59話 幼女と杖
オディリアさんが、誘拐された……?
ユーリさんはそんな冗談を吐くはずがない。というか、さっきユーリさん自身が言っていたのだ。彼女が強いから、そうそう危ない目には遭わないと。
今もリンリン、リンリンと鈴のような音が響いている。
他にも聞こえる人が少なくないようで、キョロキョロしている人が多い。公爵家とお見合いできる関係者は、魔法の素養も伊達じゃないのだろう。
「殿下、ルルちゃんを……」
「誰に頼んでいるの? ルルティアは僕の娘だよ?」
言葉を遮ったミハエル殿下を、ユーリさんは鼻で笑い飛ばして。
「行ってまいります」
一言そう告げると、足早に走り出す。
あっという間に、ユーリさんの背中が常闇の庭に溶けていく。
さすが元騎士。足が速いな。とても五歳児の足じゃ追いつけないだろう。
……そう、普通の五歳児じゃね?
「コアラ、準備はいいかい?」
「ぐも」
そうして、わたしが『ちょうどいいもの』を探してキョロキョロしていると。
ミハエル殿下が「これはどうだい?」と高そうな杖を差し出してくれる。魔法の杖などではなく、普通に老人が歩くときに使う杖だ。どうやら近くのおじいちゃんから借りて(?)くれたらしい。おじいちゃんもオディリアさんのお見合い相手だったの?
気になることはあるけど、さすがは貴族が使う杖。漆塗りがきれいで握りやすいし、作りもしっかりしている。余計な装飾が少ないのもナイスだ。
「見た目ヨシ! 採用!」
「ぐももー!」
というわけで、わたしは遠慮なく跨がせていただいた。
おじいちゃんが入れ歯が外れそうなほど驚いているけど、ミハエル殿下はニコニコしている。そんな殿下に、わたしは少し浮かび上がりながら聞いてみた。
「というか、殿下はわたしを止めなくていいんですか?」
「止めても無駄でしょ?」
「ユーリさんに頼まれたばかりじゃないですか」
「ああ、ユーリはルルティアが自分のあとを追う手伝いをしてやれって頼んだんじゃないの?」
んなバカな。
そうツッコみたいけど、時間がないのでやめておく。
ニヤニヤわかっててやっているんだもん。喜んでユーリさんに怒られたまえ。
「せめてごはん抜きにされないために、怪我しないようにね」
「わたしも怒られるんですか?」
「当然でしょ」
そうか、当然か。ならば仕方あるまい。
わたしとコアラが高度をあげていくたび、会場中のどよめきも増えていく。
魔女が飛ぶのは、ほうきだけではない。
デッキブラシでも飛べるんだから、高級な杖で飛んだっていいよね!
「じゃあ、いってきまーす!」
「ぐもー!!」
そうして、わたしたちはぴゅーんっと会場を飛び出した。
向かう先が暗いけど、コアラの鼻がピカーッと照らしてくれる。車のヘッドライトみたいだね。さすがコアラである。
庭を抜けて、門を飛び越え。
草原を飛んでいると、一頭の駆け馬を見つける。
騎手のなびくマントには、見覚えがありまくりだ。
「ユーリさーーーーん!」
わたしたちが高度を下げて併走すると、ユーリさんがいつになく険しい声で怒鳴ってくる。
「ばかやろう! いますぐ戻れ!!」
「野郎じゃないもん。女の子だもん」
「そんな減らず口を叩いている場合じゃないだろう!?」
怒られることに異論はない。
ユーリさんが単純にわたしを心配してくれているだけだ。
今のわたしは実の娘のようにかわいがっている五歳の妹だもんね。
だけど、わたしだって何の考えもなくユーリさんを心配させているわけじゃない。
「でも、わたしのほうが速いもん」
現に、馬で駆けるユーリさんに追いついたのが証拠だ。
地面を走るお馬さんより、ほうき(今は杖だけど)で空飛ぶ魔女のほうが速い!
「それらしきやつらがいたら、わたしたちが足止めしときますから!」
「だから待て……ルルちゃん!」
ユーリさんの制止の声を無視して、わたしたちは再び速度をあげる。
ぐんぐんと速度をあげるたびに、頬を薙いでいく風に痛みを覚える。
だけど、その甲斐あって、コアラのノーズライトが急ぐ馬車を捕らえた。
「あれだぁー!」
「ぐも!」
さて、ここからどうしようか。
ちゅどーんと吹き飛ばすのは簡単だ。
オディリアさんが起きていたら防御魔法で問題ないだろうけど、もしも気絶させられていたら? オディリアさんごとちゅどーんしたらダメなことくらい、わたしだって理解している。
ならば……わたしの武器は二つしかないのだから、これ以上考えるまでもない。
空飛ぶ速度をあげ、馬車との距離を詰める。
そして、わたしは小さなこぶしを勢いよく突き出した。
「コアラぱーんちっ!」
「ぐもー!!」
驚くお馬さんのいななきと野太い悲鳴とともに、馬車の後方の壁と屋根が吹き飛んでいく。
オディリアさんは案の定、紐に縛られて横たわっていた。
二人の盗賊っぽい男たちが目を瞠る中、わたしたちは広くなった馬車の上へとちょこんと降り立つ。そして、令嬢らしくスカートの裾を掴んてみせた。
「どうも、誘拐犯の皆さん。わたし権力と暴力が大好きな王弟殿下の愛娘です」
作者から、ここまで読んでくれた皆様へお願いです
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