第二十九話 あなたのおかげで
ー前回のあらすじ
二階堂 千智の活躍により、凩 摩稀・催音 美穂と合流することができた。
逆転することはできるのか
傀儡の魔戒は、薄く笑った。
「なるほど、そういうことね」
摩稀は短く頷く。
「うん、そういうこと」
摩稀は足元を踏み込み、空気の流れを肌で感じ取る。周囲には倒れ伏した死体が無数に転がり、血と腐臭が混ざった重たい空気が漂っていた。
摩稀は腕を振り抜く。
「輪廻解錠――痙旋風!」
痺れる風が傀儡の魔戒の足元から発生するが、傀儡の魔戒は身体を捻り、軽々とかわす。
「まだお人形は、そこら中にあるのよ?」
その声と同時に、周囲の死体が不気味に軋み、糸で引かれるように起き上がる。
「輪廻解錠――先見の明」
千智の視界が歪む。一体何が起こるのか、未来を視た。
次の瞬間、千智の喉が鳴る。
「ッ……!!」
見えた光景に、背筋が凍る。
「息を……止めてください……!!」
美穂が目を見開く。
「え?」
答える暇もなく、傀儡の魔戒が両手を広げた。
「輪廻解錠――狂宴の瘴」
死体の口、耳、眼窩といったあらゆる穴から、黒ずんだ霧が噴き出す。
空気が一気に腐り、喉を刺すような刺激臭が広がった。
「……毒ガス!?」
「ウソでしょ……!」
摩稀と美穂は反射的に息を止め、袖で口と鼻を覆う。
「くそ……!」
「さあさあ、いつまで耐えられるかなぁ?」
傀儡の魔戒は、苦しむ様子を眺めながら愉快そうに千智に視線を向ける。
「そこのメガネくんは、もう相当ダメージ受けてるし……毒ガスまで来たら、そう長くは持たないでしょうけどね」
摩稀は歯を食いしばる。
「でも毒ガスは……私なら……!」
摩稀が、咄嗟に技を繰り出す。
「輪廻解錠――木枯らし嵐……!」
突風が巻き起こり、黒い霧を一気に吹き飛ばした。
「へぇ……冷静だね」
――冷静……か
胸の奥で、摩稀は小さく自嘲する。
昔から、私は頭が悪かった。
すぐカッとなる。
当時中学生――
テストは二十点取れればいい方で、周りが四十点で落ち込んでいる意味も分からなかった。
――なんでみんな、そんなことで悩むんだろう
彼氏ができても、長くは続かなかった。
そんなある日の帰り道、私は石につまずいて、膝を擦りむいた。
「いった……」
「大丈夫?」
声をかけてきたのが、雫だった。
「……あ、うん。大丈夫」
正直最初は、『こんな私に話しかけるなんて、物好きなやつ』くらいに思ってた。
「よかったら、これ使う?」
雫はそう言って、絆創膏を差し出した。
「あ……ありがとう」
それが――私と雫の始まりだった。
気がつけば、雫はいつも隣にいた。
勉強も、分からないところを嫌な顔ひとつせず教えてくれた。
摩稀の部屋で、ノートを広げながら。
「摩稀ちゃん、ここは公式使わないほうが簡単だよ!」
「え? な、何言ってるの……」
「えっとねぇ、公式ってさ、正直分かりづらく書いてあるでしょ?無理に当てはめるとドツボにハマるんだよ」
摩稀は感心する。
「ほぇ〜……じゃあ、どうすればいいの?」
「えっと、ここをね……」
どんな時も、雫は優しかった。
でもこの時はまだ……雫がすでに契約者だったなんて、知らなかった。
クラスでハブられて浮いていた私は、みんなの上に立てる力が欲しかった。
そんな時、風月が現れた。
「どうする? 私と契約すれば、力は保証する」
「……お願い」
「分かった」
こうして私は、風月と契約を交わした。
今思えば、本当にくだらない理由だと思う。
けど当時は、優越感に浸っていて、自分がダサいことにも気づかなかった。
でも、今は違う。
私は変われた。
――雫のおかげで
摩稀は傀儡の魔戒を真っ直ぐに睨む。
「舐めるなよ?」
「は?あんたも私の人形になるのよ」
美穂は、摩稀を見る。
「摩稀ちゃん……」
千智も摩稀を見る。
「凩さん……」
「私は、あんたの人形になんかならないし、死なない」
傀儡の魔戒が舌打ちする。
「あっそ」
「輪廻解錠――狂宴の瘴」
再び、死体から毒ガスが溢れ出す。
――またこれか……
「輪廻解錠――爆屍宴」
別の死体が膨張し、爆ぜる気配が走る。
――まずい……!!
ガスと爆発が混ざったら……!!
千智と美穂は、思わず目を閉じた。
だが、爆音は来ない。
ゆっくりと目を開けると、爆炎が渦を巻き、空へと巻き上げられていた。
摩稀が、爆発の瞬間に風を叩き込んだのだ。
「輪廻解錠……」
「痙旋風・烈火」
火災旋風が完成し、灼熱の竜巻となる。
――これは……!
傀儡の魔戒が目を見開く。
旋風は、そのまま傀儡の魔戒へ叩きつけられた。
「ッ……!!」
肉が焼け、黒く焦げていく。
――核がやられない限りどうってこと……!
傀儡の魔戒は一瞬油断する。
しかし――
炎が晴れた、その瞬間――
摩稀は地を蹴り、一気に間合いへ踏み込んだ。
「輪廻解錠――疾風……」
視界が追いつかないほどの速度。
鋭い風が一閃し、傀儡の魔戒が気がつく間もなく核を正確に貫く。
――え……? 速……
その速度に対応できず、傀儡の魔戒は崩れ、消滅した。
「す、すごい……」
千智は驚き、思わずその一言しか出なかった。
――私、いいとこ無しか……でも、すごかった
美穂は、そう思いながら摩稀を見つめていた。
――必ず、生きて帰る
摩稀の目は、決意の目に変わっていた。




