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第9話 雪は遠さで温まる

 勾配グラディエントの風は、白い匂いがした。

 星の道の先、地平は粉砂糖を逆さに振ったみたいにきめ細かい。踏みしめると鳴るきゅっという音が、体のどこを遠くへ向ければいいかを教えてくれる。


「遠さの風、こっちに登り」

 羅針盤の第二針——グラ針がわずかに北東を指す。

 海神セイラが外套の襟を立てた。「潮も凍る匂い。塩は忘れずに」

 夜神ノクナは青い帳を一段厚くして、メモに小さく『就寝:22:30に前倒し(寒冷地仕様)』と書き加えた。

 森神フリューは手袋を外し、雪面を撫でる。「露は氷になる。朝は霜で印を付ける」


——ピ。

〈旧パーティ中心からの距離=1,512.7km〉

〈第二段階:勾配感知 有効〉



 雪の都ロゥリアは、静かにざわついていた。

 街路は一本の大通りに雪かきが集中し、路地は腹まで積もる。人の流れも荷車も一本化。昼の短気は白い息になって空へ逃げるが、逃げ切れていない。


「近道関税だ」

 門番が肩をすくめる。「最短路以外を通ると、**雪役ゆきえだ**を取られる。雪かき費用の前払いだとよ。結果、一本を皆が使って、転ぶ」

 白糸の紋章が、役所の掲示板で冷たく光っている。近道教団の布告だ。


「一本は折れる」

 フリューが言うと、門番は苦笑した。「折れてるよ、毎日。骨も」


 広場の端で、白い外套の少女がこちらを見ていた。髪は薄氷、瞳は湖面。首もとに氷結の紋。

「雪姫オルカ」

 ノクナが眼鏡越しに視線を合わせる。

 少女は小さく会釈した。「旅の人。あなた方の遠回りは、雪に温度をくれると聞いた」

「温度?」

「遠い熱は、近い冷えより優しい」


 言葉の温度に、胸の針がわずかに軽くなった。



 市庁の会議室は、白い湯気で曇っていた。

 職人、橇引き、看雪隊ゆきみたいの頭——生活側が揃う場だ。

 俺は机上に雪の地図を広げ、色鉛筆を三本置いた。


「三行で要点。

 一、危険は遠くで起こす(雪崩や雪庇の処理を外輪に)。

 二、近くは空にする(大通りに生活を集中、排雪は周回へ)。

 三、近道は二種類。遠くへ行くための近道(OK)と、近くに甘える近道(NG)。近道関税は後者を助長する」


 看雪隊の女頭が腕を組む。「雪役が財源になってるのも事実だ」

「財源は三ルート運用で補う。排雪ループを九十九折つづらおりに作り、三当番で回す。一本除雪はやめる。代わりに外輪除雪の助成を増やす」

 セイラが指を立てる。「潮見係の雪版、置ける。入りと出の流れを雪でやる」

 ノクナは『就寝:22:30-6:00/夜食:禁止/塩一粒は夕方へ』と掲示案を作る。「寒冷地は寝入りを早く。夜更かし屋台は外輪」


 フリューは窓の霜に指で絵を描く。三本の枝が、扇のように広がる図。

「道は枝。扇で受け、一点に落とすな」


 そこへ、白糸の巻尺女が扉を押して入ってきた。今回は毛皮の縁取りで寒冷地仕様だ。

「巻き取りに来た。あなた方の遠回りは雪で冷えるか、温まるか」

 彼女は巻尺を軽く振り、壁に掛かった雪図の上で距離を巻き取ろうとする。


「三層ログ、雪用に更新」

 ノクナが青い帳を掲げ、就寝前倒しと190Hzの二分を記録。

 フリューは霜の印を朝の路地に落とし、セイラは三色旗で排雪当番を立てる。

 巻尺女は肩をすくめた。「生活で抗うの、好きよ。やり甲斐がある」



 午後、俺たちは実地に出た。

 一本除雪の大通りは混雑し、橇はぶつかる。路地に入ると腹までの雪、でも静か。

 俺はグラ針の風に従って、九十九折の排雪ループを刻む位置を拾っていく。遠さが登り、近さが下り。

「遠い登りは体が温まる。近い直線は体が冷える」

 オルカが頷いた。「雪の家も同じ。遠回りの土間がある家は暖かい。玄関から炉まで一直線は、冷える」


「生活の設計勝ち、いただきます」

 看雪隊と一緒に扇状のループを三本。青・赤・黄の道当番を立て、外輪で排雪した雪は雪捨て場に周回で運ぶ。

 ノクナは橋のたもとに拍を埋め、歩幅に三拍子を刻ませる。

 セイラは雪潮票を掲げ、風向と地吹雪の予測を町へ回す。

 フリューは町はずれで雪柳を一本植え、「春の露の約束」と言った。


 夕方、白糸の査察が来た。

 巻尺女が見守るなか、信徒たちは大通りを一本化しなおそうと測距杭を打っていく。

 俺は旗を扇のかなめに立て、基準の扇骨を作る。「圧縮の中心は外へ逃がす。扇が受ける」

 ノクナが対角に拍を置き、セイラが押し潮で一本道の滑りをわずかに上げる。楽すぎる直線は体が嫌う。

 フリューの霜が、朝の印の上に二層目を重ねる。剥がれない。


 巻尺女は巻尺を回して、口笛を吹いた。「なるほど。遠さの登りで暖を取り、近さの直線を冷まして嫌わせる。嗜好を設計してる」

「需要は訓練できる、だろ」

 俺が笑うと、彼女も笑った。「そうね。雪の宗派、侮れない」



 夜。

 青い帳の下で、就寝は22:30。190Hzは二分、塩は夕方に一粒。

 ノクナが帳を整え、セイラが「蜂蜜湯は朝」と八回目くらいの確認をする。

 オルカが戸口に立った。「同居は、寒さが過ぎたら。でも今は——湯気を分け合うくらいは」

 彼女が置いていったのは、雪蜜の壺。蜂蜜に似て、舌の上でひやりと甘い。


 眠りに落ちる直前、耳の奥で距離計が鳴った。


——ピ。

〈本日の最長離隔:1,649.3km〉

〈雪ループ定着率:一次 62%/夜更かし屋台 外輪移転 70%〉



 翌朝。

 広場に近道関税の張り紙が増えていた。最短路以外=追加負担の文言。

 巻尺女が腕を組む。「生活と宗教の二正面、さてどっちが長持ち?」

 俺は掲示板の隣に三枚の紙を貼った。

 一枚目:雪潮票(風と地吹雪の予報)。

 二枚目:当番表(青赤黄の扇ルート)。

 三枚目:霜の地図(朝の露=霜の連鎖)。

「夜・朝・昼の三層。剥がせない距離は、生活に貼る」


 看雪隊が動き、子どもたちが青ルートを走る。橇は赤ルートへ荷を分け、黄ルートは医療優先。

 町外の雪捨て場へは周回で。戻りは空に。

 一本の大通りは楽だが、もう孤独だ。


「巻き戻し、試して?」

 巻尺女が巻尺を振る。破線は霜で滑り、拍で躓き、旗に引っかかる。

 彼女は肩を落として笑った。「はいはい、負け。悔しいけど、気持ち良い」


 オルカが近寄り、雪蜜の蓋を開けた。「朝の一匙。遠い熱は、舌で溶ける」

 蜂蜜湯(雪蜜版)が喉を通ると、胸の針がふっと軽い。遠さの登りが体の中に一本通った。


——ピ。

〈定着判定:雪ループ 三ルート運用 7日/違反 ≤10%/夜固定 ≥80%〉


 祠の星が、三つ目、ぱちりと灯る。

 雪の都ロゥリアの空で、淡い北光がゆっくり波打った。


〈第二段階補助機能:勾配の“合流点”可視化〉

 羅針盤に、遠さの風が集まる谷の印が浮かぶ。

「合流点?」

 ノクナが頷く。「遠い道が重なる場所。次の章は、そこでいくさになる」

 セイラが肩を回す。「潮も分流の先に合流がある。大波になる」

 フリューは窓外の白に目を細めた。「森の枝も、幹に戻る」


 オルカが小さく微笑む。「合流点は吹雪や雪崩が生まれやすい。でも、遠い熱を重ねれば、雪は落ち着く」

「遠い熱……いい言葉だ」

 俺は旗を背に固定し、グラ針の向きを確かめた。遠さの風は、もっと北だ。



 出立の前、役所の廊下で白糸とすれ違う。

 巻尺女は帽子を軽く上げた。「週替わり当番、覚えたわ。今週海、来週森、再来週夜。橋は水温未定」

「よく覚える」

「あなたたちの宗派、スケジュールがご本尊だから」

 彼女は一枚の紙を置いた。

 〈近道関税の一部廃止:扇状ルートに限り免税〉

「商いは需要で変わる。需要は、生活で作れる。悔しいけど、きれいね」


 セイラがくすっと笑い、ノクナは眼鏡を押し上げ、フリューは霜の印を廊下に一粒落とした。

 オルカはそっと袖を引く。「同居は……吹雪の夜に。順番制、守る」

「了解。海→森→夜→雪(補助)。蜂蜜湯は朝」

「うん」


 屋形船しおさいは凍る川を滑る。

 遠さの風は、さらに澄んでいた。

 合流点まで、遠回りの最短で行く。

 遠い熱を持って。


——ピ。

〈本日の最長離隔:1,743.8km〉

〈加護:潮運Lv1/疲労回復Lv1/再生結界Lv1/睡眠最適化Lv1〉

〈雪姫オルカ:補助加入/雪ループ:三ルート定着〉

〈第二段階補助:合流点可視化〉


距離メモ:

・寒冷地は就寝前倒し(22:30)+朝は霜でログ。塩一粒は夕方へ。

・近道関税は“近くに甘える近道”を助長。扇状の三ルート+九十九折で排雪を外輪化。

・遠い登り=温/近い直線=冷。嗜好を設計して近道病を薄める。

・第二段階補助*「合流点可視化」取得。次は遠い道が重なる谷**での戦。

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