68話 幼女の材料集め
さて、健康長寿の術具……というか、お守りだね。
その材料集めだ!
コアラのひげは、コアラの献身的な協力もあって難なく手に入った。
「ぐもーも! ぐもーも!」
うん、わたしの腕の中でプンスカ拗ねているコアラを宥めるついでに、ユーリさんのもとへ向かう。もちろん、用があるのはユーカリの葉だけではない。
「――というわけなんですけど、この妖精の鱗粉って、ユカリさんの鱗粉でいけそうですかね?」
「どう思う、ユカリ?」
今日も用務員としてお外をお掃除中だったユーリさんに問えば、リンリンと鈴の音のような音が聴こえる。そして、ユーリさんはすぐに答えてくれた。
ちょっとうんざりした様子で。
「キュンキュンするようなコイバナを聞ければ、すぐにおすそ分けできるらしいよ」
「五歳児にコイバナを求めると?」
まーたしかに、幼稚園児な女の子が『○○くんが好き~♡』て話しているのは、とってもかわいいよね。それにたいして、ユカリさんがご機嫌になって鱗粉ぷるぷるしちゃう気持ちはわかる。ユーリさんの使い魔であるユーカリの木の精霊のユカリさんは機嫌によって鱗粉が出ちゃうようだからね。
だけど……ちょっと待ってよ?
わたしは過去の記憶から、質問をしてみる。
「ユカリさんが鱗粉を出すってことは、ユーカリの木が爆誕するってことじゃない?」
「ぐもーっ!」
わたしの腕の中のコアラは大喜びだ。
今もユーリさんの在庫ユーカリの葉をもしゃもしゃしていたのだけどね。生えたてはやはりもっと美味しいのだろうか。たしかに柔らかそうなイメージがあるけれど。
だけど、わたしの腕の中からいきなり両腕を伸ばし始めたコアラに、リンリンリンリン。
ぐもぐもぐもぐも。リンリンリンリン。ぐもぐもぐもぐも。
どうやら喧嘩をし出したようだ。
わたしが必死でコアラを押さえている間に、ユーリさんとカーライル殿下がのんびりと会話を始める。
「つかぬことをお尋ねするが……コアラどのとユカリどのは、仲が悪いのか?」
「そうなんですよね……昔馴染みには違いないようですが、俺、二人が仲良くしているところをほとんど見たことがないんですよね……」
「使い魔の昔馴染みなら、前世の知り合いということだろう? 因縁のライバルだったとか?」
「どちらかといえば、痴情のもつれのようですけどね」
おいコラ、ユーリさん! 痴情とか、十一歳の殿下に何を話しているんだ!?
わたしのほうが身体は子どもだけれども!
ともあれ、コアラとユカリさんの喧嘩は絶好調。
ユカリさんがリンリンと興奮するたびに、キラキラとした光の粒が舞い散るわけで。
『アンタなんか一生ぐーたら寝てたらいいのよおおおおお』
「ぐもおおおおおおおおおおおお!」
今日もまた、校舎のすみっこにユーカリの木が爆誕した。
そのキラキラを、わたしたちは持参していた瓶に慌ててかき集める。
さてさて、あと必要なものは、不死鳥の羽根と、地底湖の水だね。
翌日の放課後、わたしたちは当たり前のように続きに集合した。
「他の材料は集まっているんですか?」
「地底湖の水なら、魔導術具を作る際によく使われるものらしい」
「ぐもおおおおおおおおおおおお」
これも当たり前だけど、コアラは今日も睡眠中である。
何か道具を作るときに使われるもの……そういう類は、あの人が持ってたりしないのかな?
「――というわけで、地底湖の水がほしいです!」
「うん、いいよ。今ある分だと少し足りないから……数日中には必要数取り寄せておくよ」
そうあっさり返事をくれるのは、わたしの養父であり、カーライル殿下の叔父であるミハエル殿下。
準備室にいって事情を話せば、あっさりとこんな言葉を返してくれた。
え、そんなあっさり?
きょとんとしたわたしは、思わず尋ねる。
「あの、費用の件は?」
「え、僕は娘と甥っ子から金をとるような男だと思われてるの?」
「ありがとうございます」
ジト目が返ってきたので、慌てて頭を下げた。隣のカーライル殿下も同様だ。
だけど、ミハエル殿下はわたしたちが持ってきていた本を眺めながら、あごを撫でる。
「だけど……あとはちょっと頑張らないとだねぇ」
「不死鳥の羽根、ですか?」
わたしの疑問符に、ミハエル殿下は「そうそう」と頷いた。
「不死鳥の居場所は報告されているんだけど……普通の鳥と違って、しょっちゅう羽根が生え変わるような種族じゃなくってね?」
その後のミハエル殿下の話によれば。
不死鳥もユカリさんのような特殊使い魔に分類される希少種らしく、寿命も、知能も、人間と同様かそれ以上に高い生物らしい。
「たしか今の不死鳥は何十年か前に主人を亡くしていて……それでも現世にとどまり続けている、不思議個体でもあるんだよね。性格もけっこう荒かったと思うよ」
ミハエル殿下は、公務の中でもこういった魔導系の不思議案件をよく扱っているらしいと聞いたのは、けっこう最近な話。ただプータローしているだけかと思ったと答えたら、子どものようにむくれられたっけ。たしかに言われてみれば、ユーリさんたちと出会った森案件も、魔導による不思議案件だったよね。前世でいえば、オカルト問題みたいなものだろうか。まあ、ミハエル殿下の存在自体がオカルトということはおいておいて。
「それでも、行く?」
殿下からの質問に、わたしは横を向く。
すると、固唾を呑んだカーライル殿下が頭を下げる。
「不死鳥の居場所を教えてください!」
凛々しい横顔を見てしまったら、わたしだけが逃げるわけにもいかないだろう。
わたしは今もいびきを搔いているコアラを抱き直してから「教えてください!」と一緒に頭を下げる。





