40話 幼女のおねがい
「んで、とんぼ帰りしてきて、なにがしたいって?」
「今までわたしを育ててくれた両親に、お礼がしたいのでパーティーを開いてください」
王宮に戻れば、ミハエル殿下の笑みが怖かった。
まあ、すでにわたしが何をしてきたかの報告は伝わっているのでしょう。
侯爵家を半壊してきました、なんて報告を受けて『よくやった!』と褒めてくれる父親はいないだろう。しかも、わたしはさらに報復したいと言っているようなものなのだから。
「すでにお礼参りはしてきたのではなく?」
笑顔には、笑顔で返すものである。
わたしは母親譲りの美少女スマイルは、こういうときこそ使うのだ。
「わたしは四歳なので、心のままに生きようと思いまして」
「心のままにちゅどーんしてきたのでは?」
当たり前だが、今は部屋にミハエル殿下と二人きりである。
正確にいえば、いつもどおりコアラはわたしの左腕についているのだが「ぐもおおおお」しているので関係ない。
ちなみにユーリさんも同席したかったようだが、ミハエル殿下の『今まで僕のルルティアを独り占めしておいて、また僕の邪魔をしようというのか?』と脅されていた。仮にもユーリさんも子どもでわたしたちの家族なのだから、三人仲良く団欒してみたいものである。
ともあれ、家族だとしても義理の関係。けじめは大事である。
威圧的にニコニコしてくる齢一〇〇〇歳のお父さんにお願いしたいことがあるのだから、きっちり理解と同意を得ることが大事だろう。
「僕は報告で、きみなりの今生の別れをど派手にしてきたと聞いたのだけど?」
「任せてください。もっとど派手な演出を考えてます!」
「褒めてもないし、期待もしてないからね?」
そう……理解と同意を……得るのって難しいよねー。前世アラサーの記憶あるから、わたし知ってる。同時に、こういうときは遠回りのようでも、一から説明するのが大事ということも知っているのだ。
「わたし、すっごい魔女になることが夢なんですよ」
「知ってるよ?」
「一石二鳥かと思いまして。縁を切った娘が、すっごい偉人になったら、めちゃくちゃ悔しいですよね?」
前世のオタク界隈で、一時期『ざまあ』ジャンルが流行ったことがある。
自分を裏切った相手を陥れ、処刑させたり、追放させたり……いわゆる復讐ものである。
しかし、国によって賛否あれど、わたしは復讐に関しては、この言葉のほうが好きだった。
【自分が幸せになることが、一番の復讐だ】
だから、わたしは華麗なる『ざまあ』のために原点回帰することにしたのだ。
わたしの夢はすっごい魔女になること。
わたしがすっごい魔女になったところを見せつけて、超絶悔しがらせてやるのだ。
もっと自分たちの娘を愛してやればよかった――と。
「魔法使いとして生まれたからには、華麗にカッコよく魔法が使えるようになりたいです。そしてできることなら、それで誰かの役に立って、多くの人からチヤホヤされたいです」
「最後の言葉が俗物っぽいね」
「本能のままに生きる四歳なので」
究極論、ぼっちは嫌だというだけなのだが。
この実家の一件で、わたしは改めて思ったのだ。
せっかくの二度目の人生なのだから、楽しく生きたい。
前世のようなぼっちではなく、多くの人に愛されるわたしになりたい。
だけど、見た目に恵まれた子どもだから……そんな理由で愛されたとしても、それは一過性のもの。
わたしはずっとチヤホヤされたい。
大人になっても。年をとっても。よぼよぼのおばあちゃんになっても。死んだ後も。
もう二度と寂しい思いをすることがないような、そんなチヤホヤされる人になりたい。
【ルルティア】のためだけじゃない。当然【わたし】のためにも。
そんなわたしに、苦笑した殿下が頬杖をつく。
「別にすっごい魔女にならなくても、僕がチヤホヤしてあげるよ?」
「足りないです」
「たまにユーリやカーライルからのチヤホヤもあげる」
「もっとです。もっともっとたくさんのチヤホヤがほしいです!」
そう言い切ると、ミハエル殿下が声をあげて笑った。
「たしかに、魔女になる子は強欲な子が多かった気がするね」
「象の宅急便さんもですか?」
「どうして彼女が魔女だと思った?」
「運搬事業の発展になったのではないかと想像しました」
わたしの中でインパクトがありすぎる宅急便。
正直使い魔が猫だったら『有名な魔女を真似したかったんだね~』で終わったが、わざわざ象でやろうとしたのにも事情があったはずだ。
この世界、陸地の長距離移動は馬車が主流だ。当たり前だが、自動車やトラックはない。
馬車が走れるや距離や道、運べる量には限りがある。
だけど、象なら。浅瀬くらい簡単に歩けるだろうし、多少の足場の悪さはものともしないだろう。見た目のインパクトもあって、有名になってしかるべきだ。
見たことも会ったこともない人だけど、『象の宅急便』なんてワード、わたしは二度と忘れない。まさに、わたしの理想とするすっごい魔女である。
「ルルティアの想像通りだよ。彼女も魔女と呼ばれるひとりだ。だけど、さすがにコアラの宅急便は可愛いだけで終わると思うよ?」
「もちろん、同じことをするつもりはありませんよ」
「じゃあ、どうするの? 一〇〇〇年生きる亡霊を殺した魔女、にする?」
そうだね、ミハエル殿下はわたしに殺してもらいたいから、養女にしたんだよね。コアラなんて面妖な使い魔を飼ってみせた、怪しい転生幼女を。
まあ、軽口を叩きながら利用するのはお互い様だ。
わたしは四歳であると同時に、大人の心も持ち合わせているのだから。
「……父親殺しとか、重いんですけど」
「もう僕、生きるの飽きた~! 早く死にたい~!」
「一〇〇〇歳おじいちゃんの駄々とか、見た目キラキラ王子じゃなかったら許されてませんからね?」
なんか話が逸れてきてしまったな。
わたしはニッコリと笑って、一番のお願い事をすることにする。
「というわけで、すっごい魔女になるべく、まずはパーティーまでに教えてもらいたい魔法がありまして!」





