28話 幼女と一〇〇〇歳
「あなたは今、おいくつなんですか?」
「一〇二五歳かな。ルルティアが倒した銅像は、二十五歳のときに魔王討伐に成功した記念で作られたものだよ」
「……わたしが倒したんじゃなくて、あなたが倒したんでしょうが」
「バレてた?」
てへぺろじゃないよ。そのとぼけ方は前世でも古いと言われるやつだ。
ともあれ、今、さらりとファンタジーワードが出てこなかった?
魔王討伐?
この世界に魔王とかいたっけ?
千年前の歴史を四歳児はまだ学んでいないだけかな?
話しが飛躍しているからこそ、妙に生々しい。
わたしは寝ているコアラを抱き上げ、お腹の匂いを思いっきり吸う。
はあ~、シャンプーの匂いに混じった獣臭はクセになる。
一呼吸ついてから、わたしは再度質問をする。
「王宮の亡霊って、あなたのことでいいんですよね」
「そうだね」
「実態は……あるんですよね?」
「触ってみる?」
そう言いながら、ベッドに腰かけたわたしの傍でしゃがみこんで、両手を広げてくるミハエル殿下。
見た目二十五歳のキラキライケメンに抱き付くのも忍びなかったけど、千歳越えのおじいちゃん……そう考えると、容赦なく甘えられるよね。
そんな現実逃避をしながら、その胸の部分にしがみついてみた。
あたたかい。心臓の鼓動を感じる。
人に抱きしめられたのは、いつぶりだろうか。
このぬくもりは、生きている人間にしか与えられないもの。
「なぜ亡霊なんて呼ばれているんですか?」
「基本的に、僕は王宮に軟禁されているんだよ。こんな浮いた存在、いかようにも悪だくみに使われるからね。まぁ、千年も生きていれば抜け道なんていくらでも覚えるし、勝手にフラフラしているんだけど」
なるほど、それで放浪癖。御者に扮していた魔法のローブも、千年の時間のあいだに探したか、自分で作ったかだったのだろう。
それに、学園長も殿下の不老不死のことはご存知だったのだろうな。
召喚師&教師として受け入れていたことはもちろん、ミハエル殿下のことを知っているのか、なんて聞いてきたくらいだし。千年生きる王子様なんて、門外不出にしたくても完全には難しいのだろう。本人がこれだしね。
「……王家のお邪魔虫が、勝手に養子縁組なんてしていいんですか?」
「それ、すっごく今の国王に嫌な顔されてる!」
笑って言うこと?
こちらまだ抱き着いたままなので、お腹のプルプル振動が直で伝わってますよ。
「王弟というのも、嘘なんですよね?」
「うん。時代によって呼ばれ方は違うし、そもそも王族扱いされないこともあるよ。ただ、今はカーライルのことがあるから」
「殿下、ですか?」
叔父上だいすきカーライル殿下である。
おそらく、カーライル殿下はおじさんが千歳であることを知らないのだろう。
……気持ち悪い、などと嫌悪してくるタイプじゃないと思うけどね。
むしろ『オレのおじさんスゲーんだぜ!』と自慢してくるタイプだ。想像するだけでかわいいなーおい。
そんな十歳の子どもがかわいいのは、わたしだけではないらしい。
「そう……王宮でひとりで寂しがっているところを放って置けなくてね。思わず遊び相手になってあげていたら、思いのほか懐かれてしまって。致し方なく、王弟ってことになっているんだ。僕らは見た目も似ていたし……実際、親戚なのには変わりないからね」
実際はひいひいひいひい……爺さんってことだね。
そんな長い時代を生きてきたのは、どのような心境なのだろう。
カーライル殿下を可愛がっているあたり、子どもは好きそうだ。だけど、可愛がっていた子どももあっという間に自分より老けて、死んでいく。人並みの想像力しか持たないわたしだけど、悲しいだろうな。どんな気持ちで、こうしてヘラヘラ笑っているのだろうか。
だから、言ってやるのだ。
「なるほど……くっそめんどくさい爺さんですね」
「ルルティア、僕に対してだけ容赦ないよね。嬉しいな」
「こちらも容赦ない扱いされてますからね」
四歳児が十歳の婚約者から嫉妬され、婚約破棄&決闘を申し込まれたり。
四歳児が実家から勘当されたり。
四歳児が燃える森とかいう危ない場所に単身放り込まれたり。
四歳児が盗賊のアジトで死にかけたり……は、自業自得だけど。
ともあれ、この二か月あまりで、この四歳児が波瀾万丈すぎたのは、紛れもなく千歳のキラキライケメンが関与していることに変わりはない。
やっぱり、もう一発殴っておこうかな。
コアラパンチは可哀想だけど、リアル四歳児パンチだったら問題ないよね。
……と、おなかにこぶしを当てようとしたときだった。
「そりゃあ、こんなおもしろい存在構わないわけないじゃん。というか、僕はきみみたいな子を待っていたんだよ。転生者さん?」
ギクッ。
え、今、なんて言った?
転生者? え、その文化、この世界にも知れ渡っていることだったの?
いっぱいいるものなの、転生者って!
「えっ?」
わたしがパンチをやめて顔をあげると、殿下がわたしの両頬を包んでくる。
身体は暖かいのに、その手はとてもひんやりとしていた。
「僕がめいいっぱい愛してあげる。きみが前世で得られなかったものを、僕がなんでも与えてあげる」
甘い顔をしたイケメンが、まるで恋する女を口説くときのような顔をする。
しかし、わたしは四歳。
そんなときめきに、誤魔化されない。
わたしの頭を優しく撫でながらの、「だから」のあとを聞き逃さない。
「いつか、僕を殺してくれる?」





