43話 幼女と授業
カーライル殿下の判断は妥当である。
だって、わたしは五歳なのだ。十歳から通う魔法学園で、普通は自分のことだけで手いっぱいなお年頃。幼稚園生が小学校高学年の授業についていかなくてはならない状況なのだ。いじめられっ子のことなどに構わず、自分のことに専念しろとおっしゃるのはとてもお兄さんらしい。見直したぞ、カーライル殿下。
だけど……残念ながら、中身は大学入試も乗り越えたアラサー。
たとえ異世界であれど、予習しておけば授業はどうとでもなるんだよね。
「それでは、二年生の始めは魔法学に根深い魔王の話からしましょう」
久々の授業が始まっても、ニコちゃんもカーライル殿下も教室にやってこなかった。
どうやら授業より、ニワトリの飼育を優先させるらしい。
ちょっとそちらに参加したかったなーと思いつつも、五歳児はがんばって勉強をする。
使い魔を介して魔法を使うようになったのは、おおよそ八○○年前。
魔王が存在した千年前は、ひとりで魔法を発動していたらしい。
「しかし千年前、魔王の討伐に尽力した王子ミハエル殿下の提案で、少しずつ今の魔法発動形態が確立されていきました。使い魔に協力してもらえば、術者への反動のほとんどは軽減されます。その分、私たちは使い魔を労わなければなりませんね」
それこそ、千年前は術の反動で使用者が死亡する事例が多発していたらしい。それだけ、魔法というものは本来危ない、人間には負えない技術だったようだ。
しかし、使い魔を介して発動するようになってからは、そんな事例がほぼゼロになったのだとか。
……たしか、使い魔の実態はこの世界にないって話だったよね。だから使い魔は多少の無茶してもオッケーという話なんだろうけど……なかなかに可哀想だな。
「コアラは嫌じゃないのかい?」
「ぐも?」
ぼそりと問えば、机の上でへそ天でゴロゴロしているコアラが「何のこと?」とばかりに首を傾げる。わたしのコアラは今日もかわいいなー。もっとこき使ってやろ。
だけど、その前にもっと意地悪してみたい相手もいる。
「ミハエル殿下って、今のミハエル殿下ですかー?」
五歳児だもの。こんな疑問を持つのも当然だよね。
見たことない女の若い先生は、ピシッと手をあげたわたしに一瞬「えっ」と固まっていた。
教室のあちこちからクスクスと笑い声が零れる。
我に返った先生も困ったように苦笑するようだ。
「別人ですよ。名前は一緒ですが、格式ある生まれの方々は、偉大なる祖先から名前を頂戴することがよくあるのですよ。なので、現在のミハエル殿下も、偉大な魔法使いになられるようにと千年前のミハエル殿下から名前を頂戴したのでしょうね」
「へぇー、すごく勉強になりました。ありがとうございます!」
わたしはできる五歳児なので、にっこりお礼を告げてから手を下ろす。
先生はこう言っているけど、わたしは確信している。
ぜったいに、同一人物である――と。
少なくとも、この先生はその事実を知らなそうだけどね。
「ミハエル殿下って魔王を倒したメンバーなのかぁ……すごいねぇ」
「ぐも~お」
大変だ、コアラが欠伸をしている。
次は実践授業なんだぞ、もうちょっとがんばって!?
残りの時間は、コアラを寝かさないことに尽力することになった。
結局、次の授業も殿下たちは姿を現さなかった。
わたし? 実践授業にはなんとかコアラと共に参加できたけど、火を生む魔法で業火を爆誕させ、危うく校舎を燃やしかけたよね。先生が即座に鎮火してくれたけど。
あーあ、お昼休みは殿下たちの様子を見に行こうとしたのにな。
おかげで、わたしは先生からのお呼び出しである。
「ルルティア、僕の秘密をバラそうとしたって、本当?」
「てか殿下……未だにわたしの授業を担当するとか、過保護すぎやしませんか?」
二年生の実践授業の担当教員は、またしてもミハエル殿下だった。
いや、王弟。ちゃんと公務とやらもしようぜ。王弟として扱ってもらっているんだからさ。
ともあれ、わたしを罰と称して呼び出したミハエル殿下は、わたしが専用の部屋についた途端、膝に載せてきやがった。
そして目の前に広げられるのは、豪華絢爛のお重弁当である。
思わずよだれをこぼすわたしに、頭上のミハエル殿下は満足そうに笑っていた。
「どうにもきみは簡単に僕からの溺愛を受け取ってくれないらしいからね。無理やり接点を増やさないと、すぐ浮気しちゃうからさ」




