33話 幼女とモブ兵士
いざ、ルディール侯爵家へ。
「うれしいねぇ! ルルティアが我が家に帰ってきてくれるなんて!」
「えへへ……!」
「ぐもおおおおおおおお」
ルディール侯爵家は、王宮から馬車で一週間ほどの距離だ。
馬車の中はぎこちない会話がたまに行われる、居心地度ゼロの空間である。
雰囲気で言えば、新幹線の中で連日社長と隣の席になってしまったようなものだろうか。
「ぐもおおおおおおおおおおお」
ガタゴトと揺れる馬車の中で、ひときわ響き渡るコアラのいびき。
「コアラ君は、いつもこうなのかい!?」
「そうですねー!!」
「ぐもおおおおおおおおお」
おかげで声を張り上げないと声が聞こえないので、会話が減ってありがたかったんだけどね。ずっとお母さんは顔をしかめて、鼻と口をハンカチで押さえていただけだったけれど。
道中で泊まる宿はそれまた豪華だった。
ご飯もおいしいし、部屋もスイートルームを泊ってくれた。王宮のお部屋顔負けの豪華絢爛なホテルの一室を、ひとりと一匹で使いたい放題だ。もちろんコアラの餌代もケチることなく、毎日新鮮なユーカリの葉をどこからともなく用意してくれている。
こんな快適道中、わたしは今晩も、コアラとふっかふかベッドに寝転ぶ。
「でも普通、久々に会った子どもといっしょに寝たくならないのかな?」
「ぐも?」
まあ、当然、わたしはあんな人たちと添い寝したくないので、ありがたい配慮ではあるのだが。
それでもなんか同意がもらいたくて、わたしはてくてくと部屋の扉を開けてみる。
部屋の前には、お父さんが用意した兵士が警備についているのだ。
「そう思わない? 兵士さん」
「一介の兵士に話しかけないでくれます? ルルティアお嬢様」
敬語ながらも、気さくに返事をくれる兵士さん。
ヘルメットをかぶって顔は見づらいものの、わたしはその下がモブ顔系イケメンであることを知っている。実際、わたしの足下についてきていたコアラが、兵士さんの身体をよじよじ登って、胸ぐらのあたりをわしわしとしている。
「きみたちに、隠密行動は向かなそうだよね」
そう嘆息しながらも、内ポケットからとりだすのはユーカリの葉。
コアラ君、侯爵がせっかく用意したユーカリよりも、このユーカリのほうが好きらしい。こっちのほうが毎日できたて直送だもんね。侯爵どんまい。
「危ないモンスターがやってきたら、いつでも呼んでくださいね。ちゅどーんもパンチもいつでもいけますので!」
「頼むから、お嬢様は大人しく兵士に守られておいて!?」
そんなモブ兵士のユーリさんは、わたしが心配だからとわざわざ兵士に扮してついてきてくれたのだ。侯爵の部隊に紛れ込ませるために、ミハエル殿下も協力してくれたんだって。さすがに、殿下自体がついてくるのは顔バレがすぎたらしい。
侯爵一向にずっとフードをかぶった人が同行するのも怪しすぎるしね。別れ際の殿下の悔しそうな顔が、見物だったなぁ。
ともあれ、パパたちの愛に、わたしはニッコリである。
ちなみに、こんな道中も当然、ユーカリの木が爆誕現象は起こっている。
行く先々に付きまとうユーカリ怪奇現象に、両親は大層恐怖していた。
「なぜ……なぜなんだ……ルルティア、本当に何も知らないのか? たとえば、そのコアラが何かしているとか」
「そんな、ひどい……わたしのコアラを疑うなんて……」
ただでさえ、近寄られると身体が今も震えるのだ。
四歳ゆるゆる涙腺で泣く真似なんてラクショーである。
「あぁ、そんなつもりなんてないんだよ。ごめんな、おまえもこわいよな」
お父さんは、わたしとお母さんのフォローに必死のようだ。
視線がそれた隙に、わたしはいつもどおりコアラを撫でる。
「発火しないだけマシだよね、コアラ」
「ぐも」
リンリンとした鈴の音は「いつでもアタシの愛を燃やせるわよ」と言っているのだろうか 元凶のモブ兵士が「ぷっ」と噴き出したのを、わたしは聞き逃さなかった。
まあ、俗にいう『ざまあみろ』というやつだ。
そして、侯爵家へ無事に(?)到着した。
さて、待ち受けているのはご馳走か。それまたパーティーか。
わたしとコアラは立派な金ヅルだもんね。
また入学前のようなチヤホヤ生活が待っている……!
そう考えていたわたしが甘かった。
「ここで、ゆっくり昔を思い出しなさい」
いきなりわたしとコアラは、お母さんに閉じ込められた。
窓なし、家具なし、シンプルすぎる密室である。
……え、いきなり詰んだ?





