73話 コアラと警報
「ぐもぉ、ぐもぉ……」
「がんばれ、鼻ピカ。いつも寝ている分、今こそ働くんだ!」
「ぐもぉ……」
コアラの鼻ピカが夜空を照らす。
そんな光の筋を箒で爆速飛行しながら、目指すは当然、不死鳥の山!
「ルルティア、コアラどのにそんな無理をさせて大丈夫なのか?」
「でも、コアラに頼る以外に道はないし……」
通常、何個も魔法を同時に使うことは難しいことだ。
ましてや、わたしたちはまだ学園の二年生。建前上、超一流魔導士には程遠い存在。
それなのに、光源の魔法と飛行の魔法を同時に行使し続けて、そろそろ三時間くらいになるか。連休を使って馬車を乗り継いで向かった場所だとはいえ、この速度ならそろそろ着いてもいいと思うけど。
「にゃおーん……」
カーライル殿下の箒の上にちょこんと乗ったシェンナちゃんが不安そうな声で鳴く。
まるでコアラだけに負担をかけて申し訳ないと言わんばかりだ。
こんな長時間、飛行魔法を使い続けているだけでも十分すごいと思うけどね。少し息も切らして疲れた様子なのに、いつもシェンナちゃんは健気だなぁ。
「ほら、コアラ。男を魅せるなら今だよ!」
「ぐーももっ!」
わたしの箒にぶら下がったドヤ顔コアラが、シェンナちゃんにサムズアップ……っぽいことをしている。心なしか、顔付きがニヒルだ。
……あくまでわたしの勘だけど、コアラってシェンナちゃんのこと好きだよね。
人間の目からみてもシェンナちゃんは美人だから、コアラも狙っているのかなー? それとも、ユカリさんみたいに前世からの知り合いなのかなー?
どちらにしろ、コアラの片思いには違いないけどね。これ、主人の勘。
ともあれ、そんな使い魔たちのがんばりで、無事に不死鳥の山までたどり着く。
前はたまたま襲ってきた不死鳥の羽根を拾えたけど、今回そうはいかない。
卵の殻である。いくらファンタジー世界とはいえ、卵が勝手に歩くはずはないから、巣を探さなければならない。そもそも今が産卵期でなければ、すべては徒労に終わる。ニワトリみたいにポコポコ産んでくれるイメージもないため、見つかる可能性はごく僅かだろう。
「…………」
それを、口数少ないカーライル殿下もわかっているはずだけどね。
まあ、野暮なことは言わないでおきましょう。
奇跡はあきらめない人にところにしかこないのだから。
私たちは山のふもとに一旦降りた。やはり巣は空から探すのが早いと思うが、さすがにコアラとシェンナちゃんを休ませないといけない。わたしもお尻が痛かったしね。
「コアラ~、寝る暇はないからね~。ごはん食べるだけだよ~」
「ぐも~」
不満そうにしながらも、コアラはユーカリの葉をむしゃむしゃ。
シェンナちゃんもカーライル殿下の出した煮干しを美味しそうに食べている。
王子と煮干し。これまた珍妙な組み合わせだが、煮干しを教えたのは誰だもないわたしだ。去年王宮でひたすら自習していた期間にカーライル殿下に猫の好物を相談されて何の気なしに答えたら、王太子特権で作ってしまったのだ。今では全国各地の猫愛好家の中で一大ブーム。王室の資産が増えたと王妃様からホクホク報告されたときは、わたしも乾いた笑みしか返せなかった。できたら煮干しを使ってお味噌汁とか飲みたいと思って計画中なのは、また別の話。
ともあれ、そんな長閑な休憩時間も、カーライル殿下の口数は少ない。というか、ほとんどない。一応、前に使ったこの山の地図は持ってきたので、わたしもクッキーを食べながら広げてみる。やっぱり頂上付近にあるのかなー? この山、頂上付近は雲より高いのだけど、寒さは大丈夫かな。コートとか持ってきてないぞ?
いろいろ不安になってきたわたしは、こっそりコアラに相談してみる。
「コアラは寒いところって大丈夫?」
「ぐも?」
「いやー、山の頂上とかって寒いのかなーって思って。コアラって温暖なところが好きだったよなーと。あと猫も寒いところは苦手なはずだよね。猫はコタツで丸くなるっていうくらいだし」
まあ、さすがのコアラもコタツが何かは知らないと思うが。
わたしが相談……というか、話ながら「どうしようかなー」と考えていたときだった。
突如、コアラが叫びだす。
「ぐもーぐもーぐもーぐもー!」
うるっさい!
なんだ、このぐもぐも警報は!?
コアラってこんなに鳴く生物だっけ?
かれこれ二年くらい一緒に生活しているけど、いびき以外でこんなにうるさいのは初めてだぞ!? 前世でメスがオスを嫌がるときは人間みたいに叫ぶっていう動画は見たことあるけど、それとも違う! とりあえず、耳をふさいでもぐもぐもうるさい!
「コアラどのはいきなりどうしたんだ!?」
「わっかんないです! どーしたコアラ、ユーカリの葉ならまだある――」
そのときだった。ビュイッという鳥のような鳴き声に、背筋が凍る。
バサバサと羽ばたく音はあっという間に近づいてきて、空を見上げれば、まだ陽が昇るには早いはずなのに、燃えるような羽ばたきが頭上を旋回していた。
「ふ、不死鳥、だと……?」
わたしたちが呆然と見上げる中、不死鳥が何か訴えてくる。
「ギャオギャオ、ギャオンッ!」
「ぐも~!」
「ギャオギャオオーンッ!」
コアラは呑気に片手をあげているけど、不死鳥は怒っていませんか?
なんか嘴から炎が渦巻いてませんか!?
「コアラ、やっぱり不死鳥と知り合いでしょ!?」
「ぐも?」
「とぼけんなー! しかも今、コアラが不死鳥を呼んだわけ!?」
「ぐも!」
「ドヤ顔すんなーっ!!」
不死鳥が大口を開けて、やはり炎のブレスを吐きだしてくる。
わたしは胸中久々にやけくそで叫ぶしかない。
あーあ、今日もうちのコアラがかわいいなー!!





