67話 幼女とひげ
その後、わたしはカーライル殿下のもとへ向かった。
たとえば陛下の趣味が乗馬とかだったら、関連の小物をあげるでもよし。
たとえば陛下の好物が甘い物とかだったら、手作りお菓子をあげてもいいかな、なんて思ったのだ。消え物だったら、ちょっと異世界チート知識を使っても、『愛情というスパイスです♡』で誤魔化せるかもしれないしね。
わたしが図書室で自習中のカーライル殿下に会いにいくと、殿下が嬉しそうに顔をあげてくれた。使い魔の黒猫シェンナちゃんも小さな声で「にゃ」と挨拶してくれる。
普段はコアラのいびきが迷惑になるかと、なかなか足を踏み入れない図書室。本屋や図書館の紙の匂いは、日本もファンタジー世界も変わらないんだなーと思いつつ、「すぐに聞いたら帰ってくるからね」「ぐも」とコアラを図書館の入り口に転がして、急いで殿下のもとへ。
「コアラどのは……大丈夫なのか?」
「コアラの面倒さは学園で有名だと思うので、わざわざ盗もうなんて人はいませんよ」
「……シェンナ。悪いが、コアラどのの見張りを頼めるか」
「にゃーん」
カーライル殿下に頼まれて、シェンナちゃんは嬉しそうにコアラのもとへ。前足でコアラを突っついては、「ぐももも」と身震いさせるコアラ相手に楽しそうだ。
そんなかわいい光景を確認してから、カーライル殿下は再度わたしを見上げてきた。
「それで、どうした? 勉強でわからないことでもあったか?」
「いえ……国王陛下の好きなものや、好きなことを殿下にお尋ねしようと思いまして。ほら、もうすぐ陛下のお誕生日会でしょ?」
わたしが問うと、殿下の表情がとたん暗くなる。
「悪いが、オレは何も役に立てそうにない」
「どうして……」
「知らないんだ。父上の好みを、何も……」
そこで、わたしは思い出す。
そういやカーライル殿下、父親との仲が悪かったんだっけ……?
お母さんとは、去年もお化け屋敷体験(犯人:叔父のミハエル殿下)のあとに一緒に寝たりと、それなりの親子関係のようだけど……父親は常に公務で忙しいと、一つ屋根の下で暮らしながらも疎遠になっていたはず……。
しょんぼりとする、まだ十一歳のカーライル少年の姿を見て、わたしも自己嫌悪。
ごめん……。わたしの配慮が足りな過ぎた……。
でも、ここで五歳児に謝罪されても、余計に殿下が惨めに思えてしまうかもしれないよね。
代わりにわたしは無理やりにでも、会話を明るい方向へと持っていく。
「では、カーライル殿下は何を贈るつもりなんですか?」
「一応、無病息災に効くという術具を作ろうかと……」
おずおずと、殿下が差し出してくるのは、今読んでいたらしい分厚い本。紙の色も黄ばみ、インクの掠れも目立つような古い本だ。
その中の一ページに、クリスタルのような道具が載っていた。
材料は、不死鳥の羽根と、妖精の鱗粉、地底湖の水、双前歯目のひげ。
「去年はよくある既製品の飾りピンにしたんだが……今年はせっかく学園に通っているんだし、こう……学業の成果を見せられるものにしたほうが、次期国王として臣下たちにも安心してもらえるかと思って……」
「ごにょごにょ理由つける必要ないと思いますよ。単に、お仕事ばかりのお父さんの身体のことが心配なんですよね?」
「そ、そんなことは……!」
否定するときの大声に、司書さんの鋭い視線がこちらを射抜いてくる。
わたしたちが揃ってペコリと頭を下げてから、テクテクと図書館の入り口へ向かった。
そして、今もシェンナちゃんにお腹をフニフニ踏まれながら「ぐも……ぐもも」とニヤニヤ寝ているコアラを冷たい目で見下ろし……そのひげを思いっきり引き抜いた。
「ぐもおおおおおおおお!?」
コアラの絶叫を尻目に、わたしは再びカーライル殿下のもとへ帰る。
そして、コアラのひげをカーライル殿下に渡した。
「ルルティア……?」
「知ってましたか? コアラって、哺乳綱双前歯目コアラ科コアラ属に分類される有袋類なんですよ」
動物の分類が地球と同じことにちょっとびっくりしたけどね。
それでも、うちのサボり魔であるコアラが役立つなら何よりである。
なにより、こんな大事な材料を提供してあげたのだ。
わたしがこう提案しても、何もおかしくないはず。
「一緒に作りましょう! きっと国王陛下も喜びますよ!」
わたしがにっこりと笑うと、カーライル殿下も嬉しそうに目を細めてくれる。
「そうだ……そうだな。一緒に父上へのプレゼントを作ってくれるか、ルルティア!」
「もちろんです、カーライル殿下!」
騒がしくも微笑ましい幼い王太子カップルに、司書官や他の利用者も苦笑で流してくれた。
しめしめ、これで合法的にプレゼントの件は解決しそうだぞ。
大激怒しているコアラにはね、あとで大量のユーカリの葉を贈呈することにしよう。





