38話 亡国の王子
「どうしたんだ!?」
わたしが叫んだからだろう。
ユーリさんが、慌てて部屋に入ってきてくれる。チラリと外を見やれば、廊下で無尽蔵に伸びた枝に絡まる人々がうめき声をあげていた。……苦しそうだけどね。でも大怪我もしてないし、当然死んでいる人もいなさそうだから、コアラより平和的なユカリさんである。
ともあれ、わたしは炭となった手記を見下ろす。
「コアラが手記を燃やしちゃった……」
「読みたい場所は読めたの?」
「ざっくりと」
ユーリさんは一息ついてから、わたしの頭を撫でてくれた。
「虐待を受けた理由はわかった?」
「わかった」
「この涙の痕は手記を読んだから? それともコアラが原因?」
「手記です。コアラは今更ですし」
親指で目の下を拭われる。
あーあ、また泣いてたのがバレちゃった。
いいんだけどさ、今のわたしは四歳児だし。子どもは泣くのが仕事だもの。
そう自分を誤魔化していると、ユーリさんがさっぱりと言い切る。
「なら、ルルちゃんが嫌な思いをするものなんて、この世から燃やしてもいいんじゃない? これを証拠に両親に刑罰を処したいとかあった?」
「うーん……どうなんだろう」
【わたし】はともかく、【ルルティア】としてはどうなんだろう。
悲しい体験をしていたことを、公にしたいのだろうか。
両親に罰を下したいのだろうか。
前者はともかく、後者は証拠がなければ難しい。その証拠は、今、コアラが燃やしちゃったわけで。当時の使用人たちから証言を集めるという手もあるけれど……それは本当にスッキリするのかな。
そう耽るわたしをよそに、コアラはわたしに抱っこしてと言わんばかりに前に移動して、丸くなろうとしていた。こいつ、そろそろ寝るつもりだな?
「コアラはちょっと反省しようね?」
「ぐも?」
「はあ……わたしもコアラみたく、本能のままに過ごしたいよ」
わたしがやれやれとため息を吐いたときだった。
「いや、四歳児がなに大人みたいなこと言っているんだ?」
ユーリさんが苦笑している。
そうか……わたしは今、四歳なのだ。
四歳なら、わたしのやりたいようにしていいんだよね。
わたしの、やりたいことは――。
「なら、ちょっとミハエル殿下にお願いしたいことがあるので、やっぱり王宮に戻っていいですか?」
「構わないけど、俺じゃダメなこと?」
「多分、ミハエル殿下のほうが専門なんじゃないかなーと……」
そうと決まれば、話は早い。
わたしはユーリさんと話をしながら、父親の部屋から外に出る。
だけど……そうだね。大人しく帰してくれるはずがないよね。
ユーカリの枝葉に拘束されている父親が、わたしの姿を見るやいなや叫んでくる。
「ルルティア、お父さんを許しておくれ! 閉じ込めてしまって申し訳なかった! おまえを愛するがゆえだったんだ。ただ、おまえを彼女の悪意から守りたくて――」
うん、さすが侯爵。ウソではないけど、本心ではない訴えがお上手なこと。
もしも、わたしにアラサーの経験がなかったら騙されていたかもしれないね。
さて、なんて言い返そうか。
何も言わずコアラパンチでもいいんだけどね。毎度それだと、芸がないと言いますか。
わたしが悲しい理由で困っているのだと思ったのだろう。ユーリさんがそっとわたしを引き寄せて、父親に向かって剣先を向けていた。
「黙れ。この子を泣かすことしかできない男が、父親を名乗るんじゃない」
おーこわ。今までで一番の気迫である。
やっぱりユーリさんに申し訳ないので、ここは一発コアラパンチで解決しようかなと、こぶしを握ったときだった。
「わしたち家族の仲を切り裂くな! 亡国からの生贄のくせに!」
「ぼうこくからのいけにえ……?」
突如父親から出てきたファンタジーな単語に、ユーリさんは気まずそうに下唇を噛んでいた。
わたしがきょとんとしていると、父親はわたしがワードの意味を理解していないと思ったのだろう。とても丁寧に説明してくれる。
「こいつは、十五年前に無謀にパルキア王国に攻めてきた小国の王子なんだ。本当は一族郎党全員処刑となるはずだったんだが……まだ物心もつかぬこいつだけ、王弟が可哀想だからと引き取ってしまってな……いつ、我らに恩を仇で返すかわからない男なんだぞ。ほら、ルルティア、怖いだろう? 早く、そんな男から離れてこちらへ来なさいっ!」
戯言だったら、ユーリさんはすぐに反論するだろう。この人は優しい人なれど、理不尽を見過ごすような弱い人ではない。
それなのに、ユーリさんは俯いたまま、何も答えない。
だからわたしは、即座にユーリさんの袖を引いた。
なぜって?
そりゃもちろん、胸のときめきを伝えるためですとも!
「亡国の王子とか、めっちゃカッコいいですね♡」
「ルルちゃん?」





