第11話
その翌日、ヴォルフはマティーダに執務室へ呼び出された。
ふかふかした絨毯や高価な家具のせいで、どうにも落ち着かない様子だ。
マティーダは執務机で、例にもよって書類を片付けていたが、手を止めて立ち上がった。
「昨日はご苦労様でした。おかげでジルベールは無事でしたし、盗賊団を一網打尽にすることができました。改めて礼をいいます。有難うございました」
そのジルベールは、ここにはいない。今は部屋で必死に机に向かっているはずだ。
ジルベールには無断外出と心配をかけた罰として、<帝国憲法>とヒューリウ特別人身売買法を書き写すという課題が課せられていた。
「いやっ、そんな俺は別にたいしたことしてないっスよ」
領主代理に深々と頭を下げられ、ヴォルフは困惑する。
「そんなことはありません。あなたがいなければ、きっと上手くいかなかったでしょう」
マティーダは机の引き出しから、袋を取り出し、ヴォルフに差し出した。
「これは少ないですけど、旅費にあててください。あなたはもう、自由の身です。早く、あなたが本当の主君を見つけられますよう、祈っています」
ヴォルフは一旦、その袋を受け取ったが、何か言いた気にマティーダを見下ろした。
「あ〜、その、主君の件なんスけど……もう見つかったんスよ」
これには流石のマティーダも目を丸くした。
「え? いつの間に? それは誰なのですか?」
ヴォルフはにっと笑い、マティーダを見る。
マティーダは目をぱちくりして、自分の顔を指差した。
「も、もしかして、私、ですか?」
「そうっスよ」
あっさりと頷かれ、マティーダは信じられないという顔でヴォルフを見上げた。
「何故私なのです? 昨日まではそんな素振りは微塵もなかったでしょう」
「だって、昨日っスよ。俺が領主代理様に仕えたいって思ったの」
「は?」
「いやぁ、昨日の啖呵でビビッときたんスよ。もう俺が仕えるのは、領主代理様しかいないって」
ヴォルフはその場で片膝をつき、マティーダを見上げて言った。
「俺の主君になってくださいっス」
「嫌です」
執務室がしんと静まり返った。
今度はヴォルフが目をぱちくりする。
「なんでっスか? 自分で言うのもなんスけど、俺、キウラっスよ?」
普通、貴族にとって、キウラの忠誠は喉から手が出るほど欲しいものだ。一人の主君に一生尽くし、武術に優れたキウラ一族は、とっておきの懐刀になる。
しかし、マティーダにそんな理屈が通用するはずもない。
「だから何ですか。嫌なものは嫌です。お断りします。別の人を探してください」
「無理っスよ! 俺、領主代理様以外に仕える気、全然ないっスから!」
「そんなこと、私が知ったことではありません」
「そんなぁ、ヒドイっスよ」
ヴォルフは情けない顔で、マティーダを見上げる。まるで主人に叱られた犬のようだった。
もしもヴォルフに耳がはえていたら、へちょんと下がっているに違いない。その姿は百人中九十九人が気の毒に思うだろうが、相手は例外の一人だった。
マティーダはそんなヴォルフをいちべつして、言い放つ。
「そんな顔をしても無駄です。私の心は動きません」
マティーダはふいっと、視線をそらし、椅子に座った。
「話は終わりました。私には仕事がありますから、出て行ってください」
そう言うとマティーダは書類に目を通し始めた。




