29話 幼女と来客
あのあと、いつのまにかわたしは寝ていた。
撫でてくる手に、魔力でもこめられていたのだろうか。
それとも単純に、肝試しをした四歳児の体力が限界だったのだろうか。
気が付いたら、朝日が差し込むベッドの上で目覚めていて。
隣で珍しく、コアラが「ぐも」と挨拶をしてくれる。
「おはよう、コアラ」
わたしがコアラの頭を撫でると、コアラは気持ちよさそうに目を細める。
しばらくして、ユーリさんがわたしを起こしにきた。
とてもゆっくり扉が開かれてると、彼は今日もお金持ち風な正装だ。
どこぞの坊ちゃん、すぐに見慣れてしまったね。
「もう起きてたのか? 夜更かしさせられてたんだから、ゆっくり寝ていてよかったのに」
「なら、どうしてユーリさんがこの時間に部屋に?」
「いやあ……起きたとき、ひとりきりだと寂しいかと思って」
……旅をしていたときは、当たり前だが同じ部屋で寝泊まりしていた。
旅費の問題もあるけど、パパと娘だろうと、兄と妹だろうと、四歳児が別室なのもおかしな話だからね。わたしのアラサー的な気恥ずかしさはどこかに追いやっていたんだけど。
たしかに、四歳なら普通は親と寝起きしているもんね。ましてや、今日は見慣れぬ王宮の客間。起きてびっくりしちゃうなんてこと、四歳ならあるかもしれない。
あいかわらず優しいなぁ……。
「ありがとうございます」
「……なにかあったのか?」
いきなり問われて、きょとんとする。
すると、ユーリさんがわたしの隣に座ってきた。
「いつもよりも大人びた感じがするけど……怖い夢でも見たのか? 王妃様からの罰はあっさり終わったって報告は受けていたけど……」
そうですね。肝試し自体はあっさり片付いた。
王妃様も、養父のことをちゃんと知るようにと図ってくれての肝試しだったのだろう。
知った結果の、困惑なのですがね。
このことを、同じ養子のユーリさんも知っているのかな?
なんで、ミハエル殿下はユーリさんも養子にしたんだろう?
「ユーリさんに前世の記憶はありますか?」
「やっぱりどうした? 昨夜がそんなに怖かったか?」
うん、どうやら違うらしい。
本当に転生者なら、もうちょっと動揺するはず。ユーリさん演技ができるようなタイプだとも思えないし。だったら、養父一〇〇〇歳説も知らないかもしれないな。それなのに、わたしから明かしてしまうのはダメだよなぁ……。
謎が多いなぁ。最初はチートなただのお嬢様転生だと思っていたのになぁ。
コアラが出てきてから、風向きが変わりすぎてるよなぁ。
コアラを膝の上に置こうとすると、居心地が悪かったのか。結局わたしの左腕をよじよじしてきた。そこが好きなんだね。だけど、どうやらユーリさんが気になるらしい。珍しくわたしの腕からユーリさんの身体に移動し、服の下をまさぐるようにしている。
「もしかして、これかい?」
そして取り出されたユーカリの葉を、コアラは即座に食べ始めた。
そんなコアラを眺めながら、わたしは再び尋ねてみる。
「そういや、ユカリさんはお元気ですか?」
「……うん、とても元気だよ。今朝も屋根を突き破るくらいにはね」
わかりやすく視線を逸らすユーリさん。
なるほど。わたしを心配してと理由を付けながらも、今朝も起きたらユーカリの木が爆誕していて、居づらくなって逃げてきたんだね。
ユーリさんの十八歳らしい言動に、わたしはケラケラと笑った。
その後、王宮でいただく朝ごはんはすごくおいしかった。
なんやかんや、昨日はバタバタしてゆっくりご飯を食べれなかったからね。
コアラも今日はよく起きているほうで、今朝獲れたてのユーカリの葉を美味しそうに食べている。
だけど、いらない来客ほど突然やってくる。
「愛しのルルティアちゃん、一緒におうちに帰りましょう!」
「はあ?」
わたしの実両親である。ルディール侯爵と侯爵夫人というやつだ。
けっこう年配ながらも美男美女。さすがはルルティアの両親だ。
しかし、ここは王宮ぞ?
手続きはちゃんと済ましたのか? 兵士さんらは何をしている?
おまえらは使い魔のコアラに奮闘している四歳の娘を無情に破門しておいて、どの面して『一緒に帰ろう』とおっしゃりやがる?
とりあえず、わたしは食事の途中ながら、コアラを抱きかかえる。
「コアラ、やっちゃってくれる?」
「ぐもおおおおおお」
コアラが、実の両親をちゅどーんした。
わたしは無表情で壁に打ち付けられた両親を眺めながら、コアラを撫でる。
今日もわたしのコアラがかわいいなー。





