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ちみっこ魔女転生~使い魔がコアラだったので、たのしい家族ができました~  作者: ゆいレギナ
5章 すっごい魔法

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34話 幼女のぬいぐるみ

 詰むのはいつも、突然に。

 ルディール侯爵家……いわゆる実家に到着早々、閉じ込められるなんて、前世でどんな悪行を積んでしまったのだろう……。とっても一生懸命に生きすぎて早死にしたつもりだが?


 ともあれ、手元に戻ってしまえば、お父さん的にも満足らしい。


「まあ、君の好きなようにしなさい」


 と、扉が閉まる寸前にチラッとわたしを見てきただけ。まるで助け船を出してくれなかった。当たり前のように、カチャッと鍵がしまる音がする。


「このクズ親……」


 もういいこのフリはおしまい。舌打ちしても許されるよね。

 どうしようか……コアラも起きているから、ちゅどーんと扉を吹き飛ばすのは簡単だ。むしろ早くしなければ、コアラが寝てしまう。


 なんて、埃っぽい部屋なのだろう。

 掃除なんてまったくされた形跡がない。ただ四角いだけの部屋。

 床も冷たく、こんな場所で寝かされたら、子どもでなくてもすぐ風邪を引いてしまうだろう。


 そんな部屋に閉じ込めて、あの母親は『昔を思い出しなさい』と言っていた。

 つまり、昔、ルルティアをここに閉じ込めていたということ。


「なんで……」


【わたし】の記憶に、こんな場所に閉じ込められた覚えはない。

 だから、魔力が発現する前の【ルルティア】が、こんな場所に閉じ込められていたということだ。二歳だった、本当に幼い子どもが。


「どうして……」


 これは、ルルティアの涙なのか。

 それとも、わたしの涙なのか。


 止まらない絶望と苦しみとやるせなさに、わたしはただ泣き崩れるしかなかった。


 これじゃあ、ダメなのに。

 四歳児の身体になんて流されず、もっと頭を使って、考えなければ。


 わたしを救えるのは、わたしだけなのだから。


「ぐも」


 気が付くと、コアラが何かを差し出していた。


「ぐもも、ぐも」


 身振りからして……部屋の隅から拾ってきたのだろうか。

 コアラが薄汚い布きれ……ぬいぐるみかな。わたしに渡そうとしてくる。


 そのぬいぐるみは、とても汚かった。元は白かったのかもしれないが、すっかり手汗や埃で灰色に染まりきっている。正直、あまり触りたくないと思うほどの代物だ。


 だけど、わたしはそれに即座に手を伸ばしていた。

 わたしが考えるまでもなく、わたしの身体が、真っ先に薄汚いぬいぐるみを抱きしめていた。

 ずっと会いたかったと、わたしの中のわたしが泣いていた。


「これ……もしかして……?」


 心の中で「ごめんね」と謝ってから、わたしはぬいぐるみを確認する。

 とても不器用な人が作ったのだろう。まず、縫い目が杜撰で、管理の悪さもあるだろうが、あちこちほどけかけている。造形も色々おかしくて、元のモチーフは……クマだったのかな。でも、顔のわりに目が小さく、代わりのように鼻が大きい。あげくに耳も八つ当たりのように大きい。


 そんなぶさいくでかわいい造形に、わたしはとある記憶が蘇ってくる。


 ずっと、ずっと暗がりの中でこのぬいぐるみを抱きしめていた記憶。

 お母さんも、お父さんも会いに来てくれない。

 メイドすらも、ほとんど会うことができない。


 ひとりぼっちの中で、唯一そばにいてくれた存在が、このぬいぐるみだけだった……そんな寂しすぎる記憶。


「もしかして、コアラ……」


 あぁ、これは二人の涙だ。

 わたしとルルティア、二人分の涙が目から溢れて止まらない。


「だから、あなたはコアラの姿でやってきたの?」

「ぐも」

「ルルティアが少しでも喜ぶようにって?」

「……ぐも?」


 なるほど、これでコアラか。

 カーライル殿下と決闘したとき、わたしの口を使ってコアラが言っていた。


 使い魔の姿に、意味などないと。

 めちゃくちゃ意味があるじゃないか。


 ルルティアが唯一馴染みある動物がコアラだったんだよね? 

 閉じ込められて、寂しくて、怖くて、そんな毎日の中で、唯一の心の支えが、このぬいぐるみだったんだよね……? それを知っていて……この姿を選んだんでしょ?


「やさしいじゃん、コアラ」

「ぐもも?」

「誤魔化されないから。わたしはあんたの飼い主ぞ?」

「ぶふぅ」

「でも、ドヤ顔されるのはやっぱりムカつくかも」


 わたしはすぐに調子に乗るコアラを抱きしめる。ぎゅーっとぎゅーっと抱きしめる。


「あーあ、今日もわたしのコアラがかわいいなー!」

「ぐも!」


 そんなとき、扉のほうから物音がした。


 よく見たらあの扉、下の方に窓がついているんだね。

 差し入れられるのは、プレートに載せられたご飯だ。なるほど、食事は定期的に与えられていたらしい。


 だけど、中身が質素すぎやしないかい?

 メニューは具なしスープとカチコチパンと鳥肉っぽい何か。


 一応、スープを一口飲んでみる。冷たいし、味がなさすぎる……。

 パンは固すぎて、四歳の力では、手でちぎることすら困難なんだが?

 鳥肉っぽい何かは……変な臭いがする。食べちゃダメなやつだ。


「こんの、どクズ親……」


 これで昔の恐怖を思い出させて、再び言うことを聞かせようってか。


 なめんなよ。わたしはもう、泣いてばかりのルルティアじゃない。

 中身がアラサーになったこともあるけど、それ以上に……今の【わたしたち】には、最強の使い魔がいるんだから!


「コアラ、準備はいいね?」

「ぐも」

「それじゃあ、せーの!」


 ちゅっどおおおおおおおおん!!


 思いっきりいかせてもらいました。


 爆音と爆風に吹き飛びそうになる四歳児の身体を、わたしはグッと足を踏みしめて堪える。

 扉がまわりの壁をえぐって吹き飛んだ衝撃は、大きなお屋敷全体を揺らしたことだろう。


 粉塵があけると、ヘルメットをかぶったモブ兵士がひとり立っていた。


「俺の出番をとっといてくれないか?」

「ユーリさん!」


 ヘルメットを脱ぐと、そこには落ち着く剣道部部長的なイケメンフェイス。

 到着が誰よりも早いということは、ちゅどーんの前からわたしたちを助けようとしてくれていたのかな。それは見せ場をとって悪かったな。反省はしないけど。


 途端、コアラが慌ててユーリさんの傍へ駆け寄って、よじよじ。胸元をわしわし。


「ちゃんと待ってたようですよ、コアラが!」

「餌目的だけどな……」


 わたしがスープを飲んだから、コアラもご飯が食べたくなったんだね。

 ユーリさんも呆れながらも、ちゃんとユーカリの葉を用意してあるところが流石である。


 さぁて、コアラのご飯が終わったら反撃開始だ!


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