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SF作家のアキバ事件簿263 ミユリのブログ 世界線に雪が降る夜

作者: ヘンリィ
掲載日:2026/07/25

ある日、聖都アキバに発生した"リアルの裂け目"!

異次元人、時空海賊、科学ギャングの侵略が始まる!


秋葉原の危機に立ち上がる美アラサーのスーパーヒロイン。

ヲタクの聖地、秋葉原を逝くスーパーヒロイン達の叙事詩。


ヲトナのジュブナイル第263話「ミユリのブログ 世界線に雪が降る夜」。さて、今回は、いよいよ親友の死の真相が明らかになります。


たった1回の過ちで"前世の妻"を名乗るメイドが妊娠。一方、リアル"推し"は、親友殺しの時空漂流者を探しますが、その線上に浮かんだのは…


お楽しみいただければ幸いです。

第1章 スピアの前説


警察(まんせいばし)は、アレクの交通事故を自殺として片づけようとしてる。


でも、そんなの彼を知っている人なら、誰だって笑い飛ばすわ。

だって、アレクは、いつだって、未来の話ばかりしていた人だから。


自分から人生を終わらせるなんて、私にはどうしても思えない。


だから、私は事故だったと思ってるの。

でも、ミユリ姉様は違う。


姉様は、アレクは時空漂流者レーンウォーカーに殺された、と思ってる。


しかも、その考えは、とうとう姉様のTO(トップヲタク)であるテリィたんとの間に決定的な溝を作ってしまうの。


昔なら、どんな喧嘩をしても最後は笑って仲直りしていたのに、今回は違う。

2人とも、自分が正しいと信じて譲らない。


だから、どちらも引き下がらない。


もっとも、そのおかげで姉様は、1人で調べ回るフリーハンドを得たワケだけど。

もっとも、最近のテリィたんときたら、もうそれどころじゃないの。


だって、頭の中はティルのことでいっぱい。

あの夜、天文台でキスしたことは知ってる。


でも、まぁ、どうせキスだけでしょ。


さすがに、その先までは…

まだ、行ってないと思うわ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


天文台。


開いたドームの向こうで、

朝の光がゆっくりと星を消していく。


望遠鏡の下。

毛布に包まれた2人が眠っている。


ティルは、金色の髪を僕の裸の胸へ流したまま、

穏やかな寝息を立てている。


先に目を覚ました僕は、しばらく動けない。

僕の胸に触れる柔らかな金髪を見る。


昨夜の出来事を否定しようとして…やめる。

夢ではない。


静かに息を吐き、指先でその金髪をすくう。

絹糸のような感触だ。


眠るティルの横顔を見つめる。


まるで初めて会う誰かを見るように。

あるいは、昨日までと違う自分自身を見るように。


やがて、ティルがゆっくりと目を開ける。


「…おはよう」


まだ眠たげな笑みだ。


「おはよう」


短く返す。


ティルは少しだけ身を寄せ、

僕の胸に頬を預ける。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ラギィ警部の家。

玄関のドアが静かに開く。


そっと忍び込んだ2人を迎えたのは、

ソファで毛布を頭までかぶって眠るカレルだ。


ティルは小さく笑う。


「じゃあ、またラテン語クラスでね。」

「ああ。また。」


just one Kiss。


その瞬間、毛布の隙間からのぞくカレルの目は

大きく見開かれる。


ティルは気づいている。


「テリィたん。私たち、何も問題ないわ」

「ああ。問題ない」


僕が言い終えた、その瞬間。

ぱっと部屋の照明が点く。


「大問題よ」


腕を組んだラギィ警部が立っている。


「こんな時間まで何をしていたの…

 え。あら?テリィたん?」


言い訳を探すように立ち尽くす僕。

ラギィは深い溜め息をつく。


「ティル。あなたは部屋へ行きなさい」

「はい、警部。」


ティルは素直にうなずく。


「えっと…」


口を開きかける僕。

ラギィは、あっさり手で制する。


「テリィたんも帰って。話はまた今度聞くわ」

「OK。警部」


僕は、静かに玄関を出る。

扉が閉まる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


自室へ戻ったティルは、

クローゼットの前で立ち止まる。


ゆっくりと自分の下腹部へ手を添える。


まだ何も変わってはいない。

それでも、胸の奥から笑みがこみ上げてくる。


「やったわ」


誰にも聞こえないほど小さな声だ。

その笑みは、どこか勝ち誇っている。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆


同時刻。スピアの家。

真夜中に激しいノックが響く。


「…何時だと思ってるの?」


寝ぼけ眼のまま扉を開けたスピアの前に、

息を切らしたミユリさんが立っている。


「わかったの。すごいことが」


その目だけが、異様に冴えている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


スピアの部屋。


ベッドの上へ、何枚もの写真が広げられる。

ミユリさんは、1枚を指先で押さえる。


「この写真を見て」


アレクとリアナが並んで笑っている。

その背後に全面ガラス張りの4階建てのビル。


「このビル」


スピアは、写真へ顔を近づける。


「メソポタミアで撮ったんでしょ?」

「私もそう思ってた。でも、違う」


ミユリさんは、静かに首を振る。


「大使館が調べてくれたの。

 このビルは、1994年に取り壊されている」


沈黙。


「1994年?」

「そう。アレクが未だ10才の頃」


スピアの指先から写真が滑り落ちる。


「…気味が悪い」


かすれた声だ。


「このリアナって、一体何者なの?」

「ホントにリアナなのかどうかも怪しいわ」


ミユリさんは、机に散らばる資料へ目を落とす。


「写真そのものが加工されてるカモしれない。

 あるいは、リアナという人物自体が

 存在しない可能性もあるわ」

「じゃあ…」


スピアは、ゆっくり息をのむ。


「姉様の言う時空漂流者(レーンウォーカー)?」

「未だ断定は出来ないわ。でも…」


ミユリさんは、写真を握りしめる。


「少なくとも、アレクは、

 メソポタミアで見たと言っていた景色を

 実際には、見ていない」


静かな言葉だ。

だからこそ重い。


「だったら、アレクは何処へ行っていたの?」


スピアの問いに、ミユリさんは首を横へ振る。


「それをこれから調べる」


そして、初めて少しだけ弱い表情を見せる。


「…でも、もう1人じゃ無理」


スピアをまっすぐ見つめる。


「だから、お願い。力を貸して」


長い沈黙。


やがてスピアは、ゆっくりとうなずく。


「…わかった」


その返事は、ミユリさんを信じたからではない。

もう、信じないではいられなくなったからだ。


第2章 私、産むわ


御屋敷(メイドカフェ)のバックヤード。


「おはよう」


ジョギングウェア姿のエアリは、

ベンチに腰掛け、黙々と足首をほぐしている。


「これから走るのか?」


返事はない。


「10kmくらい?いつものコース」


無視。

僕は、息をつく。


「怒ってるのはわかる。

 でも、どうしても聞いてほしい話がある」


エアリは、ゆっくり立ち上がる。

椅子を引き寄せ、僕の正面へ置く。


腕を組み、座る。


「3分だけ」


裁判官みたいな目だ。

僕は、覚悟を決める。


「話しづらいことなんだ」

「でしょうね」

「君には隠したくなかった」

「ふーん」

「ティルと…その、昨夜」


喉が詰まる。


「寝たの?」


エアリは、まばたき1つしない。


「YES」

「そう」


それだけだ。


「つまり、セフレは正式にお払い箱ってことね」


乾いた拍手が2つ。3つ。


「おめでとう」


僕は、目を伏せる。


「新しい靴下の履き心地は?

 アナタの足にはピッタリだった?」

「そういう話じゃない」

「じゃあ、どういう話?」

「僕自身、未だ整理出来てない」

「だから?」

「誰かに聞いて欲しくて」


エアリは、小さく笑う。

その笑いは、冷酷だ。


「私が慰めるとでも思った?」


僕は、答えられない。


「"大丈夫よ、テリィたん"って、

 言って欲しかったの?」

「そんなつもりじゃ…」

「ティルの温もりが消えないうちに

 元セフレに懺悔しに来たワケでしょ?」


言葉が刺さる。


「もういいょ」


僕は、踵を返す。


「あら」


エアリは、肩をすくめる。


「ヲタクの王様が逃げるの?秋葉原で?」

「逃げるんじゃない」

「じゃあ何?」


僕は、振り返る。


「昨夜は、本当に想定外だった。

 流されただけなのか、自分で選んだのか、

 それすらまだわからない。

 だから、誰かに聞いて欲しくて…」

「聞きたくない」


言葉は鋭く、迷いがない。


「テリィたんが誰と寝ようと、

 誰を好きになろうと、もう私には関係ない」


エアリは、立ち上がる。


「それに」


1歩だけ、僕に近づく。


「私が池袋へ行くって言った時、

 テリィたんは、私の話を聞こうとしなかった」


僕は、何も言えない。


「今さら、自分の話だけ聞いて欲しいなんて」


エアリは、静かに笑う。


「ずいぶん都合がいいのね」


そのまま背を向ける。


「ジョギング、遅れるから」


扉が閉まる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


カルチャーセンター。

講義棟の廊下でティルが待っている。


いつもの華美なメイド服ではない。

落ち着いたコンサバ風の装い。


その控えめさが、かえって彼女を目立たせる。

僕は、歩み寄る。


「テリィたん」

「やあ」


ティルは少しだけ視線を伏せる。


「少し話せる?大事なことなの」


その時だ。


「あら、テリィたん!」


マリレが割って入る。


「元気?」

「ああ。マリレも」


ティルが一瞬だけ息を止める。


「ごめんな。今、

 ティルが話したいことがあるみたいなんだ。

 一緒に聞こうか」


その言葉に、マリレは2人の表情を見比べる。

何かを悟って、小さく笑う。


「私、お邪魔だったみたいね」


肩をすくめる。


「じゃあ、また」


静かに立ち去る。

再び2人だけになる。


ティルは少し考え、

それから首を横に振る。


「やっぱり今夜にするわ」

「いいの?」

「急ぐ話じゃないもの」


ゆっくり微笑む。

昨夜までとは、別人のような落ち着きがある。


まるで、焦る必要はなくなったと言うように。

僕は、自然にうなずく。


「わかった」


ティルが僕の手を取る。

ほんの少し躊躇したあと、僕も握り返す。


そのまま2人で廊下を歩き始める。

隠れる理由は、もうない。


廊下の空気が静かに変わる。

すれ違う学生たちが振り返る。


「あれ…」

「テリィたん?」

「あの2人…」


さざ波のような囁きが伝っていく。

その光景を見ていたエアリが口を開く。


「堂々としてるわね」


カレルは、黙ったまま腕組み。


戻ってきたマリレも2人の背中を見送り、

小さく溜め息をつく。


「もう引き返せないわ。あの2人」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


カルチャーセンター。


正門に飾られたアレクの遺影の前に

今日も新しい花が供えられている。


通り過ぎる学生たちが、一瞬だけ足を止め、

小さく頭を下げて去って逝く。


少し離れたベンチ。


その様子をぼんやり眺めるエアリの隣へ、

カレルが紙コップ2つを持って腰を下ろす。


「ほら」


コーヒーを差し出す。


「ありがと」


受け取るエアリ。

しばらく2人で遺影を眺める。


やがてカレルが口を開く。


「テリィたんとティル、くっついちまったな」


「その話、聞く気も起きないわ」


エアリは、コーヒーを1口。


「もう秋葉原には、うんざりよ」


溜め息をつく。


「私、一生この街から出られないのかしら」


カレルは、苦笑する。


「君たちスーパーヒロインって、

 いつもマジ悲観的だよな」

「悪かったわね」

「秘密を守るために生きるとか、

 世界線が違うとか同じとか、

 いつも人生が終わりそうな顔してる」


肩をすくめる。


「もし、俺に君らみたいな能力があったら、

 毎日もっと遊ぶけどな」


エアリは、じろりと睨む。


「例えば?」

「まず空飛ぶ。」

「子供ね」

「瞬間移動」

「小学生なみ」

「透視」

「最低よ」

「いや、財布の中身を見るだけ」

「もっと最低」


カレルは、真顔でうなずく。


「じゃあ宝くじ」


エアリは思わず吹き出しそうになり、

慌てて口元を押さえる。 


「バカ」

「だろ?」

「でも、ちょっとだけ羨ましい」


カレルは遺影へ目を向ける。


「笑えるうちに笑っとけよ。

 人生なんて、急に終わるカモさ」


エアリも静かに遺影を見つめる。


「そうね」


2人は、黙ってコーヒーを1口すする。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


"マチガイダ・サンドウィッチズ"。


ボックス席。エアリの前で

古びたメイド雑誌をめくるカレル。


「見てみろ」


エアリは、ページをめくり、眉をひそめる。


「冗談でしょ?」


誌面いっぱいに笑顔のメイド。


「ひろみん?」

「YES」


カレルは得意げにうなずく。


「タイプは、面白い人らしいんだ」

「確か"国民的メイド"よね?」

「"国民的メイド・オブ・ザ・イヤー"だ」

「肩書、長っ」

「アジアでも大人気なんだ」

「ふーん」


エアリは、雑誌を閉じる。


「で、本気?」

「マジ本気。彼女の夢の中に入ってくれ。

 出来るょな?」


エアリは、呆れたように溜め息をつく。


「生きるか死ぬかって時なら、出来るけど」


ベッドへ倒れ込む。


「超能力の無駄遣いだわ」

「その無駄遣いをお願いしてる」

「最低」

「褒め言葉だ」


エアリは、雑誌をもう1度開く。


古びた写真の中で笑う"ひろみん"。

その顔に、そっと指先を添える。


ゆっくり目を閉じる。

部屋が静まり返る。


カレルは、固唾をのんで見守る。

数秒が経過。


エアリは、片目だけ開ける。


「…ねぇ?」

「見えたのか?!」

「違う」

「なんだ?」

「この人」

「うんうんうん」

「加工し過ぎ」


カレルは、がっくり肩を落とす。


「そこからかよ」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


全面白1色の空間。


グラビア時代のひろみんが、

昭和なレオタードでエアロバイクを漕ぐ。


ペットボトルの水を飲み、

豪快にむせると、派手に床へこぼす。


その後ろでは、カレルとエアリまで

並んでバイクを漕いでいる。


「もう帰りたいわ」


エアリがげんなり呟く。


「カレル。話しかけてみたら?」

「え。良いのか?」

「早いところ、この夢を終わらせて」


カレルは、勢いよくバイクを降りる。


「ひろみん!」


ひろみんが振り返る。


「誰?ここ、会員制ジムよ?」

「だっけ?」

「どうやって入ったの?」

「…勢いで」


ひろみんは、呆れ顔。

その瞬間。


2人の前にチョコレートケーキがフワリと出現。


「どうぞ」


カレルが差し出す。


「わぁ」


ひろみんは、心底幸せそうに1口。

ゆっくり味わい、目を閉じる。


「素敵過ぎる…」

「だろ?」

「あなた、誰?」


カレルは、胸を張る。


「ひろみん専属のタオルボーイさ」

「聞いたことのない職業だわ」

「シャワーの準備が得意なんだ」


ひろみんは、首をかしげる。


「採用」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


エアリが飛び起きる。


「もうイヤ!」

「な…どうした?」

「これ以上見てたら、あの人のヌード、

 見なきゃなんないわ」


カレルは、心底残念そうに肩を落とす。


「もったいない」

「全然もったいなくない!今日はここまで」


エアリは、立ち上がる。


「時間の無駄だし」

「じゃあ逆に汝に聞く」


カレルも立ち上がる。


「君は何が見たい?」


エアリは、即答。


「テリィたんが落ち込むところ」

「だったら、落ち込ませればよかろう」

「…あんた、ホント、マジ最低ね」


カレルは、人差し指を立てる。


「仏陀様はおっしゃった。

 世の中には、生まれながら石を持つ者、

 宝石を持つ者の2種類の者がいる」


得意げな顔。


「だが、最も幸せなのは、

 石を宝石に変えられる人間なのだ」


エアリは、しばらく黙っている。


「え。今のでお終いなの?誰が言ったの?」

「だから、仏陀様」

「そのドヤ顔、ヤメて」


一向にヤメないカレル。


「つまりだ。」


身を乗り出す。


「テリィたんを落ち込ませたいんだろ?」

「YES」

「だったら、そこで超能力を使うンだ」


エアリは、腕を組み、じっとカレルを見る。


「で、どうするの?」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷(メイドカフェ)のバックヤード。


スピアは、PCでアレクのメールデータを開く。

送信者名。

メールアドレス。

検索。


ヒットしたメールを1通ずつ開いていく。


「これだわ」


画面を見つめ、小さく息をのむ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


カルチャーセンター。


例のコンピュータヲタクは、

今日も学食でタブレットを広げている。


「ねえ」


顔を上げるヲタク。


「あれ?君、ミユリさんの友達?」

「そう。スピア。よろしくね」


スマホを突き出すスピア。


「このメールなんだけど、

 送信元がどこなのか調べてよ」


ヲタクは画面を覗き込み、眉をひそめる。


「うわ…」

「何?」

「かなり高度に暗号化されてる」

「解読できる?」

「多分。でも、これ下手すると違法だょ」


スピアは、少し考える。


「1回デートする」


ヲタクは、首を振る。


「ムリだ。危険過ぎる…でも、デート2回なら」


今度は、スピアが呆れた顔になる。


「これって値上げ交渉?」

「命懸けナンだ…」


スピアは、小さく笑う。


「じゃあ1回」


少し身を乗り出す。


「その代わり、明日の朝までに解読できたら…」


身を乗り出すヲタク。息を飲む。


「好きなコスプレしてあげる」


ヲタク、固まる。


「徹夜する」


スピアは、ようやく微笑む。


「期待してるわ」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


裏アキバ。夜の芳林パーク。


街灯に照らされたベンチに、

僕とティルが並んで座っている。


「元気、ないのね」

「そう見える?」


ティルは小さく笑う。


「私たち、結ばれたのよ。

 もっと心を開いてくれてもいいじゃない?」


胸元の開いた控えめなワンピ型のメイド服。

大人びた雰囲気が、昨夜までとは違って見える。


僕は、夜空を見上げる。


「考えてしまうんだ」

「何を?」

「どうして僕たちは、

 急にこんな関係になったんだろうって。

 その意味をさ」


少し沈黙が流れる。


「そうだ」


僕は、ティルを見る。


「何か話があるって言ってたよね」


ティルは、視線を落として静かに首を振る。


「やっぱり、やめるわ」

「いや、大丈夫だ。話してくれ」

「…本当に?」


うなずく僕を見つめ、

ティルは、意を決したように息を吸う。


どこか芝居がかっている。


「私ね…授かったの」

「授かった?」

「この世界線での言い方をするなら」


ティルは、僕の目をまっすぐ見つめる。


「妊娠したの」


世界から音が消える。


僕の呼吸だけが、やけに大きく響く。

ティルは、その沈黙を静かに受け止めている。


動揺も、恐怖も、言葉にならない混乱も。

彼女は、全てを読み取り、受け入れている。


しかし。


僕は、何も答えられないまま、

ただただ、遠くの闇を見つめている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ラギィ警部の家。


ドアをノックする音。

扉を開けたティルは、わずかに目を見開く。


「ミユリ姉様…こんばんは」

「こんばんは。少し、お話ししたいことがあるの」

「私に?」

「ええ」


ティルは、微かに身を引く。


「どうぞ」


リビングに入るミユリさん。


「実は、貴女の超能力について聞きたいの」


ティルの表情がわずかに固まる。


「私の…超能力?」

「人に幻覚を見せることが出来るでしょ?」


短い沈黙。


「何を知りたいの?」

「答えられる範囲で良いの」


その時だ。


「ただいま。ドア開いてて…」


僕が部屋へ入る。

ミユリさんと目が合う。


全てが一瞬で凍りつく。


「…あ、あれ?」


誰も動かない。

僕は、2人を見比べる。


「何してるんだ」


ミユリさんは、すぐに視線を外す。


「用は済んだから帰ります」

「待って」


低い声が、自分でも驚くほど鋭い。

ティルが慌てて割って入る。


「テリィたん、大した話じゃナイの」

「何の話だ?」

「だから、気にしないで」

「気になる」


ミユリさんは、黙ったまま立ち尽くす。

僕は、ティルを見る。


「答えて」


ティルは、溜め息をつく。


「私のマインドワープについて聞かれただけ」

「マインドワープ?」

「人に幻覚を見せられるかって」


僕は、ゆっくりとミユリさんへ向き直る。


「つまり」


声だけが勝手に冷えていく。


「ティルがアレクを殺した、とでも?」

「違います、テリィ様」

「違わないょ」

「テリィ様…」

「君は、誰でも疑う」


ミユリさんは、首を横に振る。


「いえ。私は真実を…」

「真実?」


僕は笑う。

自分でも嫌になる乾いた笑い。


「ミユリさんにとって都合の良い真実だろ」


ティルが1歩前へ出る。


「テリィたん、やめて」


その声さえ、僕にはかばっているように聞こえる。


「じゃあ聞く」


僕は、ミユリさんを見据える。


「あの夜、ミユリさんは何処にいた?」


沈黙。


「答えて」


さらに沈黙。

部屋の奥から声が飛ぶ。


「俺と一緒だった」


全員が振り向く。

カレルが欠伸をしながら現れる。


「夜通しビデオを見てた。証人なら俺だ」


なぜか勝ち誇る僕。


「ヲタクの証言付きだ」


部屋は、静まり返る。

ミユリさんは、何も言わない。


ただ視線を落としたまま、小さく息を吐く。


「…もう帰って良いですか?」


僕は、しばらく黙っている。

そして。


「どうぞ」


ミユリさんは、僕の横を通り過ぎる。

肩が触れそうになっても、目を合わせない。


扉が閉まる…バタン。


家中に響く音だ。

しばらく、誰も口を開かない。


やがて、カレルが僕を見る。


「テリィたん。」


珍しく真面目な声だ。


「どうしたんだよ」


僕は、答えられない。


代わりにティルが静かに言う。


「大丈夫よ」


そう言いながら、その横顔には、

かすかな不安が宿っている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


バックヤードのソファ。

ミユリさんは、目を閉じている。


「ミユリ姉様」


窓が静かに開き、スピアが身を滑り込ませる。

雅楽忍者隊のコスプレ?超ミニスカ。


だが、顔だけは真剣そのものだ。


「起きて」


ミユリさんは、ゆっくり目を開く。


「どうしたの(そのコスプレは)?」

「私も色々と考えたのよ。

 アレクが送ってきたメールのこととか」


スピアは、1枚のメモを差し出す。


「送信元を調べてもらったの。デレクに」


ミユリの目が細くなる。


「あのパソコンヲタクの?それで?」

「解析できた」


1拍置く。


「発信源は…千代田区外神田」


ミユリの呼吸が止まる。


「外神田?」

「YES」


スピアは、うなずく。


アキバ工科大学(AIT)の学生寮」


沈黙。

ミユリさんは、ゆっくり立ち上がる。


「じゃあ…」


声が震える。


「アレクは、メソポタミアに逝ってなかった?」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


2人は、急いで支度を整えバックヤードを出る。

ドアを開けた瞬間、向こうからマリレ。


「あら?」


3人の視線がぶつかる。


「スピア?どこ行くの?」


ミユリさんが1歩前へ出る。


「乙女ロードよ」

「乙女ロード?」

「アレクのおばさんのお家。

 お葬式に来られなかったから、

 小さな追悼式をやってあげるの」


あまりにも滑らかに答える。

マリレは、ミユリさんを見つめる。


「そうなの。姉様、少しだけスピアを借りても?」

「ええ」


スピアは、慌てて荷物をミユリさんへ渡す。


「姉様、これ持ってて」

「OK。車で待ってるから」


ミユリさんは、何度も振り返りながら外へ出る。

ドアが閉まる。


部屋に静寂が戻る。

マリレは、腕を組む。


「で?」


スピアは、視線を泳がせる。


「乙女ロードって何?正直に」


1歩近づく。


「テリィたんに言えない場所なんでしょ?」


スピアは、黙る。


「安心して」


マリレの声が少しだけ柔らかくなる。


「私は、絶対にテリィたんには言わないわ」


それでも返事はない。


「お願い」

「でも…」

「守りたいの。貴女を危険から」


マリレは、小さく息を吐く。


「今のミユリ姉様は超能力のないタダの腐女子。

 もし何かあっても、1人じゃ戦えない」


沈黙。やがて、スピアが観念したように口を開く。


「…アキバ工科大学。学生寮」


マリレの表情が変わる。


「メールの送信元なの」

「そう」

「お願いだから、姉様には絶対言わないで」

「約束するわ」


マリレは、迷わず答える。


「でも1つだけ」


スピアが顔を上げる。


「何かあったら、すぐ私に連絡して」

「絶対スル!」

「約束して」

「約束!」


スピアは、部屋を飛び出して逝く。


閉まったドアを見つめたまま、

マリレは、小さく溜め息をつく。


「これ以上、誰も壊れなければいいけど…」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


カルチャーセンター。


年次アルバムの配布に長い列が出来ている。

僕とマリレもその最後尾に並ぶ。


「ミユリ姉様もスピアも来てないわね」

「ああ」


辺りを見回す。


「また2人で何か調べてるのかな」

「さあ」


マリレは、肩をすくめる。


「心配事が増える一方ね」


ようやく順番が回ってくる。

受け取ったアルバムを開くと…


「あれ?」


僕は、思わず吹き出す。


「見てくれよ、僕の写真。

 メイド服に差し替えられてる」


マリレも自分のページを開く。


「私は、変わってないわ」

「最初からメイドだからな」


2人で振り向く。


少し離れたところで、

カレルとエアリが肩を震わせ笑っている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


大人の放課後。


レトロゲーム機が並ぶ地下ゲーセン。

インベーダーゲームの電子音が静かに響く。


マリレが画面から目を離さず聞く。


「テリィたん。何か悩み事?」

「珍しく恋愛関係など」

「ティルのこと?」

「うん」


しばらく敵を撃ち続けてから、口を開く僕。


「この前、一線を越えた」


マリレの手が止まる。


「そう」

「その結果なんだけど」


僕は、画面を見つめたまま続ける。


「ティルが妊娠した」


電子音だけが流れる。

ゲームオーバー。


マリレは、ゆっくり振り向く。


「マジ?」


僕は、黙ってうなずく。


「しかも、ココとは違う世界線の生命だから、

 成長がヤタラと早いらしい」

「どのくらい?」

「1ヶ月くらいで生まれる可能性があるって」


マリレは、深く息を吐いた。


「笑えないわね」

「だろ?」

「その子、ヲタクなの?スーパーヒロイン?」

「わからない。未だ何も」


沈黙。


マリレは、缶のドリンク剤を1本開ける。

ココで精をつけてどーする?


「テリィたん」

「うん」

「産ませるつもり?」


僕は、答えに詰まる。


「ティルが決めることだ」

「テリィたん、父親でしょ?」

「命令する権利なんてない」


マリレは、首を横に振る。


「それ、男の逃げだから。

 これは2人だけの問題じゃないの」


その声は、今までになく真剣だ。


「もしその子が生まれて、

 スーパーヒロインとして覚醒したら?」


僕は、黙る。


「超能力を使い出せば、私たちの正体が

 世界に知られるかもしれない」


さらに、言葉を重ねる。


「ヲタッキーズ全員が危険に晒される」


長い沈黙。


「だから、お願い」


マリレは、僕をまっすぐ見つめる。


「ティルと話して」

「……。」

「仲間を守るために」

「……。」

「未来を守るために」


僕は、何も答えられない。


ゲーム機のデモ画面だけが、

何度も"CONTINUE?"を明滅させる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


アキバ工科大学。学生寮。


薄暗い部屋。ミユリとスピアは

片っ端から調べていく。


ベッドの下。

クローゼット。

引き出し。

ソファの隙間。

浴室。


どこにも、それらしいものはない。


「何もないわ」

「生活感まで消えてるし」


部屋は、誰かが意図的に痕跡を消した後のように

静まり返っている。


2人は、キッチンへ向かう。

シンクの収納を開けた、その時。


「君たち」


背後から声がする。

振り返ると、学生が怪訝そうな顔で立っている。


「何か探してるの?」


ミユリさんは、完璧な笑顔を作る。


「お友達の忘れ物を探しています」

「誰?」

「アレク」


学生は首をかしげる。


「ああ、あいつか」

「知ってるの?」

「同じ階だったからね」


少し考えてから続ける。


「でも、変な奴だったな」

「どういう意味?」

「学期の途中で入ってきたんだけど、

 人付き合いはゼロ」

「誰とも?」

「誰とも」


学生は、肩をすくめる。


「部屋からほとんど出てこなかった」

「食事は?」

「毎日タイ料理のデリバリー」

「毎日?」

「朝も昼も夜も」


ミユリさんとスピアが顔を見合わせる。


「じゃあ…昼間は1歩も外へ?」

「少なくとも俺は見てない」


学生は少し声を潜めた。


「でも、1度だけ」


2人の視線が集まる。


「夜中の4時だ」

「4時?」

「帰ってくるところを見た」

「どこから?」


学生は、窓の外を指差す。


「リトマックビル」


ミユリの表情が変わる。


「俺のすぐ横を通ったのに、

 まるで俺なんか見えてないみたいだった」

「話しかけても?」

「いや」


首を振る。


「怖くて声なんか掛けられなかった」


静かな沈黙。


スピアがぽつりと漏らす。


「何だか、不気味」


ミユリは、学生を見つめる。


「そのリトマックビルって?」


学生は、当然のように答える。


「AITの研究棟だよ」

「研究棟?」


「地下に量子コンピューターがある」


1拍置いてから笑う。


「学校の自慢さ。俺には難しすぎて、

 何をやってるのかはさっぱりだけど」


ミユリさんとスピアは目を合わせる。

探すべき場所が、ようやく見えてくる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


万世橋の地下に遺跡が眠っている。

超古代の"科学センター"だ。


崩れた石柱の間を、僕とティルが歩く。

静寂だけが広がっている。


「どうして、ここへ?」


ティルが尋ねる。

僕は、古びた1冊の本を取り出す。


「ここだけが残された手掛かりなんだ」


ページを開く。


見たこともない文字が、

幾何学模様のように並んでいる。


「この文字さえ読めれば、全部わかる気がする」

「何を知りたいの?」


僕は本から目を離し、ティルを見つめる。


「僕たちは、これからどう生きるべきなのか」


1拍置く。


「君のお腹の子は、君だけの子じゃない。

 僕の子でもある」


ティルは、黙って聞いている。


「だから、結論は1人では決められない」

「……。」

「君の気持ちを尊重したい」


ティルは、あっさり答える。


「私、産むわ」


その言葉には、迷いがない。


「この子、産むから」


それは、回答ではない。通告だ。


「わかった」


本を閉じる。

ティルは、僕の前に立つ。


「協力してくれるょね?」

「もちろん」


そう答えながらも、

自分の声が少し震えているのがわかる。


ティルは、微笑む。


「嬉しくないの?」

「嬉しい」


僕は、苦笑する。


「でも、それ以上に怖い。

 人生が全部変わる」


ティルは、静かにうなずく。


「私だって怖いわ」


そっと自分のお腹を撫でる。


「平気なふりをしているだけ」


その瞬間。

ティルの表情が強張る。


「……っ。」


お腹を押さえ、膝をつく。


「ティル!」


僕は、慌てて抱き起こす。


「どうした?」

「赤ちゃんが……。」


彼女の腹部が、淡く光り始める。

僕は、思わず手を伸ばす。


僕の掌がお腹に触れた瞬間、

光が静かに共鳴する。


その光の中に、小さな手形が浮かび上がる。


まるで、こちらへ触れようとしているようだ。

思わず僕は、そっと自分の手を重ねる。


温かい。


鼓動とも違う、誰かの意志が伝わってくる。

目を閉じる。


光は、ゆっくりと僕の中へと流れ込む。

そして、静かに消える。


ティルの呼吸も落ち着きを取り戻す。


「今のは?」


僕は、ゆっくり目を開ける。


「見えた」

「何が?」

「この子」


しばらく黙ってから微笑む。


「スーパーヒロインだ」


ティルは、驚いたように目を見開き、

やがて金色の髪を耳へかき上げる。


「やっぱり」


その微笑みには、勝ち誇る色よりも、

ただ、母性だけが持つ確信が満ちている。


2人の間で、まだ名もない命が、 

静かに未来を選び始めている。


第3章 おんぱ組ライブの夜


「アキバ工科大学、盛り上がってるー?」


地下アイドル"おんぱ組"があおる。

ヲタクの図太い声が、階段教室を揺らす。


「二階席ー?」


歓声。


「ハロー、秋葉原!愛してるぅ、ヲタクたち!」


爆音とともにイントロが流れ始める。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


その熱気の中。

ミユリとスピアは、足早に歩く。


「スピア」

「うん」

「あと1歩よ」


ミユリさんの目は、まっすぐ前を見据えている。


「あと1歩で、全部つながるわ」


スピアは、苦笑する。


「その前に…」


階段教室からの歓声が響く。


「"おんぱ組"よ!」


思わず立ち止まる。


「姉様、1曲だけ」

「1曲だけ?」

「お願い、姉様」


ミユリさんは、肩をすくめる。


「仕方ないわね」


2人は、階段教室へ飛び込む。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


♪フルーティフルHOURS


カラオケ+ホーン隊の豪華版。

決して上手くはない。


それでも会場は熱狂する。


サイリウムが波のように揺れる。

ヲタ芸。コール。笑い声。


最前列へ割り込んだミユリさんとスピアも

いつの間にか腕を振り上げ、叫んでいる。


一瞬だけ。

アレクのことも、事件も忘れる。


その時。

ミユリさんの笑顔が凍りつく。


「……。」


視線の先。


数m横で、1人の金髪の少女が、

夢中でヲタ芸を打っている。


鼓動が跳ね上がる。


「スピア!」

「何?」

「あの子」


指先が震える。


「リアナだわ」


スピアは、笑う。


「まーさか」


ポシェットから写真を取り出す。

ライブ会場の少女と見比べる。


もう1度。

写真。少女。写真。少女。


顔から血の気が引く。


「姉様」

「ね?」

「他人の空似じゃ…」


言葉が途中で止まる。その時。

少女がこちらを向く。


視線が重なる。

時間が止まる。


リアナも2人を見つめ返す。


「……。」

「……。」


次の瞬間。

少女は、MIXの輪の中に消える。


「追うわ!」


ミユリさんが駆け出す。


「姉様!」


スピアも続く。


観客をかき分け、階段を駆け下り、

キャンパスを飛び出す。


「いた!」


蔵前橋通りの向こう。

リアナは振り返らずに走って…逃げてる?


「待って!」


しかし。


車列が2人の前を遮る。

タクシー。トラック。バス。


何台もの車が切れ目なく続く。

ようやく信号が変わり、道路を横切る。


だが。


リアナの姿は、どこにもない。

2人は立ち尽くす。荒い息だけが残る。


その時。


ぽん、と。

誰かがミユリさんの肩を叩く。


息をのんで振り返る。

そこに立っていたのは…


メイド服のマリレ。


静かな目で2人を見つめる。


「…姉様。スピア」


その声には、怒りとも心配ともつかない、

複雑な感情が混じっている。


「今度は…一体何を見つけたの?」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


カルチャーセンター。


ラテン語講座の卒業試験。

教室には、タッチパネルの音だけが響く。


僕もエアリも黙々と答案に向かう。

その頃。


廊下では、カレルが非常ベルの前で

大きく深呼吸している。


「よし」


ためらいなくレバーを引く。


ジリリリリリリリ――!


校舎中に警報が鳴り響く。

教室がざわつく。


講師は額を押さえ、

溜め息をつく。


「また避難訓練か」


答案を閉じる。


「どうせいつものことだ。

 慌てなくて良い。最寄りの出口へ。

 整然と行動するように」


学生たちが、ぞろぞろと立ち上がる。

僕も歩き出した、その瞬間。


「あれ?」


靴が床から離れない。

べったりと張り付いている。


「何だこれ?」


必死に足を引き抜こうともがく。

それを見て、エアリとカレルが肩を震わせる。


「テリィたん」


講師が振り返る。


「何をしている?」

「いや。靴が…」

「そんな言い訳は聞きたくない」


呆れ顔。


「本当に火事だったらどうする」


出口を指差す。


「君だけ丸焼けだぞ」

「今、行きます!」


ようやく靴を引きはがす僕。


その様子を、エアリは腕を組んだまま

面白そうに眺めている。


目が合う。


僕が睨み返すと、

彼女は肩をすくめて笑う、


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


AIT研究棟。リトマックビル。

量子コンピューター制御室。


ガラス越しに巨大な冷却装置が青白く光る。

ミユリは研究員と思しき学生へ身を乗り出す。


「量子コンピューターって、

 普通のコンピューターと何が違うんですか?」


学生はモニターから目を離さず答える。


「今はまだ試作機ですよ。でも理論上は、

 とんでもない性能になります」

「例えば?」

「今のスーパーコンピューターで、

 解読に何万年もかかる暗号が、

 量子コンピューターなら数時間から数日で

 解ける可能性があります」


学生が画面を指差す。


「"ションのアルゴリズム"。

 この量子計算の理論が実用化されれば、

 現代の暗号技術そのものがひっくり返る…

 と、ところで。君、モノホンのメイド?」


ミユリさんは、笑顔で無視。


「アレクは何をしていたの?」

「量子コンピューターで、

 何かを解読しようとしていたみたいだ」


学生は、画面を見直す。


「かなり重要なデータだったみたいだな」

「何を解読しようとしていたのか、

 調べられますか?」


学生は苦笑する。


「それは…かなり骨が折れますよ」


ミユリは真顔で言った。


「調べてくださったら、1回デートします」


学生が振り向く。


「ええっ!」

「お好きなコスプレで」


1拍置いて、慎重に付け加える。


「セーラー戦士とか。お好きでしょ?」


学生の目が輝く。


「…マジですか?」

「約束します」

「やります!」


次の瞬間。


キーボードが猛烈な勢いで鳴り始めた。

モニターが次々と分割される。


解析プロセス起動。

アクセスログ取得。

暗号鍵探索。


ORIGINAL SOURCE MATERIAL

REQUESTING DATA…


青白い画面の光が、ミユリさんの瞳に映る。

あと1歩。


真実は、もう手の届く場所まで来ている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ラギィ警部のトコロに居候中のティル。

ソファに僕と並んで座る。


僕は、スマホで不動産サイトをスクロール中。


「テリィたん、何見てるの?」

「部屋」


ティルが身を乗り出す。


「子どもが生まれたら、

 3人で暮らせる場所があった方が良いと思って」


ティルは、目を丸くする。


「本気?」


その瞳が、ゆっくり輝いていく。


「まだ考え始めたばかりだけどね」


僕は、照れくさそうに笑う。


「ティルは、どうしたい?」


彼女は、少し黙ってから答える。


「ちゃんと将来を決めたい」


そして、静かに続ける。


「私、秋葉原にずっといる気はないの」

「回帰したいのか」

「YES」


ティルは、僕の肩にもたれかかる。


「最後は"母なる世界線"へ帰りたい。

 それが、私と…赤ちゃんの夢」


僕の腕を巨乳でグリグリする。


「そうだな。いつかはね」


少し空を見上げる。


「でも今は、

 この世界線でやることが残ってる」


ティルは小さくうなずく。


「そうね」


そう答えながらも、

その目は、既にどこか遠くを見ている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


AIT。量子コンピューター研究棟。


冷却装置の低い唸りだけが部屋を満たしている。

制御室のガラスをコンコンと叩くスピア。


学生が顔を上げ…驚く。

超ミニスカの雅楽忍者隊?誰?


「すぐ戻ります」


ミユリさんがうなずく。

やや?ミユリさんは既にセーラー戦士のコスプレ。


「姉様」


スピアは、息を切らして写真を差し出す。


「わかったわ。彼女の本名」


写真には陸上大会らしき1枚。


ほとんどビキニにしか見えないユニフォーム姿。

走る金髪の少女。


「陸上の選手なの?」

「いいえ。コレはコスプレ。

 バイトでアスリート系のAVに出てた。

 カレルのコレクションにあったの」


裏には名前が印字されている。

"潮吹きリアナ"。


「こっちももう少しで結果が出そう」


セーラー戦士も負けてない。


「中庭で落ち合いましょう」


その時だ。マリレが前へ出る。

メイド服だが、コスプレではない。


「姉様」


静かな声。


「帰りましょう」

「マリレ…」

「スピアから全部聞きました」

「それでも止めるの?」

「止めます」


マリレは、きっぱり言う。


「ここは危険すぎます。

 特に超能力をなくした姉様には。

 それに…元々スーパーヒロインではない

 スピアを巻き込みたくありません」


セーラー戦士、いや、ミユリさんは首を振る。


「帰らない。真実が、もう目の前なの。

 貴女はスピアを連れて帰って」


ドアを閉めようとする。

マリレがその手首をつかむ。


「姉様。一緒に来て」

「貴女の指図は受けないわ」


張り詰めた空気。

その時。


「出た!」


学生の叫び声が響く。

全員が一斉に振り返る。


「オリジナル・マテリアルだ!」


4人がモニターへ駆け寄る。

画面いっぱいに、奇妙な文字列が現れている。


「何語だ?」


学生は眉をひそめる。


「アイヌ文字にも見えるけど、違うな……。」


文字列は次々と表示されていく。

それを見た瞬間。


マリレの表情が凍る、


「……。」


砂漠。夢。円筒印章。

あの夜、自分が夢で見た文字と同じだ。


「これ……。」


震える声。


「あの時の文字だわ」


ミユリさんが学生を見る。


「アレクは、この文字を調べていたの?」

「らしいな」

「翻訳は?」

「成功したようだ。しかし…」


学生が端末を操作する。

ミユリさんのセーラー戦士をチラ見。


「解読結果そのものは消去されてる」


4人の顔が曇る。


「でも…」


学生は、画面を指差す。


「最後にテキストファイルを作って送信してる」


ログが表示される。


Attachment Data

Text Completion

E-mail To : SHIWO-FUKI RIANA


制御室の空気が一変する。

ミユリさんが息をのむ。


「リアナに送ったのね」


マリレが画面から目を離さずつぶやく。


「アレクは…真実をリアナに託した」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ティルの部屋。


僕は、テーブルいっぱいに資料を広げている。

奇妙な文字列。


その横にデスノートのような黒表紙の古い本。


同じページを何度も見比べてはみるが、

意味はひとつも浮かんでこない。


「…わからないな」


額を押さえ、深く息を吐く。

キッチンからティルの明るい声が飛んで来る。


「テリィたん。ゼロコーラ、ペプシでもいい?」

「何でも良いよ」


返事をしながら目頭を揉む。

気分転換に新聞を開く。


余白には、いつの間にかティルの落書き。


ハートに矢が刺さり、その真ん中で、

僕とティルが笑っている。


思わず苦笑した、その時。


ガシャーン!


キッチンで激しい音が響く。


「ティル!」


僕は、立ち上がって駆け込む。

床には割れたグラス。転がるコーラの缶。


そして…


ティルがお腹を押さえ、

苦しそうにうずくまっている。


「大丈夫か!」


肩を抱き起こす。

ティルは、荒い息のまま首を振る。


「赤ちゃんが…」

「どうした?」

「何か…おかしいの」


僕は、震える手で彼女のお腹に触れる。

その瞬間。視界が暗転する。


胎内。

小さな命が苦しそうにもがいている。

呼吸ができない。

光が薄れて逝く。


僕は思わず手を離した。


「テリィたん?」


ティルが不安そうに僕を見る。


「赤ちゃんは?」


僕は、青ざめたまま答える。


「苦しんでる。この世界の空気が…

 この大気が、この子には毒なんだ。

 このままじゃ……。」


言葉が続かない。

ティルは、静かにお腹へ両手を添える。


2人の間に、重い沈黙が落ちる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


AITの女子学生寮。


「リアナなら、今はいないわよ」


部屋の扉を、おばさん体型の女子学生が塞ぐ。

セーラー戦士、ではなく、ミユリさんは1歩前へ。


「いつ戻ります?」

「今朝よ」


女子学生は、とんちんかんな答え。


「お母さんが入院したって電話があって、

 慌てて実家へ帰ったわ」

「急だったの?」


マリレが尋ねる。


「ええ」

「リアナ、お母さんとは仲が良かったから」


その隙にスピアが笑顔を作る。


「実は物理学のノートを借りる約束をしてて…

 何か預かってナイかしら」

「聞いてないわ」


ミユリさんが部屋の奥を覗き込む。


「でも、置き手紙くらい残してるかも…

 探しても良い?」

「え?ちょっと待っ…」


制止する声より早く、

3人は部屋へ雪崩れ込む。


「ちょっと勝手に入らないで!」


女子学生が慌てる。

その前へスピアが立つ。


「そうだ!

 リアナのママの病院ってどちらなんですか?」

「え?」

「あとでお花を贈りたくて。

 ほら、私ね。ヲじいちゃんが亡くなった時、

 ヲタ友がお花を届けてくれたンだけど、

 それだけで、マジ救われたワケ」


止まらない。次から次へと言葉を重ねる。

女子学生は、完全に圧倒されてる。


その間に。


部屋の奥では、ミユリさんが引き出しを開け、

机を調べて、本棚をめくる。


やがて1枚の書類を見つける。

目が大きく見開かれる。


「…あった」


紙を掲げる。


「スピア。帰るわよ」

「えっ?」


スピアが振り返る。


「じゃあ、ありがとうございました!」


マリレも素早く頭を下げる。

3人は、そのまま廊下へ飛び出す。


「ちょっと!」


おばさん女子学生が追いかける頃には、

3人の姿は、もう角を曲がって消えている。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「やっぱり」


マチガイダ・サンドウィッチズ。


テーブルいっぱいに、

リアナの部屋から持ち出した書類を広げる3人。


ミユリさんが口を開く。


「私たちに気づいて逃げたのよ」


スピアは、首をかしげる。


「どうして私たちを怖がるのかしら」


マリレは、封筒を1枚ずつ仕分けていく。


「雑誌の定期購読…銀行の利用明細…携帯料金…」


どれも平凡だ。


「あ。」


1通だけ、手が止まる。


「これは…」


差出人は、不動産会社。

マリレは、ためらわず封を切る。


「家賃請求書?」


3人が顔を寄せる。

住所は…万貫森?


しかも、人気のない廃鉱地区だ。

ミユリさんは、即座に立ち上がる。


「私が運転するわ」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


荒野を駆けるピンクのベンツ750K。

やがて、軍艦島みたいな廃坑跡へたどり着く。


崩れかけたレンガ。

割れた窓。

錆びた鉄骨。


その中心に、一棟だけ、

人の気配を残す古いビルが建っている。


「ひどい場所ね」


スピアが呟く。


「リアナは、何のためにこんな所を借りたの?」


ミユリさんは、廃ビルを見上げる。


「隠すためよ。誰にも見つからない何かを」


3人は中へ入る。

部屋は空だ。


壊れた冷蔵庫が1台だけ置かれ、

床には埃が積もっている。


その奥。


1室だけ、青白い光が漏れていた。


「PCだわ」


ミユリさんが近づいた瞬間、

スピアの顔色が変わる。


「姉様!」


空中に赤い三角形が浮かび上がる。

警告灯?明滅する。


「伏せて!」


マリレが掌を突き出す。衝撃波。

赤い三角を丸ごと窓の外へ吹き飛ばす。


次の瞬間。轟音。


時空そのものがねじれ、

外で巨大な爆発が起きる。


窓ガラスが震える。

3人は息をのむ。


「ブービートラップだわ」


マリレが低く言う。


「後から来る人間を殺すための罠よ」


ミユリさんは、静かにうなずく。


「まだ残っているかもしれない」

「慎重にね」


3人は、足元を確かめながら部屋へ入る。

PCだけが、静かに動き続けている。


「これ……。」


スピアが画面を覗き込む。


「何なの?」


ミユリさんは、キーボードを叩く。

プリンターが唸り始める。


1枚。


2枚。


3枚。


紙が次々と吐き出される。

ミユリさんの瞳が見開かれる。


「翻訳文?

 これは、アレクが解読したデータだわ」


プリントを抱え、夢中でコピーを取り始める。

その横で、マリレは銀色のケースを開ける。


中には金属製の細長いシリンダー。

掌に収まるほどのシリンダーが1本だけだ。


「これは…何かの部品?」


誰にもわからない。その時.

ミユリさんが最後のページをめくる。


言葉を失う。

スピアが覗き込む。


「姉様?」


ミユリさんは、震える声でつぶやく。


「そういうことだったの…

 アレクは、この本を全部翻訳していたのよ」


最後のページを2人へ向ける。


「これは歴史書じゃない。預言書でもない」


1拍置く。


「"時空トンネル"の取扱説明書よ」


部屋の空気が、一瞬で凍りつく。


第4章 時空波動帯もつれ跳躍理論


ティルの部屋。


ベッドで横になっているティル。

額にはまだ汗がにじんでいる。


僕は、濡れたタオルで、その汗をそっと拭う。

ティルが目を開き、小さく微笑む。


「ずっと看病してくれてたの?」

「ティル。何時間も眠ってたんだよ。気分は?」


ティルは、ゆっくり身体を起こし、水を1口飲む。


「少し楽になったわ」

「寒くない?」

「平気」


コップを置き、こちらを見る。


「あの本は読めた?」


僕は、苦笑するしかない。


「さっぱりさ。1文字もわからない」


机の上には、例の黒本が開いたまま置かれている。


「全部の答えがここにあると思ったんだけどね。

 完全にお手上げだ」


肩を落とす僕を見て、ティルは優しく笑う。


「そんな顔しないで。

 私がこの世界で私が頼れる人は、

 テリィたん。アナタ1人しかいないの。

 私は、アナタだけを信じてるわ。

 これからも、ずっと」


熱い言葉に、胸が締めつけられる。

たまらず、僕はティルの額へ静かにキス。


「君を失うかと思ったら…

 その時、ようやくわかったんだ」


黙って聞いているティル。可愛い。


「ずっと君は、こうして不安なまま、

 いつも僕を待っていてくれたんだなって。

 僕はそれに気づかなかったんだなって」


自嘲するように笑う。


「ホントに間抜けだ。

 長いこと放っておいて、ごめん」


ティルは、何も言わない。


ただ、満ち足りたように微笑み、

僕の手をそっと握る。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


御屋敷(メイドカフェ)のボックス席。


エアリは、ラテン語の参考書を開いている。

そこへコーヒーを片手にカレルが座る。


「知ってるか?男が一番ビビること」


エアリは、本から目を上げない。


「朝、起きたら、タマが1コになってることだ。

 さぁテリィたんの度肝を抜いてやろうぜ」


エアリは、溜め息をつく。


「カレル。もう付き合わないから」

「え?2人でテリィたんに思い切り仕返しして、

 楽しもうって決めたじゃないか」

「何をやっても、ちっともスッキリしないのよ」


カレルは、慌てる。


「じゃあ最後にしよう。もう1回だけ、

 グラビア時代のヒロミンの夢へ入って…」

「帰る」


エアリは、パタパタと参考書を閉じ、鞄へしまう。


「テリィたんを泣かせるんじゃなかったのか?」

「もういいの」


静かに立ち上がる。

なおも食い下がるカレル。


「でも、仏陀様はこう…」


エアリが振り返る。


「カレル」


にっこり笑う。


「これ以上、私に仏陀様とか言ったら…」


ゆっくりとカレルの股間を指差す。


「あなたの玉、1コ潰すから」


カレルは、両手で股間を押さえ、青ざめる。


「ごめんなさい!仏陀様」


エアリは、吹き出しそうになるのをこらえ、

そのまま、お出掛けして逝く。


1人残されたカレルは、

股間を押さえたまま、小さくつぶやく。


「今日の説法は…失敗だ」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


真夜中。御屋敷(メイドカフェ)の裏口。


ヲーナーである僕は"萌えないゴミ"の袋を抱え、

パーツ通りのゴミステーションに向かう。


ゴミ箱へ放り込もうとした瞬間、風で蓋が倒れる。


ガラン。


袋が破れ、中身が路上へ散らばる。


「……。」


黙って拾い集める。

袋へ戻す。


もう1度立て直す。

今度は、丸ごとゴミ箱が倒れる。


ガシャン。


再び、辺り一面にゴミが散らばる。

僕は、立ち尽くす。


次の瞬間。


「くそっ!」


ゴミ箱を蹴り飛ばす。

拾う。


また投げる。

壁へ叩きつける。


もう1つ。

さらにもう1つ。


金属音が真夜中のパーツ通りに響き渡る。


何度も。


何度も。


何度も。


気づけば、僕はゴミまみれになっている。

力が抜け、その場へ崩れ落ちる。


とうとう大声を上げて泣く。

…静かに近づく足音。


エアリだ。1番似合う水色のメイド服。


「どうしたの、テリィたん」


僕は、顔を上げる。

涙でぐしゃぐしゃだ。


「ティルが…妊娠した」


エアリの表情が凍る。


「ウソでしょ?」

「お腹の子が……。」


息を詰まらせる。


「地球の大気に合わないんだ。苦しんでる。

 いや、死にかけてるんだ」


言葉が途切れる。


「なのに僕には、何1つ出来ない。

 怖いんだ。ただ怖いだけなんだよ」


頭を抱える。


「僕は、なんて無責任なんだ。

 何もかも全部僕のせいだ。

 どうしたらいい?

 助けてくれ……。」


エアリは、何も言わない。

しゃがんで、僕の肩へそっと手を置く。


「テリィたん。一緒に来て」


彼女は立ち上がる。

そして、僕へ手を差し出す。


「早く」


僕は、その手を握る。

2人で歩き始める。


真夜中のパーツ通り。


しばらく無言だ。

やがて、エアリが振り返る。


「モツ太郎、覚えてる?」

「モルモットの?」

「YES。どうして死んだか覚えてる?」

「街へ飛び出して、クマに襲われた」

「その次の日は?」


僕は、首を振る。


「覚えてない」


エアリは、夜空へ手を伸ばす。


ふわり。


真夏の夜に、小さな雪が舞い始める。

僕は、空を見上げる。


「…そうだ。雪が降ってた。2日間も。

 アキバ中がお祭り騒ぎだった」

「そうね。私たち、雪だるまを作ったわ。

 マリレと雪合戦もした」


自然と笑みがこぼれる。

エアリも笑ってる。


「魔法みたいな雪だった」

「この雪も……。」


僕は、彼女を見る。


「エアリ」


彼女は、優しく首を振る。


「私ね。何もわかってなかった。

 テリィたんが抱えてるコトに比べたら、

 私の悩みなんて小さかった。

 だから私は」


少し照れながら笑う。


「テリィたんを支えるくらいしかできないわ。

 …元セフレとして」


僕は、笑う。


「そんなことない。

 エアリの悩みだって、本物だ。

 そして、僕は気づいてやれなかった。

 僕こそ、ごめん」


エアリは、小さく頷く。


「一緒に考えましょう。

 ティルの赤ちゃんを助ける方法。

 ね?女の子なの?」

「ああ」


僕は、うなずく。


「娘だ」


エアリは、息を飲む。


「秋葉原生まれの、最初のスーパーヒロイン」

「そうさ」


僕も笑う。


「ヲタクの王様の娘だから、ヲタク王女だ」

「おめでとう!ヲタク王女」


2人は、抱き合う。

エアリは、泣いている。


その涙は、もう悔しさではない。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


そこへ1台のケッテンクラートが止まる。

僕のケッテンクラートだ。


乗っているのは、マリレ。


「エアリの雪ね?

 まぁ最近の異常気象ってことにしとくわ」


3人で笑う。

しかし、マリレの表情はすぐ真剣になる。


「それより2人とも。

 すごいものを持ってきたわ」


封筒からコピーを取り出す。


「まず、みんなに謝らなきゃ。

 ここ数日、私はミユリ姉様とスピアの調査を

 知っていて黙ってた。しかも手伝ってた。

 でも、それで正解だったの」


紙を僕へ差し出す。


「これは?」


「あの謎本の翻訳。私たちの運命が描かれた本よ」


エアリが目を見開く。


「ホントに?」

「YES」


僕は、紙を受け取る。

ページをめくる。


黙って読む。

やがて…


ゆっくり顔を上げる。


「"時空波動帯もつれ跳躍理論"だ」


2人は、僕を見る。


「その理論に従って、ヲタッキーズが

 "母なる世界線"へ帰る方法が描いてある」


静寂。


粉雪だけが降り続いている。

僕は、笑う。


「帰れる。」

「君たち。」

「帰れるぞ。」


粉雪が舞う真夏のパーツ通り。


ケッテンクラートの赤いテールランプだけが、

静かに明滅を繰り返している。


エアリとマリレの後ろ姿。

その向こうには…


夜空いっぱいの星。



おしまい

今回は、海外ドラマによく登場する"妊娠した女は強い"をテーマに、いよいよダメになっていく主人公とヒロインの悲恋?に思わずドキドキしながら描きました。


海外ドラマでよく舞台となるニューヨークの街並みを、すっかりインバウンドが一巡した感のある秋葉原に当てはめて展開してみました。


秋葉原を訪れる全ての人類が幸せになりますように。

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