62話 幼女と石板
かつて魔王を倒した秘術。
それって……簡単に言い換えたら、『すっごい魔法』ということにならないだろうか!
そんなの、すっごい魔法使いを目指すわたしが追い求めるべきものでは!?
「どんな魔法ですか? ドラゴンも一撃で吹き飛ばすような魔法とか!?」
「まあ、魔王も倒せるんだから、ドラゴンも倒せると思うけど……すごいテンションの上がり方だな」
「ユーリさんは、わたしの夢をご存知でなかった?」
「ご存知だよ。すっごい魔法使いでしょ?」
自称パパを名乗るなら、わたしの夢を応援してもらいたいところなのに。
ユーリさんは、小さく鼻で笑い飛ばす。
「ま、これが読めたらの話だけどね」
たまにユーリさんが『祠』と言っていたことが、ちょっと気になっていた。
祠って、神様を祀る社のことでしょ?
突入したのは洞窟じゃんって。
でも、たしかに洞窟の奥のここには、小さなお社があって。
その社の中には、何やら石板が置かれている。
「ユカリさん、何かあったら、俺よりもルルちゃんたちの防御を優先させろ」
その命令に、リンリンとした鈴の音が応じてから、ユーリさんはその石板を取り出した。
わたしが固唾を呑んでも、特に祠が爆発することもなく。
ユーリさんが安堵の息を漏らしてから、その石板をわたしに見せてくる。
当然、コアラの鼻ピカーで照らしますとも。
石板には、パルキア交語でない言語が刻まれているようだ。
わたしはその石板を見ながら、ユーリさんの言葉を聞く。
「あいつらは、この魔法を使って、パルキア王国から祖国を取り戻したいようだが……こんな読めもしない板を手に入れたところで、どうするのか知らないがな」
「これは、おべし語でもないと?」
ユーリさんが「おべし語?」と眉根を寄せつつも、わたしが言いたいことは伝わったらしい。
「魔王がいた時代は、千年以上前のことだ。さらにこの秘術は、その時代から『古代』といわれていた時代の代物らしい。言語が変わっていても、何もおかしくはないよね。正直、俺も辛うじて祖国の言葉は話せても、読み書きはほとんどできないしさ」
国が失われるということは、文化も失われていくということ。
ユーリさんの祖国が、どうして無謀に戦争なんて挑んだのか、それはユーリさんもわからないのだろう。わたしにはもっとわからない。
ユーリさんが苦笑する。
「魔法ってほんとなんだろうね。魔法は生きていくうえで、なくてはならない力だ。だけど、悪用する者が出てくることは避けなければならない。そのためにも、やはり俺は――」
「ま、魔法なくても、なんとかなりますよ」
「えっ?」
わたしの否定に、ユーリさんが目を見開く。
ここはシリアスなシーンだ。
「人間、不思議な力なんかなくても、頭使ってどーとでもなるんですよ」
「ルルちゃん……」
だから、見た目は五歳、中身はアラサーのわたしが、色々なものを背負っている十八歳のユーリさんに名言を告げて、今から全責任を無駄に背負おうとしているユーリさんを励ます名シーンを作らなくてはならない。
だけど、わたしは冷や汗でダラダラだった。
「ルルちゃん、どうしたの? お腹痛い? それとも何か怖いものでもあった?」
いや、ちゃんとね、シリアス名シーン頑張ろうとしたのですよ。
魔法なんかに頼らなくても、平和は築けるよ、と。
現に、わたしの元の世界に魔法なんてなくて、頭使って科学を発展させて、この世界よりももっと便利な世の中になっているよ、と。だから、ユーリさんももっと肩の力を抜いて、亡国の王子なんて肩書き捨てても、なんとかなるよ、と。全部は説明できなくても、転生者らしくいいことを言おうとしたのだけど……。
「ぐも?」
「ユーリさん、わたし、早くここを出たいです」
わたしはコアラをぎゅっと片手で抱きしめながら、ユーリさんの袖を引く。
「うん、そうしようね。ぎゃぎゃっと、おべし! おべし! おべし!」
「おべーし……」
ユーリさんが声を張り上げると、過激派の人たちが落胆したおべしをあげながら、とぼとぼと帰路につく。わたしもユーリさんが石板を祠に戻してから、その背中をどんどん押した。
「ちょっとルルちゃん!?」
なぜ、わたしがこんなことをしているのかって?
理由は簡単――あの石板が読めてしまったからに決まってるでしょうーが!
もうね、古代おべし語、まんま日本語だったんですよ。ひらがな!
えー、日本語が進化したらおべし語になるとか、ちょっとショックなんですけどー。
……とか、そんな文句はさておいて。
中身は、もっと問題がありまして。
こりゃあ、世に出ちゃまずい魔法だなーって、さすがのわたしも思っちゃいまして。
だから、洞窟を出てから、わたしはコアラにお願いする。
「いけ、コアラ! ちゅどーん!!」
ちゅどーーーーーーん……と、滝の洞口が爆発することはなかった。
わたしはピシッと指さしたのに、何も起こらないただただ痛い少女。
「ルルちゃん、本当にどうしたの?」
気が触れたのかと心から心配する目は勘弁してほしい。
だけど、それより前にコアラがわたしの腕から飛び降りる。
そしてトコトコとひとりで洞窟の中へと入っていく。
「ついて行かないでいいのか?」
「た、たぶん……?」
そのまま、しばらく待っていると、コアラがやっぱりトコトコ戻ってくる。
「ぐも!」
その背中には、例の石板を背負って。




