8話 幼女と追放
おかしい。これは空耳に決まっている。
だからわたしは、学園長にもう一度聞いてみた。
「わたしとコアラが優秀だから飛び級……間違いですよね?」
「いいえ、あなたとコアラは退学です!」
なんてこったい。
侯爵家から籍を抜かれても、王弟殿下の娘になったんだぞ? むしろ偉くなったまである。
仮に昨日今日でまだ手続きが済んでいないとはいえ、そんな王族の仲間入りをした子をあっさりと退学なんて……。
「王太子が『学園のルールを逸脱したから退学』されたのです。それなのに、同じ条件のあなたがこのまま在籍できるはずがないでしょう」
「……ちなみに、その学園のルールは?」
「一年生は、小石を飛ばす呪文と防御魔法以外の使用は禁止」
うん、そんな学則ありましたね。
しかも、決闘中もわたししっかり思い出していたような気がします。
そんな最中、殿下が火球を打ってきたんだよね。
……と、決闘内容を思いかえしたわたしは叫ぶ。
「コアラ、小石と防御しかしてないです!」
「あのどこが『小』石で、防御なんですか! あなたも『調子に乗りやがって~』と叫んでいたでしょう? 調子に乗りすぎたんですよ」
いや……はい、たしかに身に覚えはありますけど。
コアラの作ったのは石というよりわたりより大きい岩……岩石レベルだったし、殿下の火球を跳ね返して、黒猫シェンナちゃんが庇ってくれなければ、殿下が大やけどを負っていた可能性も高い。
……そりゃ退学だわ。むしろ王太子殺人未遂とかで打ち首にならないだけで御の字だわ。
でも、詰んだ。やっぱり詰んだ。
まさか、この異世界生活が追放ジャンルだったとは。
え、どうするの、この先の四歳児生活。退学になったら『やっぱり外聞が悪いから、養子の件は却下ね』なんて王弟殿下に言われる? そうしたら、本気で天涯孤独の四歳児(ただしコアラ付き)になってしまう!
わたしは生唾を飲み込んだ。
ここは、わたしも本気を出すしかない……。
「どうしても……退学ですか……?」
わたしは幼女フェイスをフル活用してうるうるする。
すると、意外と効果てきめん。学園長が眉間にしわを寄せて咳払いをした。
「まあ、たしかに四歳のあなたに決闘を挑んだ殿下も大人……ではないですが、大人げない行為でした。なのであなたは正当防衛ともいえますし、苦労は我々教員も見てましたから……しかし、情状酌量しても噂が収まるまで休学はしてもらいます!」
よっしゃ、減刑成功!
ガッツポーズが表に出てしまうのも、四歳だから仕方ないよね。
すると、学園長がクスクスと笑う。笑うと優しい顔した人だな。
「本来は十歳から通う学び舎なのです。一、二年、遅れたところで、まだ六歳。使い魔や新しいお父さんとの交流に時間を割くことも、長い人生において大切な時間でしょう」
まぁ、ここまで悪目立ちしてしまった以上、当分は隠れていろということだ。コアラの飼育や養父との交流に専念しろというのは、たしかに四歳児が学問と両立できることではない。アラサーだって、コアラと仕事の両立は難しいと思うぞ。というか、コアラの飼育が立派な仕事。
というかこれ、初めから休学させるつもりだったけど、お灸を据えるために退学で脅したやつだな。
「ありがとうございます、学園長」
そんな配慮にわたしがぺこりと頭を下げると、学園長が苦笑する。
「本当に、子どもらしくない子どもですね。貴族や王族だろうが、天才だろうが、焦って大人になる必要はないのです。今しかない時間を大切にしてくださいね」
その優しい言葉に、わたしは「はい!」と元気よく返事をする。
前世の記憶がなくなったわけじゃないから、ホントの子どもは難しいけれど。それでも、せっかくの二度目の人生なのだ。前世では家庭環境の問題で楽しい子ども時代の思い出がない分、体験してみたいことがたくさんある。
そんな奇跡に甘えてみてもいいのかな、と、前向きな気持ちで学園長室を退室しようとしたときだった。
「……ところで、新しいお父さんのことはどれだけご存じですか?」
「カーライル殿下のおじさんってことは」
背後から問われて、一応、子どもらしい言い方で権力を気持ちばかり誤魔化しておく。ま、当然学園長も彼が王弟殿下だと承知の上だと思うけど。
しかし、学園長は「そうですか」と視線を落としたのち、悲しそうに微笑を浮かべていた。
「あの方は決して悪い人ではありません。どうか仲良くしてあげてくださいね」
報告は早ければ早いほどがいい。
前世学んだ仕事学をもとに、わたしは授業終わりのミハエル殿下を待ち伏せた。
そして、人気のない場所で報告をすると、殿下はフードを脱ぐ。
「やった~、じゃあ、空いた時間で、僕の公務を代わりにしてきてくれる?」
待って、学園長太鼓判の『決して悪くない』人。
休学決定しょんぼり四歳児に、笑顔でなんて言った?
しかも『やった~』? こいつ、娘(仮)の休学を喜んでたのか?
このキラキラ王弟め。全人類落としてやるぜという色気を放ちやがって。
こうなりゃ、わたしも四歳児の本気を出すしかない!
「ルルティア、コウムって何かわかんな~い♡」
「王族のお仕事ってことだよ。僕の代わりに一仕事してきてほしいんだ」
だからちょいまて王弟よ。
王弟の仕事が四歳児に任せるっておかしいじゃねーか。
「わたしを溺愛する予定なのでは?」
「現在進行形で愛しているよ? だからこそ、かわいい子に旅をさせようと思って」
大丈夫? 頭のネジ外れてる? 叩いて直したほうがいい?
そんな物騒なことを考えていると、ずっと寝ていた左腕のコアラの目がスッと開く。ごめんなさい結構です大丈夫です。さすがに王弟ぶっ飛ばしたらわたしの首が飛びます!
再び目を閉じたコアラにわたしが安堵の息をついていると、王弟殿下が笑いながらわたしの頭を撫でる。
「よしよし、僕の娘はかわいいねー。ユーカリいる?」
「お褒めいただきありがとうございます。ユーカリいります」
ほんとこの人、顔だけ見れば傾国の美女だよなー。男だから美男か。
この完璧な笑みの向こうに、『おまえに拒否権はないよ』という意志の強さがひしひし伝わってくる。
「……それで、どんなお仕事なんですか?」
詳細を問えば、ミハエル王弟殿下は簡潔な言葉で答えた。
「燃える森の調査だよ」




