36話 幼女はかわいい
ルルティアはかわいい。
桃色のふわふわロングヘアに、青い瞳。真白な肌もふにふにな幼女。
かわいいのだ、ルルティアは。誰がどう見てもかわいいはずなのだ。
「ル、ルルちゃん……?」
「ねぇ、ユーリさん。わたし、かわいいよね? すっごくかわいい幼女だよね!?」
「あ、うん……ルルちゃんはかわいいと思うよ……自分で言うのはどうかと思うけど」
そう、ユーリさんも認めるほど、ルルティアはかわいい。
それだけで、愛される理由は十分なのだ。
だって、かわいいんだぞ!
ルルティアはこんなにもかわいいんだぞ!
そんな子どもに『呪われている』だなんて……。
我慢がならなかった。
目からポロポロと涙が零れてくる。
悔しい……どうして、わたしが当時のルルティアを助けて……抱きしめてあげられなかったのだろう。
「もしもルルティアが呪われているなら、呪っているのはおまえだ! おまえの言葉だ! 母親の言葉がどれだけ子どもに影響を与えるのかわかっているのか。こんなにかわいいルルティアを呪っているのは――」
「ぐも」
途端、わたしの口が急に動かなくなった。
なぜ……そう視線を向けると、左腕のコアラがわたしをまっすぐに見ている。
「ぐも」
言い過ぎ……とでも言いたいのかな。
まだまだ言い足りないくらいなのに。
可哀想な子どもなんて、いないほうがいいでしょ。いたとしたら、それは大人のせい。子どものせいじゃない。そうでしょ?
だけど、わたしの口が動かないから。
わたしは、ポロポロと泣くことしかできなくて。
そんなわたしを「よいしょ」と抱き上げてくれたのは、ユーリさんだった。
「よしよし。大丈夫。ルルちゃんは呪われてなんかいないよ。もし呪われていたとしても……今のルルちゃんなら、パンチでやっつけられるだろう? だから、大丈夫だ」
(アタシ、浄化魔法も得意だからいざってときも任せてちょうだい!)
「ぐもぐも」
(だから、アンタのお願いなんて聞かないんだからね!)
「ぐーも」
だからケンカはダメだって。発火はよくない。
だけど、まっさきにメンタル爆発させたのは、ルルティアの母親だった。
「なによ……なんで、あなたがそんな幸せそうなのよ……あなたのせいで、あなたのせいで……」
狼狽えた母親が、まるで悲劇のヒロインのように走り去っていく。
わたしか妻か逡巡した父親は、母親を選ぶらしい。
「どうして、こう問題ばかり起こすんだ……」
そんな捨て台詞を残して、両親が去って行く。
その背中を見て、わたしは鼻で笑う。
「はは……また、捨てられちゃった……」
別に、またこの家で暮らしたいわけじゃなかったけどね。
それでも、親に背を向けられると、悲しい気持ちがわき上がってくる。
そんなわたしを抱く手に、少し力が込められた。
「……このまま帰ろうか。屋敷の弁償の件で訴えられたら、全部ミハエル殿下に頼もう。そのくらいの甲斐性はあるだろう。あの人も」
「ユーリさん、殿下に対してけっこう辛辣ですよね」
おや、口が動いたな。
よじよじとコアラがユーリさんのほうに移動し、勝手にユーカリの葉を取り出して食べ始めている。もうコアラの自由さは今更なのは、わたしだけではない。
「俺、自分で言うのもアレだけど、けっこう強いだろう? けっこう乱暴な教育を受けてきたんだよ。それこそ五歳の頃にモンスターはびこる森に一人置き去りにされたりとか。あの恨みは忘れん」
おおう……ミハエル殿下、わたしと同じようなことをすでにユーリさんにしていたとは。
養父のろくでもなさとコアラの奔放さに、クスクスと笑っていると、だんだんと落ち着いてくる。
本当の四歳じゃないから、わかるのだ。
ここで逃げるわけにはいかない――と。
わたしはユーリさんに下ろしてもらい、コアラを向き合う。
こいつめ、また勝手にわたしの口を操作して。
まあ、勝手に両親に対して「小童」と言われるよりマシか。
「もうちょっと起きててね~」
「ぐもも」
歩き出したわたしに、後ろからユーリさんが「今度はどこに行くんだ?」声をかけてくる。そんな頼もしい兄に対して、わたしはにっこりと振り返った。
「手記を探しにいきます」
ファンタジーご都合主義理論だが。
こういうお貴族様の偉い人って、毎日日記を書いているイメージがなかろうか。
前世はゲームもそれなりに嗜んでいたのだが、敵のお城などを捜査していると、ゲーム攻略に直接関係ない、敵の事情や裏設定がアリアリと書かれた手記が見つかるものである。俗にいうフレーバーテキストってやつだね。
「本当に、ルルティア一人で大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。読み書きに不便はないので」
「頭が良すぎる子どもってのも問題だよな……」
異世界転生特典に、そのくらいのチートはあって許されて欲しい。あくまで公用語の読み書きに不便はない程度のものなのだから。
手記があると目星をつけたのは、もちろん両親の私室である。
当然、護衛に兵士さんが邪魔してくるよね。怪我させてばかりもかわいそうだから、ユーカリの木で上手いこと拘束してもらった。ついでに邪魔しようとしてきた父親も。母親は……どこで泣いているんだろうね。
というわけで、監視はユーリさんペアに任せて、わたしたちは探索である。
肝心の手記は、引き出しで簡単に見つかった。
少し古そうなものを、パラパラ捲っていると……『妻が妊娠した』という一文を見つける。





