42話 幼女とニワトリ
正直、去年はコアラに振り回されて、同級生のことなどカーライル殿下以外、ほとんど覚えていなかった。だけど唯一記憶に残っているのは……この、ニワトリの子、ニコ=ニコルちゃんだった。
だって……ねぇ? 使い魔がニワトリですよ。
偏見で申し訳ないが、あの召喚の儀式の中で、コアラの次にインパクトがあったのがニワトリである。コケコッコーのニワトリである。
普通、飼わないじゃん。ニワトリ。小学校にはウサギと共にいるけれど、家では飼うことまずないじゃん。
そんな使い魔の飼い主……兼、ご主人様の少女ニコちゃんは、赤茶のつるんとしたボブがかわいい、メガネの女の子だ。間違いなく、メガネを外したら美少女なアレである。十一歳にしては小柄なのこともあって、ブカブカの制服に着られている印象だから、実家もあまり裕福ではないのかもしれないね。そこも、前世庶民なわたしからしたら好感ポイントだ。
そんな女の子が、いかにもなクラスのトップ階層と言わんばかりの女の子たちに囲まれている。一番偉そうな子はやたら頭がクルクルな癖毛な子。
「毎朝毎朝コケコッコーうるさいのよ! いつになったら、その使い魔を黙らせることができるの!?」
「うぅ……ごめんなさい。ごめんなさい……」
ニコちゃん……そうだよね。
使い魔を従えるのって、難しいよね。
わたしも左腕のコアラを撫でながら涙する。わたしもどれだけこのかわいすぎる使い魔には苦労させられたことか……。
でも、いじめっ子たちの言い分もものすごくわかる。
アパートの隣の人がニワトリを飼っていたら、どう思う? そういうことだ。
だけど、まさに泣く寸前のニコちゃんは、おそるおそるポケットから何かを取り出していた。
「お詫びに、卵のおすそ分けを……」
「んなもんいらないってばっ!」
差し出したのは、茶色の殻の卵である。遠目から見てもずっしり形もきれいで美味しそう。
それをいじめっ子の代表は即座にニコちゃんに投げ返してしまった。
顔にぶつかり、メガネと制服がデロデロに汚れてしまったニコちゃん。これでいじめ現場確定だね。初めからいじめっ子と呼んでいたけどさ。ワンチャン違うといいなーと思ってもいたんだもの。
だけど、こうなるならすぐに声をかければよかったと、慌てて駆け寄ろうとしたときだった。
「オレに任せろ」
肩をそっと押され、わたしの代わりに歩いていくのは見覚えのある少年の背中だった。
キザっぽい金髪が目立つ王太子、カーライル=フォン=パルキア殿下。十一歳である。
「何の騒ぎだ!」
たとえ一年休学していても、わたし以上の有名人。それが王太子くんである。
いじめっ子たちもヤバいやつに見られたと青白い顔をしていた。
「で、殿下……どうして男子である殿下が女子寮の前に……」
「まだ幼い婚約者を迎えにきたんだ。中に入ったわけでもなし、問題あるまい」
え、わざわざわたしを迎えにきてくれたの?
クラスも同じって聞いているから、嫌でも教室で会えるのに?
ふーん、かわいいところもあるじゃないか。
わたしがニヤニヤしていると、左腕がモゾモゾする。どうやらコアラが起きたらしい。
「おはよ、コアラ」
「ぐも」
この様子なら、今日は実践授業にも参加できそうだ。
よかったよかったと安堵しながら、わたしはいつでも持っているユーカリの葉をコアラに渡すと、「ぐも」とコアラはもしゃもしゃ始める。
そんな日常モードはわたしたちをよそに、カーライル殿下はいつもよりも凛々しい声を発していた。
「今日のところは見逃してやる。きみ達は早く教室に行くんだな!」
どうやら王太子の一睨みで、いじめっ子たちは撃退できたらしい。……ま、大人の経験則から言えば、この解決方法じゃ、また殿下のいない場所で酷いことになりそうだけどね。
ともあれ、ニコちゃんも殿下と二人じゃ気まずかろう。現にフルフルとひどく震えている。
ここでこそ、かわいい幼女とコアラの出番――と、わたしはハンカチを取り出してから、ふたりのそばに駆け寄った。
「ニコちゃん、大丈夫!?」
「あ、あなたは……」
入学早々一年の休学明け。わたしの名前を憶えてなくてもしょうがない。
わたしは背伸びでニコちゃんの顔を拭き拭きしながら、なるべくにこやかに名乗る。
「ルルティアです。今日から復学することになったの!」
あえて、苗字は名乗らない。パルキアって国の名前を名乗って、恐縮させるのは悪いからね。すぐにバレることかもしれないけど。
だけど、そんな気遣いは無駄だったらしい。ニコちゃんは五歳のわたしにまでオドオド始めてしまった。
「ルルティア……様……あの、ハンカチが汚れてしまいます!」
「そんなの気にすることないのに……」
まあ、わたしの持ち物は全部ミハエル殿下が用意してくれたものだから、一級品のものではあるのだけど……。
すると、コアラもわたしの代わりか、ニコちゃんの顔をぺろぺろとし始める。コアラに生卵って大丈夫なのかな? まあ、使い魔だし、ご都合主義してくれるか。
「やさしい……使い魔ですね……」
ニコちゃんは自身の使い魔であるニワトリをぎゅっと抱きしめる。
「それに引き替え、あたしの使い魔は一向に言うこと聞いてくれなくて……文句言われるのも、あたしのせいなんです。あたしが、ちゃんとお世話できないから……だんだん、当たりがひどくなるのも、当然で……」
近くで見るのは初めてだけど、うん、ニコちゃんの使い魔は本当にあのニワトリである。
毛並みがきれいで、鶏冠も尾も小さめの、きれいな雌鶏だ。でも小学校にいたニワトリよりは少し大きくて丸めかも。いい餌を食べさせてもらってそうだね。ちゃんと、ニコちゃんがお世話をがんばっている証拠だね。
それなら、わたしが協力しない理由がない。
面倒……もとい、変わった使い魔を育てる同士だもの!
「わたしが一緒にニワトリちゃんのお世話を――」
「オレがどうにかしてやる!」
わたしの言葉を遮ったのは、助けてからずっとだんまりだったカーライル殿下だった。
「その使い魔の世話に苦戦しているのだろう。オレが協力してやる。ルルティアはまず、自分が授業に遅れないことに集中しろ」
……はて、かつてコアラの飼育に悪戦苦闘するわたしに冷たかった殿下が、どういう心境?
だけど殿下の使い魔である黒猫シェンナちゃんは、大丈夫と言わんばかりに優しく「にゃーん」と鳴いていた。




