閑話 コアラの事情・前
コアラ視点です。
俺のご主人ルルティアは、いい意味で図太い神経をしている。
四歳としてみたら、だいぶ大人びている。だけど、一度三十年生きた結果のあの性格なのだとしたら、ちょっと残念と言わざるを得ないかもしれない。
それは、幼児という立場につられてのものなのか。
それとも、元の世界が、この世界よりも平和な世界なのか。
ともあれ、ご主人は小さい手足で、とてもよく頑張っている。
詰んだ……などとよく悲嘆しているが、それで足を止めたことはない。
今など、パーティー会場で空を飛んでいる。
どうして、箒に跨る必要があるのだろうか。
言ってくれれば、直接その身体を浮かばせてあげることもできるのに。
そのほうがルルティアがバランスをとることもなくなるから、あんなに何度も落ちなくて済んだのに。本人は『宅急便の元祖はこれだ!』なんて意気込んでいたけど、なんのことやら。
それをアドバイスしたくても、俺の言葉は「ぐも」としか聞こえていないようなので、答えを知ることはできないのだけれども。
「コアラ、見て見て! みんな驚いているよ!」
「ぐも」
「ふふっ、両親のすごいアホ面。この世界に写真があったら撮ってやりたかったなー」
写真とは、一体何なのだろうか。おそらく前世の知識なのだろうが、あまり口にしないでほしい。ただでさえコアラを連れた奇怪な少女なのだから、
このコアラという身体は、二歳までのルルティアの記憶と、今の彼女の記憶の両方に一致した動物から借りた代物だ。彼女の知識によれば、ずっと寝て、食べて、寝ているだけの生物らしい。最高だな? ぐーたらしているだけで、『かわいい』なんてチヤホヤされて餌をもらえるなんて、最高な動物だな?
これでも、俺は前世で、世のため人のためと命がけで戦っていた身の上だ。次の使い魔人生でぐーたらしたいと思ってなにが悪い!
だけど、思っていたよりぐーたらできていないな、と思って、今、俺は箒にしがみついている。まあ、見上げる幼女の笑顔がかわいいから、いいけどな。今も昔も、かわいい女の子に笑ってもらえれば、ちょっとやそっとの苦労なんて些末な問題だ。
そんなルルティアたちが会場に降り立てば、大歓声と拍手が沸く。
すっごい魔女の第一歩としては、なかなかの成功なのではなかろうか。
隣のドヤ顔の少年がムカつくがな。シェンナちゃんを悲しませるやつは許さん。最近は少しずつ頑張っているようだが……まぁ、今後も要警戒だな。
そして、そんなルルティアが大きな青い瞳をきょろきょろと動かす。
探し人は、すぐに見つかったらしい。短い足でちょこちょこと走っては、二人の男たちを連れてくる。邪魔にならないように、俺はルルティアの首のうしろに引っ付くことにした。
ルルティアが連れてきたのは、ミハエルとユーリである。彼らの腕をそれぞれしっかり掴んで、引き合わせるのはルルティアの実の両親たちだ。
「改めて、紹介させてください」
ルルティアの声が弾んでいる。
彼女はどうやら、前世でも家族に恵まれない境遇だったらしい。
だったら……彼女の喜びは多少は想像できるかな。
彼女にとって、この二人ははじめて自分を愛してくれる家族なのだろう。
「こちら、ミハエル父さんと、ユーリパパ――わたしの新しい家族です!」
「ぐも!」
だけど、忘れないでほしい。
ルルティアの一番の家族は、俺だ!
「ぐも! ぐも! ぐもも!」
俺が一番!
俺が一番最初に彼女の家族!
いつも一緒にいるのが、俺!
俺がルルティアの一番の家族!
「今日に限って……どうしたの、コアラ?」
どうしたもこうしたもない。俺の紹介を忘れるな!
だけど、文句があるのは俺だけではないらしい。
「ルルティア、どうして僕が父さんで、ユーリがパパなんだい?」
「爺さんじゃないだけ、優しさだと思ってほしい」
「うぐっ……あとで、ゆっくり話そうね」
悔しげなミハエルの隣で、ユーリは鼻の下を擦っている。きみはまだ若いと記憶しているが、本当に『パパ』でいいのか? 下手に話しかけるとユカリを刺激しかねないから、聞かないでおくけれど。
しかし、驚いたのがここからだ。
なんと、ルルティアの実の母親が扇子の向こうで口を開いた。
そもそも、今日のパーティーにも参加しないかと思ったが、王家からの招待には応じざる得なかったのだろう。もしかしたら、彼女にも何か思うことがあったのかもしれないが。
「あなたは、どちらのお父さんが好きなの?」
……なかなか残酷なことを問う。
だけど、ルルティアは一瞬考えてから、首の後ろにいる俺を掴み上げた。
「コアラだよ! お母さんも触る?」
そして、俺を差し出すルルティア。
母親はビクビクとしながらも、俺の頭にそっと触れた。
目を丸くした顔に、俺は嫌悪を抱かない。
「あら、思いのほかフカフカしているのね」
「えへへ」
ルルティアが得意げなのも当然である。毎日一生懸命、俺のことを洗ってくれているもんな。本当はあまり風呂が得意ではないんだが……ルルティアが喜ぶなら、我慢のしがいもあるというもの。しかも昨晩は『明日両親がコアラに触りたくなるかも』といつもより懸命にトリートメントとやらをしていた。
「ぐも~お」
なんか、もう心配しなくてもよさそうだな。
俺の出番が終わったようなので、眠気のままに俺は目を閉じることにする。
だけど、俺は眠る前にチラッと見る。
父親ヅラして笑っている、前世の仲間だった男を――。




