5話 幼女と決闘
「シェンナ!?」
シェンナは、黒猫ちゃんの名前なのだろうか。
コアラからの反撃をみずから食らって、殿下の肩から落ちた黒猫シェンナ。
カーライル殿下はぐったりしている黒猫ちゃんをおそるおそる抱きかかえる。
そういや、授業で習ったな。
使い魔の本体はこことは別の次元にあるから、どんなに大怪我を負っても死ぬことはないんだって。しばらく動けなくなるけれど、毎日ご主人の魔力を与えていれば、いつか復活するらしい。ただ、そのあいだは魔法が使えなくなる。
座学の授業はアラサー頭脳でがんばっていたわたしだ。小テストもそれなりに高得点を出している。だから間違いない知識だし、殿下もわかってるはずだけど……。
弱った使い魔に、カーライル殿下がぼそりとつぶやく。
「だから、もっと強い使い魔がよかったんだ……」
「えっ?」
洟を啜りながら口を尖らせる姿は、まさに十歳の子ども。
「オレはドラゴンの使い魔がほしかったのに……ただの猫なんて……こんな普通のやつじゃ、ミハエル叔父上に自慢できないじゃないか……」
ミハエル叔父上って……たしか、カーライル殿下が憧れてるって人だよね。
わたしはお会いしたことないけれど、噂によれば、放浪癖がありつつも、まだ二十代なのにあらゆる魔法に精通している頭脳派なのだとか。
「オレが叔父上が見たことないような、すっごい使い魔を見せてあげるって約束していたのに……オレは普通の猫で、ルルティアが未知の使い魔だと? せめて見た目と同じように腑抜けたやつならまだしも、こんな……強いなんて……」
つまり殿下は、ある意味わたしが羨ましかったということなのかな。
強くて珍しい使い魔で叔父さんの気を引きたかったのに、それが敵わなかったから。
わたしに嫉妬して。ありもしない『浮気』をでっちあげて、自分のほうが強いと証明しようとして。子どもらしいといえば、そうなのかもしれないけれど。
「だったら、オレもコアラがよかったのに!」
だけど見ていられないよ。
そう涙を流す殿下のそばで、今も黒猫は懸命に立ち上がろうとしているんだもの。
だってこの猫ちゃん、さっきも殿下を守ろうとして自ら火球に跳んだよね? 殿下を庇って怪我をして、やけどで痛いだろうに、今もまだ戦おうとして。ご主人様のために、ご主人様に愛されたくて、こんなにも懸命にがんばっている。
ちょっとこれは、メンタル年長者として言ってやらなければならない。
なのに、わたしの口が勝手に動いた。
「黙れ、小童が」
「えっ?」
とても四歳児とは思えない言葉に、殿下も、そして周囲のギャラリーも目を丸くする。もちろん、わたしもそうしたいんだけどね。
それでも、わたしは口が……わたしの身体が勝手に動くのだ。
「貴様のために身を挺した使い魔になんて言った? 使い魔の姿など……ましてや希少性などに何も意味はない。ただ貴様とともにありたい、貴様の助けになりたい、貴様に愛されたい、そんな純粋なる想いを糧に、わざわざ下界にきてやった存在に……この矮小な小童が。貴様に使い魔を使役する資格はない!」
あの~コアラさん。
とってもいいこと言っていると思うのですが、それ、四歳が語るに相応しい言葉ですか?
「その使い魔を解放するために、貴様は死ね」
そして殿下の前に、えげつないサイズの火球が生まれる。
その瞬間、わたしの心が叫んだ。
――待て、コアラ!
――こいつは、わたしに殴らせろ!!
その瞬間、大きな火球がシュンと消えた。
まわりはザワザワとしているけど、わたしだけが気づいていた。
わたしの右腕に、魔力が集約されていることに。
これならば……。
「ねぇ、知ってる?」
おびえた殿下が、かろうじて顔をあげる。
そんな婚約者を見下ろして、わたしはにこりと微笑んだ。
「コアラの握力って、一トンあるんだよ♡」
「へ?」
ウソである。
ゴリラだって、握力は五百キログラムと言われているのだ。身体の大きさから違うコアラが、ゴリラに勝るはずがない。
だけど、コアラだって樹上生物。毎日二十時間も木に捕まって寝ている握力は、人間の成人女性並みにはあるという。ま、ぜんぶ前世のネット&動画情報だけどね。
「殿下、うしろを向いて?」
「えっ?」
「いいから!」
先ほど「小童!」とハスキーに説教されて、怖かったのだろう。
異様におどおどした殿下が、大人しくわたしに尻を向ける。
それでも、四歳児が意表をつくには十分な威力だろう。食らえ!
「にゃんこのうらみいいいいいい!」
「ぐぎゃああああああああ!」
説教といえば、お尻ぺんぺんである。
人前だし、実の母親じゃないからね。ズボンを下げるのは勘弁してあげた。
しかし、私が殿下のお尻を平手打ちすれば、とても王太子とは思えない無様な叫び声をあげて、殿下が吹っ飛ぶ。あれ、思っていた以上の威力だな?
「コアラ、またなんかした?」
「ぐも?」
とぼけている顔なのか……普段からこんな顔だったような……。
とにかく、此度の決闘はわたしの勝利でいいはず。
なので、ひっくり返ってピクピクしているカーライル殿下に向かって、わたしはにこりと微笑んだ。
「決闘の勝者は、敗者にお願い事をするのがセオリーですよね?」





