第12話 自走する町と「代理人の歌」
第三段階の条件は明快だ。制度距離=三層ログの自走化(代理運用≥70%)。
つまり俺たちが去っても、夜(就寝)・朝(露/霜)・昼(旗/当番/拍)が勝手に回る町を増やす。
「仕様書を歌に落とす」
夜神ノクナが言った。「字は忘れるが歌は残る」
海神セイラは手拍子で190Hz→200Hzの“寝入り二分の節”を作り、森神フリューは露の連鎖をわらべうたに。
雪姫オルカは蜂蜜湯は朝の一節を子守唄に差し込む。砂漠商姫ライラは当番表の口上を露店の売り声に混ぜた。
ミリャートで三日、ロゥリアで四日、合流谷で二日。
青い帳の貸出所は歌で運用され、旗の掲示は子ども当番が歌いながら張り替える。外輪事故ゼロの合唱が夕暮れに響いた。
——ピ。
〈制度距離・代理比率:ミリャート 76%/ロゥリア 81%/合流谷 72%〉
〈旧パーティ中心からの距離=2,511.9km〉
白糸の“巻尺女”が苦笑する。「宗派のくせに、耳に残る」
「狙ってる」
俺は旗を肩に担ぐ。「需要は訓練できる。歌は最強の訓練器」
そこへ、近道教団本部から勅使。黒い封蝋。
〈最終収束儀・大結節を十日後に挙行。短絡黒脈を世界幹線へとし、近道以外を罰金対象に〉
「最後の大波だね」
セイラが笑い、ノクナは帳に『五夜+五昼=設計』と書いた。
フリューは若木の先を撫でる。「枝を折らない幹が欲しい」
オルカが雪蜜の蓋を閉める。「遠い熱、溜めておこう」
第三段階の扉が、遠くで薄く開いた気音を立てた。
第13話 近道教団・本部市(白糸の塔)
本部市は、直線でできていた。
白糸の塔が地平を刺し、街路は碁盤すら省いて一本の幹線に付け根だけ伸びる。寄り道は課徴、遠回りは罰金。
「幹線税か」
ライラが扇で汗を払う。「市場が短絡に最適化された見本市」
塔の前庭には最終収束儀の準備。短絡黒脈の幹が地中で唸っている。
巻尺女が出迎えた。いつもの軽さに、少しだけ迷い。
「市場は短絡を欲する。けど、美しい遠回りを嫌いとは限らない」
彼女は目を伏せ、紙束を一枚差し出す。
〈近道関税 免税区の実験結果:事故率-37%、遅延-28%、夜固定+24%〉
「戦い方はわかっているはず」
「生活で論じる。宗派の勝負は暮らしで付ける」
作戦は三段。
制度距離の上書き、幹線の十字切断、そして**“遠い幹線”の提示**。
「歌で上書きする」
ノクナが前庭に合唱台を置く。ミリャート—ロゥリア—合流谷から来た代理人隊が並び、就寝歌/朝の露歌/当番口上を三声で重ねる。
セイラは幹線の縦に押し潮、フリューは横に露の水平。
オルカは四隅に雪蜜の小杯。嗜好を四極に割る。
白糸の塔が震え、黒脈がぶれる。
司祭長が現れた。金糸の巻尺、黒い物差し。「一点が効率。多点は無駄」
「幸福は多点、効率は段」
俺は旗を十字に組み、幹線を踊り場で分割した。「勾配パーティション。体力で登る」
——ピ、ピ。
〈+2,809.0km〉〈制度距離・代理比率:本部市 試験域 71%〉
群衆の中、旧パーティがいた。
神官は歌っていた。弓手は旗を持って立っていた。リーダーは剣を鞘のまま地に挿し、幹線の楔になっていた。
「レオン」
彼は苦笑する。「もう近くで勝たなくていい。遠くで勝て。俺は近くを空にする」
黒脈が最後の突進を見せる。
ノクナの二重拍(190+210Hz)が干渉縞を作り、セイラの押し潮が縦勾配を、フリューの露が横勾配を。
オルカの雪蜜が嗜好を四つに割り、ライラが税制で扇路免除を市内告示。
幹線は十字で裂かれ、段で沈静化する。
「本儀は三日後。その前に制度距離を70%越えで固めてみせて」
巻尺女の声には、もはや挑発より期待が混ざっていた。
第14話 制度距離70%の夜
三日。歌と旗と露と拍が、自走を覚える時間。
貸出所は歌で開き、道当番は遊戯になり、夜更かし屋台は外輪で繁盛する。
塔の影でも、子どもが「蜂蜜湯は朝」と笑って走った。
——ピ、ピ、ピ。
〈制度距離・代理比率:本部市 73%/幹線事故 -42%/夜固定 84%〉
〈旧パーティ中心からの距離=3,106.7km〉
司祭長は歯噛みしたが、人は暮らしやすい方へ流れる。
白糸の塔の根元、大結節の円盤が唸りを増す。短絡黒脈が世界幹線になろうとしている。
「幹なら、樹液が要る」
フリューが若木を抱えて現れ、塔の根へ露を落とす。
「幹なら、潮汐も読む」
セイラが満干の票を重ね、
「幹なら、夜の位相で負荷分散」
ノクナが時限ルールを塔に刻み、
「幹なら、凍傷を舐めない甘さが要る」
オルカが雪蜜の小杯を一滴、
「幹なら、税が回る」
ライラが扇路優遇の告示板を塔前に据えた。
最終収束儀、開幕の太鼓。
黒脈が地上に姿を現し、塔頂から巻尺の光が降る。
俺は旗を握り、呼吸を整える。遠い熱が胸の中でうねった。
第15話 最終収束儀、十字と踊り場
「第一合図」
ノクナの声。2:00。青ルート開門。静音の人流が幹線の脇を流れ始める。
「第二合図」
3:00、景色。
「第三合図」
4:00、温度。
時間分流が、幹線の一点性を削る。
黒脈が反転、巻き戻しの刃を立てる。
「三層ログ、同期!」
青い帳が前庭で一斉に掲げられ、就寝歌が重なり、朝の露路が霜になって塔周りを縁取る。昼の旗が十字に立つ。
司祭長が吠えた。「一点! 一気! 一挙!」
「多点! 段! 分業!」
俺は旗を十字に組み替え、勾配パーティションで幹線全体に踊り場を刻む。
セイラの押し潮が縦段を、フリューの露が横段を。
ノクナの二重拍が段の境を可視化し、オルカの雪蜜が四隅で嗜好を広げる。
ライラは扇路免除を恒久に切り替え、幹線課徴を段払へ変更——制度が遠い熱を採用した。
黒脈は十字で裂かれ、段で弱まり、歌で上書きされる。
群衆は怒号から合唱へ、行列から三河川へ。
白糸の塔がひと息、長く吐いた。
——ピ!
〈第三段階 解放条件の一つ達成:本部市 代理運用 78%/幹線事故 -53%〉
〈旧パーティ中心からの距離=3,402.2km〉
司祭長の巻尺が垂れる。
彼は静かに言った。「……市場は短絡を欲する。だが、暮らしは遠回りを覚える」
巻尺女が横で微笑む。「宗派じゃなく、仕様で負けたのよ」
塔の扉の奥で、星形の鍵が四つ目まで灯る音。
〈第三段階 解放:距離の“蓄熱”取得〉
遠い熱を貯め、必要な場所へ送る感覚が身体に入った。
セイラが笑う。「潮の内湾を持った感じ」
フリューが頷く。「森の土壌だ」
ノクナは帳に『就寝前倒しは局所に配分』と書き、オルカは雪蜜壺を胸に抱え直す。
ライラは扇を閉じた。「制度が歌を受け入れた。次は世界幹線の根だね」
第16話 世界幹線の根——遠回りの最短、完了
世界幹線の根は、誰も見たことがないのに、全員が知っていた。
最短が当然だと信じるとき、人はそこへ目もくれず進む。そこに黒脈の根がある。
グラ針が微細な等高線で震える。遠い熱の蓄熱が胸で低く唸った。
「最後は生活で締める」
俺は旗を背に、女神たちと視線を合わせる。
セイラが「海」、フリューが「森」、ノクナが「夜」、オルカが「雪」、ライラが「市場」。
そして、背後で旧パーティ。リーダーは剣を鞘に収めたまま、楔として立つ。
世界幹線の根に、十字が立つ。
縦は潮と夜の時空、横は森と雪の嗜好。
中心に市場の制度。段は歌で刻む。
「危険は遠くで」「近くは空」
子どもたちの合唱が始まり、旗が三色で翻る。
遠い熱は蓄熱で配られ、蜂蜜湯は朝、塩一粒は夕方。外輪事故ゼロ。
深呼吸ひとつ。胸の針が、最軽を打った。
——ピ————。
〈本日の最長離隔:3,507.0km〉
〈第三段階:制度距離 達成(代理運用≥70%・三都市)〉
〈最終:世界幹線 根の黒脈 収束→分流化〉
黒脈は幹を捨て、扇の三河川になって地中へ散った。
巻尺女が静かに巻尺を納める。「市場は仕様を採用した。あなたの遠回りは美しいだけでなく回る」
司祭長は肩の力を抜いた。「一点は楽だ。だが、多点は続く」
遠さの風が凪いだ。
ノクナが青い帳を畳む。「就寝:23:00に戻す。190Hz二分は継続」
セイラが潮見票を折りたたみ、フリューは若木に露を落とす。
オルカが雪蜜を一匙、ライラが扇を閉じる。
旧パーティのリーダーが言う。「レオン。遠くで勝ったな」
「近くを空にしてくれてありがとう」
彼は笑い、「また遠くで会おう」と言った。
女神たちが、ひとりずつ同居の条文を差し出す。
セイラ「週替わり当番制、堅持」
フリュー「季節と露に従う」
ノクナ「就寝固定/夜食外輪」
オルカ「吹雪の夜に湯気を分け合う」
ライラ「市場泊は税優遇」
俺は笑って頷く。「生活が先、戦いは後。全部、守る」
旗を畳み、羅針盤を胸ポケットにしまう。
遠回りの最短は、世界の歌になった。
近くを空に、遠くを回し、遠い熱で温める。
それが、俺の——
「支援職の完成形だ」
青い帳の下。
23:00、190Hz、塩一粒。
蜂蜜湯は、朝。
——完——
*距離メモ(最終):
・第三段階=制度距離。歌=就寝/露=朝/旗=昼の自走で町が回る。
・最終収束=十字×段×分流。幹線は扇の三河川へ。
・“遠い熱”=蓄熱で必要地へ配分。
・俺は遠くで勝つ/君らは近くを空に。これは宗派ではなく仕様。
・支援職の再定義:生活の設計者。