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第10話

「やれぇい!」

頭の一声で、盗賊たちは一斉にマティーダに襲い掛かった。

それと同時に、隠れて事態を見ていたヴォルフが、樹の陰から飛び出してくる。

マティーダに斬りかかった盗賊の一人の武器を、太刀で弾き飛ばした。

「おっと、大丈夫っスか?」

武器をなくした盗賊を蹴り飛ばし、マティーダの側で太刀を構える。

それは肉体的な傷の心配ではなく、精神的な状態を尋ねたのだったが、マティーダは前者と受け取って答えた。

「えぇ、怪我はありません。事前に打ち合わせした通りにお願いします」

それ以上の問答をする隙はなく、戦闘は始まった。

ヴォルフはたくみに位置を変え、囲まれないようにしながら、盗賊たちを一人二人と切り伏せていく。しかし事前にマティーダに釘をさされていたため、急所は避け手足や肩などを狙い、戦闘不能状態にとどめた。

罪人は法によって裁かれるべしという領主代理としての考えと、幼い弟に人を殺すところを見せたくないという義姉としての思いが、入り混じった結果である。

何にせよ、それを囲まれながらも実行できるのは、ヴォルフの卓越した武の才があるからに他ならない。

マティーダの方にも盗賊たちは襲い掛かってきたが、彼女は応戦せず避け続けた。

彼女が持っている短剣では、間合いが短すぎる。

ブンブンと得物を振り回す盗賊たちを嘲笑うかのように、マティーダはひらりひらりと、紙一重の所を避けていく。

そうして盗賊たちが疲労した所を、ヴォルフが斬る。

そうこうしているうちに、あれだけいた盗賊たちを、あと十数人という所まで追い詰めた。

ヴォルフは軽く汗をかいている程度だが、マティーダの顔には疲労の色が浮かんでいた。

動きもやや鈍くなり、攻撃を避けきれずに出来たいくつもの裂傷から血が流れている。

「姉上っ、危ない!」

マティーダの背後から、一本の矢が飛んできた。

射手は背中を狙って矢を放ったが、マティーダはジルベールの声でそれに気づき、とっさに横へ飛んだ。しかし完全に避けきることは出来ずに、肩を射抜かれる。

肩を押さえて、よろめくマティーダを見て、ジルベールはボロボロと涙をこぼしながら叫んだ。

「ごめんなさい、姉上! ごめんなさい! 僕さえいなければ、姉上はこんな目にあうこともなかったのに! 僕、なにもできなくて、姉上に迷惑ばかりかけて、僕はいらない子なんだ! 僕なんて、生まれなきゃ良かっ」

「黙れぇ!」

辺りの木々を揺るがすほどの怒声が、ジルベールの言葉を遮った。

周りで戦闘を繰り広げていたヴォルフや盗賊たちも、思わず動きを止めて声の主を見る。

血に染まった袖を引きちぎり、肩に刺さった矢を抜き止血をするマティーダ。

その翠の目は、きつくジルベールをにらみつけていた。

「誰がいらない子だって? ふざけんじゃないよ! 生まれなけりゃよかっただなんて、冗談でも口にすんな! あんたが生まれて、あんたの両親や領地の皆がどんなに喜んだと思ってんだ! あたしだって養親が死んでから、あんたの存在にどんだけ救われたことか! だからあんたには幸せになる義務ってモンがあるんだよ! この世には言霊ってもんがあって、あんたが『僕はいらない子だ』って言えばそうなるし、逆に『幸せになれる』って言えば幸せになれるんだよ! わかった?」

「は、はい!」

生まれて初めて義姉の声を荒立てた所を見たジルベールは、その勢いに圧倒され、頬に流れた涙も乾いていた。

ジルベールを羽交い絞めにしていた盗賊団の頭は、マティーダの怒気に真正面から当てられて、情けないことに、未だ動けずにいた。

ぽかんと事態を見ていた周りの中で、一番先に我に返ったのはヴォルフだった。

キウラの超人的な脚力でもって、ヴォルフは一足飛びに頭の後ろへと回り込み、ジルベールを捕らえていた腕をねじ上げる。

「いてててててててぇ!」

「頭ぁ!」

「ジルベール!」

「姉上!」

自由の身となったジルベールは、転びそうになりながらも義姉の元へと駆け寄る。

他の盗賊たちは、何が起こったのかを理解できず、自分たちの頭とジルベールを、ただ交互に見ることしかできなかった。

ジルベールをしっかりと抱きとめたマティーダは、首に下げていた笛を思いっきり吹き叫ぶ。

「一人残らず引っ捕らえなさい!」

笛の音を合図に、祠のある広場を取り囲んでいた精鋭部隊が、木々の間から躍り出た。

これに慌てふためいた盗賊たちは、我先にと逃げ出そうとしたが、待ち構えていた警吏たちによって、あっという間に全員取り押さえられた。

こうして<帝国>の南部から東部にかけて荒らしまわっていた盗賊団、『我らが悪党』は、全員御用と相なったのである。

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