7話 幼女の前世
ここから短編の続きです
さて、いきなり王弟な養父ができたわけですが。
……というか、ミハエル殿下、前世のわたしより若いな。
そんな気づいちゃいけない真理に気が付いたとき、わたしは殿下と喧嘩をしていた。もちろん、場所はわたしの寮部屋だ。
「え~、親子なんだから一緒にお風呂に入ろうよ~」
「結構です! ひとりで入れます!」
「でも、きみまだ四歳でしょ? 普通の子どもなら、まだ親に身体を洗ってもらっている年齢じゃない?」
ギクッ。
たしかに、前世でいえば、四歳なんて幼稚園児だ。
親といっしょにお風呂に入っていて当然だよね? なんなら温泉で異性の親と入っても許される年齢のはず。そんな年端の子どもが『男性に裸を見られるなんて恥ずかしい……』と反論するのは不自然なわけで。
こんな喧嘩を繰り広げながらも、ミハエル殿下はニコニコと笑みを崩さない。
圧倒的わたしの劣勢である。それでも、女には負けらない戦いがあるのだ。
「でも、コアラが……」
「コアラが?」
「……わたし以外の人が洗うと、目からビームが飛び出すから……」
ちょっとわたしよ、もっとマシな言い訳はなかったのか?
だけど殿下は「それは……大変だね……」とおハーブを生やしながら、混浴は諦めてくれました。ちなみに、コアラはこのあいだも「ぐもおおおおおおお」である。
さすがエリート学園。お風呂は小さいながらも各寮部屋ごとについています。
前世でいうなら、トイレと一緒のユニットバスに多いタイプだね。この世界にギリ水道はあるけど、お湯が出るシャワーはないので、低学年の間は時間になると寮の職員さんたちが順次お湯を張りに巡回してくれるシステムになっている。中学年以上は魔法でできるようになるので、ご自分でどうぞというやつだ。
果たして、ほぼ使い魔が寝ているコアラを持つわたしが、自分でお湯を張れる日が来るかどうか自信がないけれど。
ともあれ、自分であわあわワシャー。
コアラもあわあわあわあわ。シャワシャワー。
なんならコアラを洗うほうが時間がかかる。こいつ、油断するとすぐに臭くなるんだもん。なんなら水があまり得意ではないようで、本来ならわたしに用意されていたシャンプーハットまで被せてあげている。わたしのコアラは今日もかわいいなー。
そして浴室を出ると、やっぱりミハエル殿下がニコニコと両手を広げて待っていた。
「髪を乾かしてあげるよ。まだ自分じゃできないだろう?」
「……コアラだけで結構です」
「はは、もちろん二人とも乾かしてあげるから。ほら、膝においで?」
何度も繰り返すが、今のわたしは四歳児。
あまり抵抗しすぎるのも……おかしいよね。それにちょっとだけ、イケメンのお膝の上で髪を乾かしてもらえるシチュエーションに憧れて何が悪い。
「……お邪魔します」
「はい、どうぞ」
ちょこんと座らせてもらうと、意外と座り心地は悪くない。
この世界にドライヤーが、ミハエル殿下の手から温風がでてきた。
あたたかい風。髪を梳くやさしい手つき。
今に限って、コアラのいびきも止まってスヤスヤしている。
なんだろう……わたしも気が緩んじゃうな。
「ねぇ、殿下……」
「なんだい?」
「わたし、すっごい魔女になれますかね?」
「へぇ、ルルティアは魔女になりたいんだ」
魔女とは、魔法使いの中で最上級の称号だ。つまり国一番の魔法使いということ。その中でも『すっごい魔女』なんて……四歳児の発言だとしても、鼻で笑われるだけかと思っていたけど。
ミハエル殿下は、思いのほか落ち着いた口調で疑問を投げてくる。
「ルルティアの思うすっごい魔女って、どんな魔女のこと?」
「たくさんすごい魔法が使えて、色々な人を助けることができて……」
「うんうん……」
「みんなが、わたしのことを『すごいね』って褒めてくれるような魔女……」
まぶたが重たい。頭がカクカク揺れてしまう。
これだから、四歳児の身体は……前世だったら、今からが残業の本番だったのに……。
そんなわたしに、ミハエル殿下はのんびりと語る。
「ルルティアは十分にすごい女の子だよ。普通の子は王太子の尻を殴り飛ばせたりしないよ」
「は? もしや、殿下も決闘は見てたってこと――」
決闘までの流れを見ておいて、カーライル殿下を止めなかったってこと? このおじさん!
文句のために覚醒して、ミハエル殿下を見上げようとする。
だけど、それは阻まれた。
いいこいいことわたしの頭を撫でる、大きくて優しい手のせいで。
「大丈夫。僕は絶対に、ルルティアのことを捨てたりしないよ。ルルティアが死ぬまで、ずっとそばにいてあげる。溺愛するって約束したでしょ?」
あぁ、頭を撫でられるのが気持ちよすぎる。
いくら殿下が若いからって、四歳のわたしより長生きなんて難しいって、軽口を返してやりたいのに……代わりにわたしの口から出るのは、間抜けなあくびだけ。
「あはは、眠かったら寝ていいよ。まだ子どもなんだから」
寝ないもん。わたしは人前で寝るほど子どもじゃない……。
あ、いや、そういや四歳だったな。
だったら気持ちよくて寝落ちしてもおかしくない……?
「おやすみ、ルルティア」
その優しい声音に、わたしはたまらなく泣きたい気持ちになった。
前世、わたしに家族と呼べる存在はいなかった。
……戸籍上は父親と母親という存在がいたけどね。わたしが幼稚園生のときに不倫して出ていった女や、新しい女にうつつを抜かして子どもに金しか渡さない男など、家族なんて呼びたくない。
それでも、何度も考えてしまうのだ。
なんで、お母さんはわたしを連れていってくれなかったのかな?
わたしが悪い子だったから?
なんで、お父さんも新しい女を作ったのだろう?
わたしがつまらない子だったから?
もしもわたしが特別かわいかったり、天才だったり、なにか『すごい』子どもだったら、お母さんも、お父さんも、わたしを愛してくれたのかな?
そんな子ども時代だった手前、付き合った恋人に『結婚しよう』と言われても、信用できなかった。どうせ、この人もわたしをいつか捨てるはず。だから、わたしは結婚を断った。
地味で、つまらないわたしに家族なんて持てるはずがない。
子どもを愛せるはずがない。
そもそも恋人すら作ってはいけなかったのだ。
わたしはひとりでいなきゃいけないんだ。
それでも、やっぱり一人は寂しい。
わたしでも、ペットなら飼えるだろうか。
何のペットがいいだろう?
犬? 猫? うさぎ?
そんな前世の夢を見ていたはずなのに、突如、目の前にコアラが現れる。
「ぐもおおおおおおおおおお」
待って、夢のわりには、いびきがうるせー。
てか左腕。ぬいぐるみ重量とはいえ、寝るときは邪魔。
くっそ、抱き枕にするにもやっぱり邪魔。
そして、コアラのデカ鼻ドアップはけっこうぶちゃいく。
あーあ、今日もわたしのコアラがかわいいなー!!
「ぐもおおおおおおおおおお!」
「だからうるせええええええ!」
そうして今日も目覚めると、他の部屋から「コケコッコー」の声が聞こえる。
朝日も昇ったばかりか。ずいぶんと早起きできたようだ。
部屋にわたしはひとりだった。
眠ったわたしを置いて、ミハエル殿下は帰ったらしい。毛布はきちんとかけてあったから、きっと殿下がかけてくれていたのだろう。
寂しいような、安心したような。
「ぐもおおおおおおおおおお」
そんなセンチメンタルを、コアラのいびきがぶち壊す。
「さて、今日もがんばるか」
今爆睡しているなら、実技の時間にコアラ起きてくれるかも。
そんな淡い期待をしたくなるほど、今日の空はきれいだった。
しかし朝礼の直後、わたしは学園長室に呼び出された。
つり上がったメガネがとても似合っているクールなおばさまだ。
彼女のメガネが光る。
「あなたたちは退学です」
「はい?」





