魔女になるまでの一年
なんとなく異世界物が書きたくなって綴りました。初投稿です。
誰かに刺さればいいなあと思いつつのんびり書き連ねていくかと。
洞窟の中なのに、ヒカリゴケのようなものがあちこちできらめいていて薄暗さを感じない不思議なダンジョンにいた。ダンジョン、こんな言葉にもずいぶん慣れたものだ、とケイ――圭は思った。
唐突な話だが、圭は転移者である。ごくごく普通、ではないがすでに成人し、若干身体に不調を抱えつつも社会人として働いていた日本人だ。ところがなんの因果か、トラックにはねられたわけでもブラック企業で働いて過労死したわけでもないのに、突然小さな小屋のある森の中に転移していた。神様からの通達も何もなく、茫然としていると小屋の中から老婆が出てきた。
「移転者か、珍しいね」
少ししわがれた声でそう言われ言葉が通じる人がいると喜んだのも束の間、ちょうどよかった伝授したいことがあるのさ、と言われ半年間みっちりとしごかれた。
小屋と思われていたのはまやかしで中はとんでもなく広い一軒家。昔は弟子もたくさんいたのさ、と語る老婆の名はオリアーナといい、魔女なのだと。魔術を使い、薬を作るのが魔女の役目。そう言いながら転移者である圭にこの世界の常識、文字、単位、歴史をたたき込み、魔力を持つと知ると彼女の持つ知識を脳どころか身体にまでしっかりと叩き込んだ。
帰りたいなどと言っている余裕など、今考えればどこにもなかった。毎日が家と会社の往復。放任主義だった両親が他界したのは三年前。なんとか独り立ちし、狭いながらも賃金に見合ったワンルームで生きていた。けれどそこに必死さもやりがいもなかったのは事実だ。普通に生き、普通に暮らしていただけだった。人付き合いはあったし、恋も全く経験がなかったわけではない。けれど、そこに生きがいはなかった。
だからだろうか、わけも分からない事態になってしまっているのに、体の不調も消えていたおかげで、絶望どころかこれからのことに前向きでいるのは。
「私のいたところでは魔力なんてなかったのに」
「ここに呼ばれたのは、その豊富な魔力のせいだったのかもしれないねえ」
そう、オリアーナの言う通り、圭には豊富な魔力があった。今まで使うことも魔力の有無を知ることすらなかったからかもしれない、と言うとそんなこともあるんだねえ、とオリアーナは不思議そうに言った。そう言えば以前は不調だって言ってたけど、魔力のせいかもしれないよ、と。
「さあ、ケイ、もうあんたは大丈夫だ。誰かが訪ねてきたらあたしの言うとおりに依頼を受けておやり。あんたがやりたくないことは引き受けなくていい。あたしもずっとそうしてきた」
「はい」
素直に頷く圭に、あんたみたいな娘だったらいてもよかったかもしれないね、と笑うオリアーナは魔術を教えていたときのスパルタとは無縁のような顔をしていた。
「この家はもうあんたのものだ。そろそろあたしも移動したいと思っていたところなのさ」
魔女はひとところに落ち着かないものが多いのだそうだ。セーフティハウスのようなものを持っている者も、気ままに移動するものもいるが大抵は森の奥深くにすみ、噂を聞いた人々がたまに依頼をしに来る。生活のことは大抵魔法で足りるし、飢え死にすることはまずない。
と言っても魔女は移動するまでには物凄い時間をかけた。この家にオリアーナはもう八〇年住んでいたという。この世界での魔女の寿命は千年ほどと聞いて気が遠くなったのは三か月ほど前の話だ。自分はそれに該当しないかもしれない、案外八十年でぽっくり逝くかもしれない、と圭が言うと、
「それはそれで、天命だろうね。そもそも魔物にやられたり、戦争で死んだり死因なんて人それぞれさ」
それもそうか、むこうだって病気や事故で死ぬ確率が高い。森の中は隔離されているようで、使い魔の鳥が世界情勢を教えてくれたりする。便利だとケイは思った。戸籍もパスポートもないが、大丈夫なんだろうかと思っていると、案外魔女の継承はたまにあることらしく、そのうちだれかが来て圭のことを覚え、広めてくれるから大丈夫、などと安心できるのかできないのかよくわからないことを言われ、圭はこの家を譲り受け、箒に乗って旅立つ魔女を見送った。
こうして圭はこの世界で初めて一人ぼっちになった。
「そうそう、本当の名前だけは、明かしてはいけないよ」
そう言ったオリアーナの警告を護り、漢字は存在しないこの世界でケイと名乗り苗字を隠して、新米魔女として生活をスタートさせた。
のが半年前。つまりここに来てケイは一年が経過していた。どんなコネクションがあるのか、新しい魔女が森に住んだという噂は森の外にいつの間にか伝わっていたらしく、オリアーナが旅立って一か月もしないうちに森の外から依頼が来た。と言っても人が直接来るのではなく、伝書鳩のような鳥が依頼書を運んできた。
「ずいぶん薬草が多いわね。戦争でもあるのかしら」
そんな情報を使い魔は運んでこない。ということは魔物による異常繁殖でもあったか。そのすべては隔離された向こうの話で、ケイに直接的影響は全くなかった。何しろこの深い森は樹海並みでケイにすら徒歩で出ることはできない。
「そのうち町に行こうかしら」
しかし、ケイは魔法が使える。森の外には魔法陣があり、そこまで転移すればいいのだ。オリアーナに連れられ町の様子を知っているケイは、生活必需品を買いに何度か町へは足を運んでいた。
「育てている分じゃ足りないわね。近くに洞窟を見つけたし、調査がてら行ってみますか」
そんな独り言を呟きながらダンジョンへ行く準備を始める。魔法の媒体に使う杖、オリアーナから譲り受けた魔法鞄に数日分の食料、採取用のナイフ――それらを詰め、小屋の扉にしばらく留守にする旨を魔法で描くと森のさらに奥へと足を進めた。
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