長い髪の毛
毎週日曜日午後11時にショートショート1、2編投稿中。
Kindle Unlimitedでショートショート集を出版中(葉沢敬一で検索)
彼は夜遅くまで残業をして帰宅したところだった。疲れ切った身体をソファに投げ出し、リモコンを手に取る。テレビのニュースがぼんやりとした声で流れていたが、内容なんて頭に入ってこない。ただただ疲れていた。そのとき、ふと右手の小指に違和感を覚えた。
「ん?」
彼は小指を見て驚いた。そこには長い髪の毛が、しっかりと巻きついているではないか。身に覚えがない。自分は短髪で、家に誰かが来たわけでもない。こんなに長い髪の毛がどこから来たのか、全く見当がつかなかった。
彼は慌ててその髪の毛を取ろうとしたが、奇妙なことに気がついた。髪の毛はまるで意志を持っているかのように、指にしっかりと絡みついていて、簡単には外れなかった。力を入れて引っ張っても、まるで小指を守るかのように巻きつき直す。
「何だこれ……!」
気味が悪い。鳥肌が立ち、彼は少しずつ恐怖を感じ始めた。髪の毛が生きているように見え、何かよくないことが起こるのではないかという漠然とした不安に襲われる。指を振っても叩いても、髪の毛はまるで絡みつく蔦のように指から離れない。
「これは夢だ、夢に違いない」
そう自分に言い聞かせたが、現実は無慈悲だった。突然、髪の毛はさらに長く伸び始め、彼の手首にまで絡みついた。彼は声を上げようとしたが、喉が凍りついてしまったかのように声が出なかった。
そして、彼の耳元で微かな囁き声が聞こえた。
「……元に戻して……」
彼は驚いて周りを見渡した。しかし誰もいない。明らかに自分の小指に絡まった髪の毛から聞こえている。彼は恐怖で心臓がバクバクと音を立て、頭の中が真っ白になりかけた。
「何を……元に戻すんだ?」
彼は恐る恐る問いかけた。しかし髪の毛は答えない。ただ、ますます彼の手に絡みつき、腕にまで伸びていく。
そのとき、彼の脳裏に突然ある考えが浮かんだ。「もしこれが、先日捨てたあのウィッグの仕業だとしたら…?」
そうだ、先週、友達にもらったけど全然似合わなかったから捨てたウィッグがあった。実は、彼には密かな女装趣味があり、そのため友達からウィッグを譲り受けたのだが、どうにも自分に合わないと感じて捨ててしまった。あれは本物の髪の毛で作られていて、何だか不気味だったが、まさかこんなことになるとは…。彼は慌てて立ち上がり、ゴミ箱を探し始めた。
ゴミ箱の中から見つけたウィッグを震える手で取り出し、そっと小指に巻きついた髪の毛に近づけた。すると、髪の毛はまるで懐かしい友を見つけたかのようにウィッグへと移動し始め、最終的には全ての髪の毛が小指から離れてウィッグに戻った。
彼は息をついた。「何だったんだよ、もう…」
その瞬間、ウィッグが小さな声で囁いた。
「また、よろしくね……」
彼はウィッグを即座に窓から投げ捨てた。そして、こう呟いた。
「二度とよろしくしたくないわ!」