69話 コアラと子作り
その後、空き教室でミハエル殿下から不死鳥についての講習を受けた。
居場所も当然教えてくれたけど、生体について知らないと危ないということだ。
「仮にも王太子とその妃候補ですもんね」
「それ以前に、娘と甥っ子に万が一があったらめちゃくちゃ悲しいっていう父性を鑑みてほしいなー?」
その言葉に、隣に座る甥っ子カーライル殿下はモジモジと嬉しそうだ。
娘のわたしは苦笑だけどもね。
「行くのは反対しないくせに」
「反対してもすっ飛んで行ってしまうのが、残念ながら僕の娘なんだよ」
「ぐもぐも」
こくこくと頷くコアラ。
こういうときばかり男同士仲良くしないでほしい。
ともあれ、そういった経緯で始まった講習会は、ファンタジー初心者のわたしにもわかりやすいものだった。
不死鳥の体長はおよそ十メートル。燃えるような赤と金の羽根を持ち、その名のとおり、長命で身体のどの部分も医療の貴重な材料になるという。
性格は普段は温厚ながらも、近年目撃された山岳地帯では、卵を温めているらしく、凶暴性が増しているらしい。
そんな説明の途中で、わたしは「待った」をかける。
「使い魔って生殖するんですか?」
「しない子が多いんだけど、まれにあるんだよね。だけど、子どもはあくまで動物だから、ちょっと知能や魔力が多い個体が多いけど、召喚した使い魔ほど意思疎通はできないかな」
そんな話を聞いてしまえば、思わず見下ろすのは、わたしのひざの上で再び船をこぎ出したコアラである。
「じゃあ、もしかしたらコアラも……?」
コアラが子どもを生んだらどうしよう?
コアラは雄だから、生ませるほうという差異はおいておいて……。
わたしにコアラの多頭飼いなんてできるのだろうか?
起きる時間がまちまちだったら、わたしの寝る暇は? 学業との両立できるかな?
抱っこをいっぺんに迫られたら? 片腕に二匹ずつ。両肩に一匹ずつ、お腹と背中に一匹ずつで、気合いで八匹くらいまでならいける……? そもそも、コアラって一回の出産で何匹くらい生むものなんだろう?
わたしの顔が青白くでもなっていたのだろう。
講習の途中で、ミハエル殿下が噴き出した。
「コアラくんは、そういうのしないと思うよ?」
「子作りって本能ですよね。コアラほど常に本能で生きてる生物はいないと思います」
「ぐう……?」
「けっこう色々考えている子だと思うよ。めんどくさがりだとは思うけど」
「ぐうぐう……」
寝息なのか頷いているのかよくわからないコアラの頭をなんとなく撫でていると、ふと隣が気になった。無論、隣に座っているのはカーライル殿下である。なぜか顔が真っ赤で固まっている。
「カーライル殿下、どうしましたか?」
「お……女の子がせいしょくとか……そういうことを口にするな……」
「あ」
わたしの意識としては勉学の単語だけれども、十一歳の男の子からしたらえっちな言葉に聞こえたのだろうか。殿下の仲で、そのお相手はわたしだったりする? 婚約者なわけだし。
「…………」
「…………」
二人して無言でモジモジしていると、ミハエル殿下がパンと手を叩く。
「はいはい、青春はそこまで。話を戻すけど、不死鳥は爪も鋭いし、口からは炎のブレスも吐くからね! 油断してたら普通に死ねるよ! 死んだらイチャコラもチューもできないからね!」
――なんてミハエル殿下の言葉を、不死鳥のブレスを眼前としたときに思い出すとは思わなかった。
「五歳に走馬灯はいらないんだがあ」
「ぐもおおおおおおおおおおおおお」
詰んだ……ぜったいに今度こそ詰んだ……。
今はなんとかコアラのバリアで守ってもらっているけど、今にもバリアはブレスの熱量でミシミシと音を立てながら、ヒビを増やしている。
なぜこんなことになったかといえば、話は簡単。
学園の連休に、馬車で不死鳥の住まう山の麓まで連れてきてもらって、すぐに不死鳥を発見できたまではよかった。
あー、けっこう優雅に飛んでいるもんなんだなー。
山も草木の少ない山ではあるものの、まずは護衛の兵士さんらとハイキングがてら、落ちている羽根を探してみよう。ダメそうなら、少し攻撃してみるか……なんて話していたときだったのだ。
なんか、遠くを飛んでいた不死鳥と目が遭った気がしたんだよね。
そのとき、たまたま起きていたコアラが「ぐも」と鳴いたんだよね。
急旋回してきた不死鳥がいきなり接近してきたかと思いきや、わたしたちに向かってブレスを吐きだしたんだよね。
「ねぇ、コアラ! 前世で不死鳥さんに恨まれた覚えとはないのおお?」
「ぐももも?」
バリアを展開しながら、コアラが「てへぺろ(死語)」ととぼけた顔をする。
おまえのせいかああああああああああああ!
コアラのバリアが、またミシミシと音を立てている。





