35話 コアラは食事中
だけど、扉を壁ごと吹き飛ばすくらいのちゅどーんをしたら、爆音で兵士さんたちも集まってきちゃうよね。
わたしはもしゃもしゃ中のコアラを守るようにぎゅうっと抱きしめる。
「ユーリさん……まだ、コアラがごはん中です……」
「緊迫感がないなぁ……まあ、俺の出番ってことでいいけど」
ユーリさんが、すらりと腰の剣を抜く。
「あなた方も仕事でしょうが、俺はこの子の無茶にとことん付き合うと決めたんで」
正直、どうしてそこまでわたしに付き合ってくれるのだろうか。
パパ……はあくまで自称で、ユーリさんは義理の兄という立場にはなる。
でも、まだ出会って二か月くらいの中だ。わたしの里帰りに変装してまで付き合って、こうして戦ってもらうほどの価値が、わたしにはあるのだろうか。
ふとそんなことを考えていると、コアラがわたしの顔に手を伸ばしてくる。
「ぐもも」
「いや、とりあえずコアラは早くご飯を終わらせてね?」
「ぐもももも」
「え、もしかして、次の葉っぱを寄越せと言ってる?」
「ぐも!」
「今日もわたしのコアラがかわいいなー!!」
どうやら、まだユーリさんの活躍を見守るターンが続くらしい。
わたしは常に常備しているユーカリの葉をコアラに渡しつつ、居心地の悪さを声援で誤魔化すことにする。
「ユーリさん、かっこいい!」
「これでも元騎士なんで」
騎士とは、国に選ばれた特別な兵士のことである。簡単に言えば、一般兵より格上の役職だ。
ユーリさんは強い。
旅の途中のモンスター退治でも、あぶないシーンを見たことがない。
新米騎士だった……という話だけど、新人の域を超えているんじゃないかな。
狭い通路という立地も上手く使い、押し寄せる敵を次から次へとのしていっている。
まだまだ、ユーリさんのこともわからないことがいっぱいだなぁ。
そんなときだった。廊下の奥が一瞬またたいた。
次の瞬間、光の弾が迫ってくる。
魔法使いがいたってこと!?
「ユーリさん!?」
だけどわたしの心配をよそに、ユーリさんは軽々と避けて……え、避けた? 避けたら奥のわたしたちに当たるのではないでしょうか!?
「コ、コア――」
(アタシのことを忘れないでくれる?)
その可憐な鈴のような声と、わたしの目の前で光の弾が弾けたのは同時だった。
わたしたちの前に、半透明の光の壁が生まれている。
そのそばで、緑色のかわいい女の子が、振り向きざまにウインクを飛ばしてきた。
(元聖女のアタシがいることもお忘れなく♡)
「ユカリさん!」
「ぐーも」
コアラが「おつかれさん」と言わんばかりの投げやりな声をかけた途端、ご機嫌だったユカリさんの表情が一気に曇る。
(アンタは自分でどうにかしなさい)
「ぐも?」
そこからは、「ぐもぐも」と「リンリン」の喧嘩である。
ユカリさんが叫ぶとともに、周囲に爆誕するユーカリの木が屋敷をミシミシと壊していく。
そして、発火した。火事である。
逃げていく兵士さんらを呆然と見ていられるのは、わたしのまわりに結界が張ってあるから。
すでに侯爵家の火事&倒壊という、とんでもない『ざまぁ』を発動させながらも、わたしは我関せずに別のことを尋ねてみる。実際、倒壊と発火はわたしじゃないものね。
「今更だけど、あなたたちはどういう関係なのかな?」
「ぐも」
(……言いたくないわね。昔、こんなやつにフラれたなんて)
「言ってる言ってる」
そんなあいだに、剣を納めたユーリさんが結界に中に入ってくる。
それと同時に、手を一振り。お、火が消えたぞ!
「雑談はいいけど、ルルちゃんは何か思い出したの?」
「ユーリさん、消火の魔法も使えるんですね?」
「覚えたんだよ……ユカリがすぐに発火するから」
「なるほど」
わたしの質問には答えながらも、ユーリさんの視線はわたしの返答を待っている。
おおよそ予想していたことだけど……自分がいじめられてました、なんて、言いづらいよね。
言わない選択肢はないんだけどさ。
「なんとなく。あの親、二歳の子どもを監禁してたみたいです」
「……また他人事のように言うな?」
まあ、他人事だしね……とは、言えない。
わたしはぎゅっとコアラに似たぬいぐるみを抱きしめる。
ちゃんと持ってきたのだ。これは、ずっと大切にしなければならない気がして。
そのぬいぐるみのことを問われる前だった。
火も消えて、「ぐも」と「リンリン」と喧嘩もひと段落したのか、屋敷も倒壊もユーカリの木の絶妙なバランスで止まって。
バタバタとやってくるのは、護衛をたくさん引き連れた館の主たち……つまりはルルティアの両親たちだ。
母親のヒステリーな声は、父親の「これはどういうことだ」という声すら掻き消した。
「やはり呪われた子ぉ……あなたはぁ、呪われた子どもなのねええ!」
ぷっつん。
わたしの中で、何かがブちぎれた音がした。
「はああああああああああああ?」
ユーリさんだけでなく、コアラまでもわたしの声量にビックリしている。
今更取り繕う必要などあるか。
わたしはずーっと思っていたことを、ここで言わせてもらいましょう。
「わたし、こんなにかわいいのに!?」





