第二十八話 待たせたね
ー前回のあらすじ
音波の魔戒と遭遇した犬飼 魔虎と斑目 瞬。
斑目 瞬は、犬飼 魔虎を先に行かせ、音波の魔戒を1人で対処すると決断する。
その一方で二階堂 千智は上戒魔戒、傀儡の魔戒にたった1人で遭遇してしまう。
「操り人形?」
千智が眉を顰めた。
「そう。つまり……」
不敵な笑みを浮かべていた傀儡の魔戒は、そこで表情を切り替え、薄く目を細めた。
「"あんたはここで死んで、私のおもちゃになる"ってこと」
千智は、傀儡の魔戒を睨みつける。
「へぇ……で? 言いたいことはそれだけですか」
「言うねぇ……嫌いじゃないよ、そういう子」
足元に転がっていた死体が、糸に引かれたように不自然な動きで起き上がる。
「またこれか……」
千智が死体の間に踏み込んだ、その瞬間だった。
「気をつけなよ。その子たち、何が入ってるかわからないんだからさ」
「え?」
空気が、張りつめる。
「輪廻解錠――爆屍宴」
五体の死体が、内側から一斉に破裂した。
「ぐっ……!」
衝撃に身体が吹き飛ばされ、視界が激しく揺れる。 血と肉片が降り注ぎ、頬や腕を叩いた。
「はぁ……はぁ……」
歯を噛み締め、崩れそうな身体を必死に支える。
――死んだ人を……許せない……
傀儡の魔戒は、そんな千智を見て首を傾げる。
――あれ、もうぴくりとも動かなくなっちゃった
千智は、ゆっくりと上体を起こした。
――まあ、さすがにまだ死んではないよね
「お前……死体で遊んで、どんな気分だ」
「ふふふ……どうって?」
傀儡の魔戒は両手を合わせて言った。
「そりゃ楽しいに決まってるでしょ。お人形遊び、好きなんだぁ私」
「そうか……死体は所詮、人形か」
胸の奥で煮えたぎる怒りを押さえ込み、意識を切り替える。
――二人が来るまで、時間を稼げ……
「そもそも、お前……」
「ッ……!!」
遅れて、鋭い痛みが全身を貫いた。
――なんだ……これ……
視線を落とすと、身体のあちこちに釘が突き刺さっている。
――爆発の痛みの方が強くて、気づかなかった……!
「だから言ったじゃん。何が入ってるかわからないって」
――爆弾だけじゃなく、釘まで入ってたのか……
――まずい……このままじゃ……父さん、母さん……
視界が揺れ、意識が一瞬、遠のく。
脳裏に浮かんだのは、穏やかな笑顔だった。
僕は、英才家庭に生まれた。でも、縛られてはいなかった。父さんと母さんはとても優しくて、やりたいことをやらせてくれた。
「ねぇねぇ見て! お母さん、お父さん! テスト100点取った!」
「すごいじゃないか。なぁ母さん」
「えぇ、本当にすごいよ」
「えへへ」
夜、布団に入る前。
「なぁ千智。まだ早いとは思うが、言っておく。将来、父さんたちの期待に応えようなんて思わなくていい。やりたいことをやれ」
「そうよ。千智は千智のやりたいことをやっていいんだよ」
「わかった! やりたいこと見つかったら言うね!」
その言葉が、胸に残ったまま。
そしてそれが、両親と交わした、最期の会話だった……。
翌日、授業参観の日。
両親は僕の参観に来る途中、交通事故で死んだ……。原因は、顔がこけていたため、寝不足による居眠り運転と判断された。
でも、どうしてもただの事故だとは思えなかった。
両親は元気で、とても寝不足に見えなかったからだ。きっとこの事故には犯人がいる。そう思った。
葬式の日、千智は冷たく横たわる父と母の亡骸を見て決心する。
――父さん、母さん。僕、やっとやりたいこと見つかったよ。
父さんと母さんをこんな目に合わせたやつに……復讐する……
僕はそう決意した。
それから二年。
十三になった頃、叡広聞が目の前に現れた。
「どうする」
叡広聞はそう問いかける。
「契約したら、父さんと母さんを殺したやつを見つけられるのか」
「それはお前次第だが、損はしない」
「わかった。やってくれ」
契約の瞬間、身体を引き裂くような苦痛。
――苦しい……! けど……仇を討つためなら、この程度……!
歯を食いしばり、耐え切った先で。
「契約成立だ」
それから僕は調べ続けた。そして調べていく中で思った。両親を殺したのは魔戒なのではないかと。
十六の頃、聖与の存在を知った。入学を願い出て、そして今年の四月……十七になった頃、聖与に入学した。
"すべては、両親の仇を討つために"
――父さんと母さんの仇を討つまで……諦めてたまるか……!
「輪廻解錠――先見の明」
千智の視界に、未来の断片が重なり合う。
――二人が来るまで、あと約一分……こいつ相手に稼げるか……こいつはその気になれば本気で殺しに来る……
「ふふふ……がんばるねぇ」
千智は、見出した。
――待て……相手にする必要はない。今の僕は、フィールド全体の未来が視えてる。なら……!
踵を返し、逆方向へ駆け出す。
――逃げた? 何考えてるのかわからないけど、逃がさないよ
背後から、気配が迫る。
――未来で凩さんたちはこっちから来る。そう……凩さんたちが来る方向は分かってるんだ……!だから、僕が向かえば……一分を、三十秒に……!
追いつかれ、攻撃が振り下ろされる、その刹那。
「はい、捕まえ……」
「ッ……!」
「輪廻解錠――透霞……」
視界から、千智の姿が霞に巻かれてに掻き消える。
――消えた……!?
「輪廻解錠――木枯らし嵐!」
横合いから叩き込まれる、鋭い一撃。
――チッ……
千智の身体が引き寄せられ、温もりに包まれる。
距離を取ったその先で、視界がはっきりと戻った。
「大丈夫? 千智くん。一人で、よく頑張ったね」
美穂の声だった。
「自分からこっちに走って、合流までの時間縮めるとか、やるじゃん」
摩稀はそう言って千智を褒めた。
「凩さん……催音先生……」
二人が顔を見合わせ、同時に息を吸う。
「とにかく……」
摩稀がそう言うと、二人の声がぴたりと揃った。
「待たせたね!」




