!」
共有する事には賛成らしいが、子作りに関しては許さないらしい。
「アーアーキコエナーイ」
両手で耳を塞ぎながら言っていた。
「風の力を多少使えるようになったし、夏場は快適になるかもしれない」
離れた場所でコツを掴む為に必死になっており、そんな二人のやり取りは聞こえていない。
………
……
…
夕方になると早苗を迎えに行くのが日課になっており、本日もお迎えに参じていた。
そのままスーパーで仲良くお買い物をして、その帰りに神様達への貢ぎ物にたい焼きを購入している。
「あんことクリーム、チョコを四つずつ買ったけど喧嘩にならないといいな」
一人に一つずつと考えて購入し、袋をエコバッグの中に入れていた。
「さぁ、帰ったら特訓ですよ。恭夜さんなら絶対にあれを再現できる気がするんです!」
「いや、あれは流石に無理だと……」
最近リストバンドの重さに慣れてきたが早苗にはその事を伝えていない。
「それでも電光落下くらいは出来るようになりますよ。神奈子様に教わっている風の力で」
「技名を日本語にすればいいってものじゃないと思うよ」
そんな雑談をしながら仲良く歩いていく。
しばらくすると穏やかな雰囲気の無言が続いたが、そわそわしていた早苗が恭夜の空いた左手をそっと握った。
いきなり手を握られてビクッとしたが、早苗の冷えた手をギュッと暖めるように握り返していた。
しかし、こんな楽しい毎日にも必ず終わりは来るもので……
季節はすっかり春になり、桜の花も咲き始めていた。
そんな日の朝食での事。
「……そろそろ潮時かな」
味噌汁を飲み干し、お椀を置いて呟いた。
何事かと目を向ける三人を見て、約二ヶ月の楽しかった事を思い出していた。
ホワイトデーのお返しで色々悩んだり、着替え中に部屋に入ってこられたり。
だが居心地が良くてもいつまでもここにいるわけにはいかない。
「急にどうしたんですか?」
言葉の意味を知る為に三人を代表して早苗が尋ねていた。
「ん、早苗とした春までの約束。今日にしようと思ってね」
荷物も服が増えた程度でそんなに多くなく、鞄だけあればいいらしい。
「……そ、それならおにぎり作りますねっ」
「いや、それは手間だし早苗に悪い。だから鞄を取りに行ったらそのまま行くよ。布団とかテーブルは綺麗に使ってたし、使ってもらっても捨ててもらっても構わないから」
背を向けた早苗に声をかけ、食器を運んでから部屋に戻っていった。
部屋で服や下着を鞄に詰めていると、神妙な顔をした諏訪子と神奈子が部屋に入ってきた。
何を言うでもなく恭夜の動きをただ見つめている。
全ての支度を済ませると、正座をして二人の方を向いた。
「……神奈子さん、諏訪子さん。今までお世話になりました。いつかまたお会い出来る日を楽しみにしています」
「あーうー……」
寂しそうな顔でいつものようにギュッと抱きついてきた。
ずっと一緒に居てくれるものだと思っていたからか、寂しさで泣いてしまいそうになっている。
胸元に顔を埋めて恭夜に顔が見えないようにしていた。
「いつかは必ず来る別れの事を忘れてたよ。……いっその事、早苗の婿になって私達と一緒に暮らさないかい? お前さえよければ」
「嬉しいお誘いですけど、俺にもやるべき事がありますから」
仲良くなった諏訪子の背を優しくぽんぽんしながら答えている。
「そう。寂しくなるねぇ……」
「お二人ともお元気で。いつでもどこででも俺は貴女方を信仰していますから」
諏訪子の身体を優しく離し、そう言うと鞄を手に部屋から出ていった。
今までに何度もくぐった鳥居の前に立ち、そのまま振り向かずに一歩を踏み出そうとした時。
「恭夜さん!」
「うん?」
名前を呼ばれて振り向くと、お弁当箱を手にした私服姿の早苗が駆け寄ってきていた。
「これ、お昼に食べてください。時間がなかったのでおにぎりと卵焼きとかの簡単な物しか作れませんでしたけど」
「……ありがとう。この約二ヶ月、本当に楽しかったよ。それじゃあ、またいつかどこかで」
そう言うとにっこり笑い、鳥居を潜って階段を降り始めた。
その背中を見ていると、もう二度と会えないような気がして仕方なかった。
広いが狭い日本、電話もメールも出来るはずのに不安で仕方なくなっている。
そう考えると自然と足が動き、恭夜の後ろから抱きついていた。
「……私、恭夜さんが好きなんです。最初の頃に偶然会えたって言っていたのも嘘だったんですよ? どれも全部必然で、お店の方に聞いたりしていたんです」
様々なアルバイトをする恭夜を見ている内に、いつのまにか気になり偶然を装って度々会っていたらしい。
「……」
いくらネガティブな恭夜でも流石に気がついており、緊張で胸の鼓動が早鐘を打っていた。
「……今度は恭夜さんが私に会いに来てくださいね」
「さな……っ?」
そっと背中から離れたので振り返ると両手で顔に触れられ、目を閉じた早苗の顔が近づき唇が重なっていた。
そのままたっぷり十秒以上キスをすると、早苗はそっと離れて恥ずかしそうにモジモジしている。
「えっと、その、私のファーストキスです。私の告白のお返事は次に会った時に聞かせてくださいっ!」
大胆な行動をして恥ずかしくなり、そう言うと両手で顔を隠しながら神社に向かって逃げて行ってしまった。
「……女の子の唇ってあんなに柔らかいんだ」
意識がある時に初めて体験するキスに呆然としている。
ハッとして頭を振り、階段を降りきると紫に外の世界に連れてきてもらった時に出た廃ビルの中に入っていった。
しばらく中を進むと懐かしくも気持ちの悪いスキマがあり、その前には懐かしい人物がニコニコしながら待っていた。
「猶予を上げた一週間、楽しかったかしら?」
冬眠から目覚めて機嫌が良く、本来ならば一週間前に帰る予定だったのを延ばしてくれていた。
「うん、楽しかったよ。別れは綺麗には出来なかったけどね。……早くお嬢様達に会いたい気持ちもあったけど」
「来る前に見てきたけど、皆凄くそわそわしてたわよ。ふふ、愛されてるわねー」
このこのー、と頬を扇子でつんつんしてくる。
「愛されてるのかなー。とりあえず早いとこ帰りたいよ」
両手足のリストバンドは風呂以外では外せないままであり、付けているのが自然になっていて外してもらうのを忘れていた。
早苗以外の神様達も手を加えており、あの三人に頼まない限りは外せないくらい複雑な術式がくまれていてどうしようもなかったりする。
無理に外そうと介入すればするほど重くなる嫌な仕掛けになっていて、ペナルティで重さが戻るのは一週間後と鬼畜仕様。
「はいはい。それじゃあまた今度私の家にも招待するから、それまでがんばってレミリアに仕えなさいな」
スッと足元にスキマを開いて、有無を言わさず恭夜を飲み込んだ。
そう彼女は外の世界だと素敵なヒロインです。
入ってきたらどうなるかわからないけど。
自作焼豚を作ってしっかり味を染み込ませようと冷蔵庫に寝かせていたら、味見と称したつまみ食い軍団に半分くらい食べられてたでござるの巻。
そんなに大きくない豚バラブロックだったし、その残り半分じゃ炒飯に混ぜるくらいの量しかないわ。