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鵼の声  作者: 比恵 真秀
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兄弟の夜話

頬に擦り傷がある。

高国は高氏が美味そうに杯を空けるのを見、酌をした。

笑うと引き攣った傷が痛々しい。

侍女もつけず兄弟水要らずの酒盛りに濡れぬ杯がひとつ、月をうつさず鎮座しているのを高氏は深く笑む。

弟の、高国がうまき酒を手にいれましたぞ、と曹司を訪ねるのはいつもの事で、

女子の騒ぐ顔が少し緩むはこの兄の前だけかと寂しさと嬉しさを無い混ぜにしつつ高国の酒を受けて呑み干すと、

己の杯に再度満たされた酒に月を写し、そっと高国へと差し出す。



「酒はいらぬか」


「酔っていては兄上をいかにして守れましょうか」


「そなたは頑固なのか一途なのかわからぬな」


執権の戯れによる傷の熱もひき、そろそろ酒を呑んでもよかろうと思った矢先のおとないにややあって笑む顔は酷く子どもじみていた。


いかほどに杯を重ねたであろうか。

酒も呑まず、只管高氏を見つめる高国の静かな面が実はそうではないと知る高氏の手がゆるりと伸ばされて頬にかかると

少し目を伏せ高国は触れられた方とは逆の手で高氏の引き連れた傷に指先でなぞる。


「もう痛くはござらぬか」


「平気だ、これしきなんという事は無い」


「昔もそういわれた。その時は足を折ったのを覚えておられてか」


「これは痛いことを言う」


「何度でも申しましょう兄上。少しは痛むでしょうが・・・他にお心をしめるものがおありか」


つ、と傷に爪をたてた高国をまぶしいものを見るかのようにして高氏はわかるか、と呟く。


「兄上のこと、この高国に判らぬ筈も無き事」


「日野殿にお会いしてな」


日野、と思考を巡らせてそんな従者もいないと高国は思い、ああもしや街の隅で会っていた小汚い山伏の事かとうなずく。

高氏が会う者で高国が知らぬ者はその者しかおらぬ。


「そうだ、殿上人だそうでな」


それだけ言えばこの高国には全て伝わるという事を高氏は深く承知しておりその全幅の信頼を寄せても問題ないほどの兄弟間であった。


「兄上は、怪我を拗らせてこの高国が手ずから看病するとしましょう」


「感謝をする」


にやり、と人の知らぬ高氏の顔を見た事で胸の内は舞い上がり高国はふと思いついたように兄上、と肩をつかむ。


「京の女子に惑わされぬようお気をつけ下さい」


阿呆、と笑った高氏に高国も小さく笑った。





改名


高氏→尊氏  高国→忠義→直義


異母弟の高義の改名前の名は不明でしたのでまんま使いました。

早世しています


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