閑話 カーライル殿下の事情⑤
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「なんだ……この魔法は……」
オレはルルティアが特訓中の魔法を見て、度肝を抜かれた。
こんなこと、しようとも考えたことがなかった。
だけど、見ているとワクワクする。
オレもやってみたい!
だけど……オレにできるのか?
実家から戻ってきたルルティアは、さっそくミハエル叔父上から『すっごい魔法』を習うと聞いた。
抜け駆けは許さん!
男として、ルルティアに魔法で劣るわけにはいかない!
なので、オレも一緒に訓練を受けたいと申し出たら、ルルティアは何の躊躇いもなく「いいよー」と受けいれてくれた。器が大きい。笑顔もかわいかった。さすがオレの婚約者だぜ。
そんなオレのルルティアが、オレの遥か頭上で震えている。
「落ちる……落ちる落ちる落ちる……!」
「僕はアドバイスしかできないからねー。落ちるときはちゃんとユーリにいうんだよー」
今日の訓練には、ユーリ殿も助手として参加していた。
ユーリ殿も、正直よくわからない人だ。
出自は知らんが、オレの物心がついたときには、ミハエル叔父上の養子として王宮にいた。オレの兄とか、従兄弟とかでは断じてないらしい。
ユーリ殿は離れから出てくることはほとんどなかったのであまり接点はなかったが、いつも剣の練習をしていた姿はオレはよく覚えている。何かで顔を合わす機会があっても、決してでしゃばることはなく、だけどオレが退屈していたり、困ることがあったらさりげなく助けてくれていた。だから、不思議な存在ではあれど、悪い印象はない。いつもオレそっちのけの父上より、よほど好感を持っている。
そんな人が騎士団に入ると聞いて、オレが王位に就いたときの騎士団長は頼もしいな……なんて思っていたら、あっというまに騎士団を脱退して行方不明になってしまうし、帰ってきたと思いきや、ルルティアの兄だか父親だかとしてずっとそばにいるし。まあ、ルルティアの義兄なのだから当然といえば当然……。
「待てよ?」
オレは気がついてしまった。
ということは、ユーリ殿がオレの将来の義兄にもなるのか!?
これはよくわからないとか言ってられん。
しっかりとどんな男か見定めなければ!
と意気込むあいだも、ルルティアは遙か頭上でゆらゆらしている箒にしがみついている。
「てか……ミハエル殿下の魔法でふわっと受け止めてくれることはできないので?」
「あれ、言ったことなかったっけ? 僕、生活魔法くらいしか使えないんだよね」
「初耳だが?」
ルルティアが目を丸くしているが、オレは彼女が知らなかったことにビックリである。
ミハエル叔父上は魔法に関してとても博識だが、大それた魔法を使った姿を、オレも一度も見たことがない。厳密にいえば、使い魔の存在が必須の魔法を使うことができない。
入学式の召喚の儀は、召喚される使い魔を介する術式だそうで、遂行者自体の使い魔は必要ないという、特殊な技法だから叔父上でも代役できたのだ。
いくら天才とて、四歳のルルティアはそこまで知らなかったのだろう。
やはり、ルルティアにはオレが必要なんだな。
そんなルルティアが、とても素朴に叔父上に疑問符を投げていた。
「そういや、ミハエル殿下の使い魔は?」
「長い間、病気でね。部屋でずっと休ませているんだよ」
「お見舞い! お見舞いします! なんの動物ですか? なにが好き?」
「普通の鳥なんだけどね。でも、コアラくんたちに移ったら困るから、お見舞いは大丈夫だよ。ありがとうね」
あぁ、オレのルルティアが今日も優しい。
ミハエル叔父上の使い魔は、オレも会ったことがない。だけど『見たい』と言ったことはあれど『見舞いたい』と言ったことはあっただろうか。
……オレは、まだまだだな。
だけど、ルルティアが一生懸命魔法の訓練をしている中、箒にぶら下がりながら「ぐもおおおお」といびきを掻いているコアラを見ると、『アイツよりマシ』と救われた気持ちになるのはなぜだろう。
オレがぎゅっと箒を握りしめると、ユーリ殿がオレの肩を叩いてみる。
「カーライル殿下も、遠慮なく挑戦してみては? 俺じゃ不甲斐ないかもしれませんが、絶対に怪我は――」
「きゃああああああああ」
そんなとき、ルルティアの限界がきたらしい。
ルルティアが箒から手を離してしまえば、当然落下するわけで。
だけど地面に衝突する前に、突如地面から生えてきたユーカリの木がルルティアの小さい身体を受け止めた。葉や枝で多少肌の表面が切れることはあっても、大怪我はなさそうだ。
「もう一回!」
そして、ルルティアは諦めない。
箒に跨り直して、再び幹がしなるほど強く蹴りだす。「ぐもおおおおおお」というコアラのいびきがルルティアを後押ししていた。
四歳のルルティアが、こんな挑戦をしているのだ。
十歳であるオレが、見ているだけなんて許されるはずがない。
「オレもやる! 行くぞ、シェンナ!」
「にゃあ!」
箒に跨ったオレと使い魔の黒猫シェンナは、勢いよく地面を蹴る。
その後も、ルルティアは何回も落ちた。
大怪我はユーリ殿のおかげでないものの、小さな怪我をたくさんした。
それでもルルティアは一度もあきらめなかった。
オレは、そんなルルティアを尊敬する。
そんなルルティアに相応しい男になれるように、オレも頑張らなければ。
その甲斐あって、オレは今、ルルティアの隣で一緒に入場の合図を待っていた。
今日は、ルルティアが望んだパーティーの日だ。
オレたちは正装して、今から『すっごい魔法』をお披露目するのだ。
だけど、その前……オレはかねてより気になっていたことをルルティアに提案する。
「ルルティアは、これからどうするんだ?」
「わたし……ですか?」
いきなり話しかけられて、ルルティアは目を丸くしていた。
ルルティアもお披露目に緊張しているのだろう。まだ四歳だ。
これから、いっぱい大きくなる四歳なのだ。
「ルルティアは、もう一度学園に戻るべきだと思う。すっごい魔女になりたいと聞いた。だったら、叔父上だけでなく、幅広い教員から教えを受けるべきだ。それに、学友というのもいいものだという。きっと、ルルティアの今後に有益な友ができるはずだ」
でも、そうなってしまったら、オレは少し悲しい。
だって、オレと会う機会が減ってしまう。このまま一緒に王宮にいてほしい。
ルルティアがいなくなってしまったら、ミハエル叔父上も、きっと学園に戻ってしまうだろう。また、オレは王宮でひとりぼっちだ。
それでも、オレはルルティアのために提案する。
だって、オレの方が年上だもんな。わがままは我慢しなくては。
しかし、ルルティアは言った。
「……だったら、殿下もいっしょに戻りましょう」
「し、しかし、オレは休学ではなく自主退学を……」
ルルティアが休学。オレは退学。
四歳のルルティアには違いがわからないのかと、説明しようとするも……ルルティアが青い瞳をキラキラさせて、オレを上目遣いで見てきた。
「ルルティア、ひとりじゃ寂しいなぁ。わたしのために、権力の乱用してくれませんか?」
「うぐっ……母上に、相談してみる」
オレはかわいすぎるルルティアに即答していた。
なんてかわいいんだ、ルルティア。
やっぱり、ルルティアもオレと一緒にいたいんだな。
いいだろう! 自分で退学を願い出た以上ものすごくカッコ悪いが、ルルティアのためならいくらでも権力を乱用してやる!
「ほら、時間ですよ」
オレの従者であるベンジャミンが合図をしてくる。
いよいよだ、オレたちの特訓の成果を見せるときがきた。
オレたちは、それぞれ箒にまたがる。
「いくぞ、ルルティア」
「はい!」
ベンジャミンが大扉をひらく。
オレたちがそろって飛行魔法を披露すると、観客たちの歓声が沸いた。
「ぐも」
「にゃーん」
それぞれ箒の前にぶら下がっていたり乗っている使い魔たちが、誇らしげに鳴く。
箒にまたがり、空を飛ぶ。
それは将来すっごい魔女になるオレの婚約者の、伝説の幕開けだった。




