骨壺
今日は水曜日ですが真っ黒シリーズです(^-^;
弟と妹は母の死に目に会えなかった。
急変して救急車を呼び、なんとか病院までは持ったけれど……と言う感じだった。
父が他界してから認知の進んだ母はこの家に執着し、最後の最後までこの家を離れなかった。
そう! 毎日世話をしている私の事は忘れ果てているのに、この家に関してだけは、どこに何があるのかというのを覚えていて、その通りになっていないと不穏になるので……私は凄く手間のかかる掃除をする羽目になり、持って来た旅行カバンが私のクローゼットになった。
この家にまるっきり寄り付かなかった弟と妹もさすがにこの事情は分かっていたので、自分達が死に目に会えなかった事については口をつぐみ、代わりに吐いた言葉は「喪主はアネキがやってよ。親父の時で要領は分かってるだろ」の一言だった。
「お姉ちゃんなんだから!」
ずっと母から言われ続けて来た言葉だ。
何事に関しても逃げ腰の父とこの家でじっと息をひそめていた母の代わりに私は……やんちゃした弟の身柄を受け取りに行き、妹の三者面談へ出向いた事すらあるのに……今では各々家庭を持っているこの弟と妹は、結局独り身のままの私をどこが蔑んでいる。
そんな事情から、葬儀は、呼ぶに値する親戚すら居らず、身内だけの家族葬で済ませた。
骨上げは、妹が怖がったので、私と弟の二人で行ったのだが弟はしきりと母の頭辺りを探している。
「どうしたの?」と訊くと
「お袋は金歯をしていた筈だ」と言う。
「何、言ってんの! お母さんは総入れ歯にしちゃったでしょ」と窘めると、弟は「歯医者にガメられた」とぶつぶつ繰り返した挙句「アネキがお袋の事をちゃんと看ていないからだ!」なんて責め始める始末。
いい加減、腹に据えかねたけれど、こんな所で揉めるのはみっともないのでグッと我慢した。
◇◇◇◇◇◇
母の家の座敷で礼服のまま寝っ転がっている妹は、喪服のままお盆に湯のみと急須を載せて来た私を見上げて言う。
「お姉ちゃん、このままこの家に住むんだよね?!」
「だったらオレと康子とでお袋の動産を貰うぜ」
この言葉に私はため息をつきながら二人にお茶を入れる。
「言うほどのものは無いわよ。ここの生活費だって私の貯金を取り崩していたんだから……」
実際そうなのだ。
施設に居てもすぐ家へ帰ろうとする母にみんな匙を投げて、止む無く私が勤めていた会社を辞め、実家へ戻った。
最初は働きながら母の面倒を看るつもりだったけど、こんな田舎ではパートですら、なかなか職が無く、やっと見つけたパート先も母の認知が進み、常に誰かが付き添わなければ危険な状態になったので続ける事ができなくなった。
せめて食事だけでも切り詰めようとしたら、口の奢った母は気に入らない料理をペッ! と吐き出すか、所かまわず投げ付ける。
「オレ! 昔のツレから聞いて知ってるんだからな! アネキがいつもホンマグロの大トロを買ってるって!」
それはそうだ! 母がそれしか食べないから。ご丁寧にも軽く炙ったのをね。
「アネキ! お袋のカネを何、使い込んでんだよ!」
「そんなに言うなら家探しでもすれば?! 私はお父さんの遺産は相続放棄したから知らないけど、アンタ達はその内容を知ってるよね。 遺産相続したんだから! その上で、お母さんから援助してもらってたんだよね。マイホームの頭金とか!」
「でも、お姉ちゃんはこの家に住むんでしょ? だったらその分は私達に現金で頂戴よ!」
「ここじゃ仕事も無いし暮らしていけないわよ。私だってもう貯金もないし働かなきゃ!」
「そんな! ここは家族みんなの想い出が詰まった大切な場所なのよ! だからお母さんだって、自分の寿命を縮めてまでこの家を離れなかったんじゃない! なのにお姉ちゃんはそんな薄情な事を言うんだ! お姉ちゃんしかこの家を守る人は居ないのに!!」
食ってかかろうとする妹を弟が止めた。
「止めろ! 康子! 本当にお袋がカネを遺してないかまずは調べなきゃ! 話はそれからだ! アネキいいな?!」
私は呆れ果てて弟の顔も見たくなかったので自分の湯飲みにお茶を注ぎながら「どうぞ」とだけ答えた。
陽が落ちるまで弟と妹は家中をひっくり返し、いずれも僅かばかりの額の貯金通帳と有価証券を見つけ出した。
弟はそれらを「とりあえずオレが預かって置く」と自分のカバンに入れ、この家と土地の権利書はスマホで写真に撮った。
「時価総額を調べて後で知らせるから、なるべく高く売ってくれよ」
「えっ?! 私が??」
「オレは今、会社で昇進できるかどうかの瀬戸際で、康子の所は長男が中学受験の追い込みなんだから! 無職のアネキが動くのが当然だろ? 第一、家が売れなきゃ一番困るのはアネキなんじゃねえのか?!」
「そうそう! 橋本の叔母さんとそのダンナあたりが絶対イッチャモン付けてくる筈だから、その対応はお姉ちゃんしかできないでしょ?!」
こんな言葉を捨て置いて……駅までのタクシー代について乗り込む間際まで揉めていた二人をようやく送り出し、玄関の重い引き戸を閉めてため息をつく。
本当にどうしようもない弟と妹だ!
でも……と私はスマホを取り出し、通販サイトで骨壺を検索し、注文した。
そして綿袋を解き白木の箱の蓋を開けて中から骨壺を取り出した。
骨壺を持ったままゆっくりと土間の前まで歩いて行って、骨壺を高く差し上げ、思い切り土間へ叩き付けた。
凄まじい音と共に骨壺のカケラと中身が土間へ飛び散った。
私はその“結末”にため息をつく。
新しい骨壺が来たら、これらの破片ごと、詰め直してあげよう。
それまでは……邪魔になるし、仕方ないなあ~
私は、箒と塵取りを手に取った。
心は……
ほんの少し
清々しくなった。
<了>
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