39話 幼女の名前
亡国の王子様。
なんてときめきパワーワードなのだろう。
だって、亡国ってだけで悲劇があったってことだよね? あげくに、王子様。過去にとても可哀想な事件があった王子様。そんな王子様が、今、ほかの国で健気に生きている。
しかも、奔放な養父と妖精と四歳の幼女に振り回されて?
ご飯を作るのが上手で、戦っても強くて、見た目もイケメンで、性格も優しくて真面目で?
はあ~、もう最高かよ。
ラノベのヒーローかよ。
あなたを救う転生してきたヒロインはどこですか?
「あれ、もしかして、わたしか?」
「ルルちゃん?」
「年の差十四……個人的になぁ、年の差ラブはあんまり好きではないんだよなぁ」
「もしもし? 現実に帰ってきて?」
「ていうか、ユーリさんはいい人すぎて、わたしが相手じゃ申し訳なさすぎる……転生聖女ちゃんとかいないのかな。あるいは悪役令嬢」
「うん。わかった。もう帰ろうね。疲れてるんだよ、ルルちゃんは」
いつの間にか、わたしはユーリさんに抱っこされていた。背中をトントンと叩かれ、完全に寝かしつけるスタイルだ。あれ、四歳からも退化した?
ともあれ、コアラもおねむが限界のようである。
さっさとお暇しないとね。
「わたしユーリさんのことがもっと大好きになったので、一度おろしてもらえませんか?」
「ちなみに、どうして俺のこと好いてくれたのか聞いてからでいいか?」
「自分が親族みんな殺されて不遇だったから、同じように可哀想な子どものわたしがどうしても放っておけなくてこうして面倒見ることを決めちゃった優しさにずっきゅん♡してます」
「そういう……恥ずかしい妄想を……堂々と口にするのはやめてもらえるか……?」
耳まで真っ赤な好青年からしか摂れない栄養ってあるよね。十八歳らしくて善き。
でも、さすがにこれ以上は変態じみてきたので、また今度にいたしましょう。
下ろされたわたしは、手をグーパーさせる。
さぁ、コアラも起きて。最後の仕事だよ!
「ぐも……」
背中を叩くと、気だるそうにいつもの左腕の定位置にぐもぐも移動してくれる。
さぁ、父親を中心に思いっきり振りかぶって。
「ルルティア……何を……」
「コアラぱーーーーんちっ!!」
どじゅおおおおおおおおおおおんっ!
彼らを絡めていたユーカリの枝ごと、ついでにその辺の壁や扉や兵士さんごと、父親が高いお空に飛んでいく。屋敷の中にいたのに、お空が見えるようになっていることから威力と被害はお察し。
「ルルティア……おまえの名前は、わしが付けたんだ……わしらの、希望になってくれるようにと……ルルティア……ルルティア……」
お庭にぶべっと落ちた父親が、そんなことを呻いてから気絶する。
「……またつまらないものを殴っちゃったね、コアラ」
「ぐもおうっ」
コアラが大きなあくびをして、もう寝るねとわたしに抱っこされにきた。
おつかれさまとまるふさのお尻をとんとんしていると、ユーリさんがわたしの肩に手を置いてくる。
「聞いたことあるよ。女の子の名づけをするときに『ティア』ってつけると、その子が幸せになるってジンクスがあるんだって。あからさますぎて、今じゃよほどのお貴族様くらいしか使わないらしいけどね」
なるほど、たしかに『マジカルティア』の世界の『ティア』ちゃんは、なかなかご利益がありそうだ。付けるに度胸がいるのもわからんでもないね。
名前は、親が子どもに贈る最初の贈り物だ。
あの父親は、どんな気持ちで、呪われた子どもに『ティア』を付けたのだろう。
「帰りましょうか」
「ルルちゃんがそれでよければ」
やるべきことはやった。
ひとまず、ぶっ飛ばしたいものは全部ぶっ飛ばした。
あと、なにかやり残したことがあるとすれば……。
屋敷から出て、なんとなくわたしが振り返ったときだった。
とある部屋のカーテンの隙間から、こっそりこちらを見ている婦人がいるではないか。
あれだけ大騒ぎしたのに、今も部屋から出ないとは。ある意味胆力があると言えるね。
そんな女性に向かって、わたしは最後に大きな声で叫んだ。
「おかーさーーーーんっ!」
すると、彼女はビクッと肩をすくめる。
わたしはひるむことなくボロボロのぬいぐるみをブンブンと振った。
「ぬいぐるみ、ありがとうねーーーーっ!」
すると、カーテンがパシャッと閉められてしまう。
わたしが苦笑していると、再びユーリさんに頭を撫でられる。
「ルルちゃんは、将来強い女性になるね」
「今も強いつもりですが?」
「そーいやそうだった」
子どものわたしは知らない。
虐待を受けていた子どもは知らなくていいんだと思う。
カーテンを閉める寸前の、彼女の泣きそうな顔の意味を。
「ぐもおおおおおおおおおおお」
コアラのいびきがうるさいしね。





