閑話 カーライル殿下の事情④・前
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「いいかい、人間相手にちゅどーんしてはいけません」
ルルティアの父親が、オレのだいすきなミハエル叔父上である。
その事実が今一つ呑み込めなかったオレ、カーライル=フォン=パルキアだが、目の前の光景でようやく現実が受け入れられそうな気がする。
「でも、困っている四歳の娘を見捨てるなんて、毒親もいいところじゃないですか」
「どくおや……言い得て妙だけど、それでも相手はモンスターじゃなくて人間だ。まずは物理ではなく、対話を試みなさい。とりあえず言葉は通じるはずだから」
ミハエル叔父上が、真剣な顔でルルティアを叱っている。
ちゃんと屈んで、視線を小さなルルティアに合わせて。
いいなぁ。叔父上のこういうところが、オレ、だいすきなんだ。
父上は、いつも上からだから……怖いんだよなぁ。
だけど、肝心のルルティアはずっとぶーたれていた。
「もしも、言葉が通じなかったら?」
「僕に相談しなさい。ちゃんと証人がいない場所と言い逃れができない状況を作ってあげるからね。それからちゅどーんしよう」
ミハエル叔父上が、ルルティアの新しい父親なのだという。
なんて父親らしい助言……なんだよな?
まるで娘のちゅどーんを完全犯罪にしようとしている気がするが、これも父親としての愛情なんだよな。いいなぁ……いいのかなぁ?
ともあれ、出会いがしらに吹き飛ばしてしまったルディール侯爵夫妻は、現在医務室で治療を受けている。報告では、怪我は大したことないらしいものの、心意的ショックが大きくて寝込んでいるとのことだ。
お二人が快復するまでのあいだに、ルルティアとオレは離れの庭に連れてこられた。
離れの隅の部屋から見慣れない木が爆誕している気がするが、きっと気のせいだろう。
ともあれ、叔父上が久々にオレたちに魔法を教えてくれるらしい。
オレの使い魔である黒猫シェンナもそろそろ復帰していいだろうとのことで、オレたちも訓練に参加させてもらうことになった。
「ルルティアには、吹き飛ばす以外の手段も覚えてもらいたいからね」
「燃やすとか?」
「もっと被害を大きくするつもりかい?」
その問答に、オレは頭が痛くなる。
オレ、過去に四歳の女の子を燃やそうとしたことがある……。
肩に載ったシャンナがオレの頬を舐めてくれた。
優しいな、シェンナ……。オレ、同じときにおまえに酷いことを言ったのに……。
オレ、おまえに相応しい主人になってみせるからな!
心の中で決意すると、シェンナが嬉しそうに「にゃー」と鳴く。
ミハエル叔父上が、パンパンと両手を叩いた。
「まずは学園で習った復習をしてみよう。二人とも、小石を飛ばしてみて」
このくらい、オレとシャンナなら楽勝だ。
オレたちはらくらくと小石を生成、前方に飛ばす。
威力はそこそこ。王宮の壁にパシンと当てる程度。本当はもう少し威力をあげることもできるけど、壁に傷をつけるわけにいかない。そういうのは郊外にいって練習するべきだもんな。
「おお、さすが殿下」
ルルティアが感心した様子で拍手してくれる。
わ、悪い気はしないな。
「つ、次はルルティアの番だぞ!」
「がんばりますっ!」
素直にやる気を見せるルルティアがかわいい。
しかも自分で髪の毛を結べるのえらいな。ふさふさのポニーテールがとてもよく似合っている。触りたいな……でも、邪魔しちゃダメだもんな。
今は珍しくコアラも起きている。
だからルルティアも問題ないはず……。
ルルティアが目を閉じて集中している。初級魔法に真剣なルルティアもかわいい。
そして、気合を入れた声も当然かわいかった。
周囲の砂が巻き上がり、ルルティアのまわりに収束していく。
「小石よ!」
途端、ルルティアの前に巨大な岩石が爆誕した。
ルルティアより大きな岩石を見上げて、ルルティアは乾いた笑みを浮かべる。
「……大は小を兼ねる!」
「兼ねないからね?」
「じゃあ誤差だ!」
「僕はルルティアに小石の概念から教えないといけないのかな?」
ミハエル叔父上の冷静なツッコミに、オレはすかさずフォローを入れた。
「叔父上、これはルルティアではなく、コアラが悪いのではないのか!?」
すると、叔父上がオレを見下ろす。
余計な口を出すなと怒られるかと身構えるも、叔父上は淡々と説明してくれるだけだった。
「そんなことないはずだよ。使い魔は主人が与えてくる魔力の量に応じたイメージしか具現化できないからね。稀に主人の意図としない魔法を使い魔が使うこともあるけれど、使い魔は主人からの命令なしに魔法を使うと、その精神に大きなダメージを負うんだ。使い魔もバカじゃない。むしろ普通の人間よりも思慮深く、知性が高いとされている。よほどのことがない限り、使い魔は主人の言うことを聞くはずさ」
むしろ、叔父上も不思議そうだ。
なぜ、ルルティアの魔法はいつも過剰なのだろうと。





