6話 幼女と養父
一度飼うと決めた動物は、最後まで責任を持つべきである。
たとえ理想の使い魔とは違っても、名前まで付けたなら同義だろう。
『シェンナちゃんを大切にしてあげてください』
そんなわたしからお願いなどなくても、すり寄ってくる黒猫シェンナちゃんに、殿下は涙を零していた。
「シェンナ……こんなオレでも主と認めてくれるのか……?」
カーライル殿下は、まだ十歳。前世の基準なら小学四年生くらいだ。
ここで泣けるなら、きっと大丈夫。またいつか決闘する機会があったら、きっとふたりは強敵になっているに違いない。
そして、殿下は自主退学された。
わたしに対しては「四歳児の婚約者にあんな恥をかかされて、おめおめ学園生活を続けられるか!?」とのことだが……けっきょく、わたしは婚約者のままなんだね?
「嫌な思いをさせてすまなかった」
別れ際、そう謝ってもくれたし、「オレもコアラを撫でてみたい」と言ってくれた。撫でさせてあげたら、すごく興奮しながら、嬉しそうにしてくれたっけ。美少年が無邪気に喜ぶ顔はプライスレス。黒猫シェンナちゃんもわたしの手をぺろぺろと舐めてくれて、これにて無事に仲直りである。今度会ったときには、ふたりのカッコイイ必殺技でわたしのことを守ってくれるんだって。なんとも十歳児らしいプロポーズじゃないか。
……と、ここで一件落着……と思いきや、そうは問屋が卸さなかった。
実家から、こんな手紙が届いたのだ。
『二度と家に帰ってくるな』
まあ、気持ちはわかる。
婚約者である王太子と公の場で決闘し、お尻ビンタで勝っちゃったからね。
王家の威信とか完全にズタボロにしたあげくの早期退学ですよ。わたしのせい……ってことですよね。申し訳ありませんでした。ほぼコアラのせいだけど。最後のビンタ以外は。
詰んだ……四歳にして、完全に詰んだ……。
どんなに美少女な貴族に転生しようとも、王太子から婚約破棄された四歳児が親から絶縁されたら、まっとうに生きていくことなど無理に決まっている。
これはもう、『すっごい魔女』を目指すなんてライトノベルな夢以前の話だ。
だってわたしに残されたものは、すべての元凶であるコアラしかないのだから。
寮を出る準備をしながら、わたしはコアラをぎゅっと抱きしめる。
「でもさぁ、コアラ……わたしを守ろうとしてくれたんだよね……」
「ぐも“おおおおおおお」
「あーもう、今日もわたしのコアラはかわいいねー!!」
「ぐも”おおおおおおお」
話しかけても、今日もコアラはよく寝ている。
だからかえって、感謝は述べやすかったりするのだけど。
「思い返せば、コアラが魔法使ったとき、全部わたしが泣きそうなときだったもんね。やさしいね。ありがとうね。わたし身体は四歳だけど、メンタルはアラサーだからさ。これからも二人でがんばろうね」
前世でも、ペットを飼った独身女は結婚ができないというジンクスがあった。
今ならその気持ちがよくわかる。男や親がいなくても、コアラさえいれば生きていける……ような気がするような、やっぱり勘違いなような……がんばれるかな、わたし。
「ぐも」
……ん、こいつ、返事した?
もしかして、寝たふりだったする?
それを確かめるべく、わたしがコアラのひげを引っ張ってみようとしたときだった。扉がノックされる。無許可で入ってくるローブの男に、わたしはジト目を返した。
「お久しぶりです、薄情者さん。あなたのせいで、わたし退学になっちゃいましたよ。あげくに孤児ですって」
「知ってる。カーライルと決闘したんだってね。というわけで、今日のプレゼント」
恨みつらみはあれど、ユーカリには代えられぬ。
だって実家と縁を切られたということは、援助もなくなったということ。本当にすべて自分の生活代とコアラの餌代を賄わないといけないのだ。四歳の身体で。身売りする前に、縋れるものには縋りたい。
だけど今日は袋の中に、一枚の書類も見つける。
「これは……」
「実家から縁を切られたというから、責任をとろうと思って」
情報が早すぎるが、たしかにそれは、養子届けのようだ。
養子の欄にはすでにわたしの名前が書いてあり、親の欄には『ミハエル=フォン=パルキア』と書いてある。あれ、この名前って……?
「ミハエル……王弟殿下……?」
「うん。召喚師ってほんとなりてが少ないから、こうして手伝っているんだ。僕のこと、他のひとにはまだ秘密ね?」
そう言ってフードを外せば、そこにはまばゆいばかりのイケメンが登場した。
肩より少し上で切りそろえた金髪に、宝石のような碧眼。柔和とミステリアスが調合したイケメンは、二十五歳程度か。目つきの違いはあれど、その風貌は誰かにとてもよく似ている。
待って? 王弟ってことは、カーライル殿下の叔父さんってことだよね?
つまり、殿下憧れのおまえがコアラしゅきしゅき~♡しているから、殿下がわたしに嫉妬したってか!?
「というか、わたしを養子って……ただコアラが欲しいだけってオチはない!?」
「そんなことないよ。苦難はあれど、四歳にしてこんな面倒なコアラを飼えちゃったり、カーライルの尻をビンタでぶっ飛ばす君の精神性にも探究者として興味があるし……そもそも僕、モフモフしているの撫でるだけでも好きだから」
そう言って、召喚師のお兄さん先生……もとい、ミハエル王弟殿下がわたしの頭をうりうり撫でてくる。あー、そうですね。わたしの髪も癖毛でふわふわしてますもんね……。
「ちなみにカーライルにもただで嫁入りさせないほどの親バカになるつもりだから、そのつもりで」





