25話 コアラの嫉妬
詰んだ……今度こそ、本当に詰んだ……。
その後、わたしたちは挨拶もそこそこ、パーティー会場を後にすることになった。
そりゃあね、使い魔が王妃様を攻撃しちゃったらね。呑気に「ケーキおいちいねー」なんてしてられないよね。巨大ケーキの前でドヤ顔からウルウルし始めていたカーライル殿下の顔が忘れられない。すまん。
「ほんとう……どうしてあんなことしたのコアラあああああ」
「ぐもおおおおおお」
「いい加減騙されないからね。面倒だったり都合が悪くなるとタヌキ寝入りしてるでしょ!?」
わたしが思いっきりコアラを上下にシェイクすると、さすがのコアラも堪えたのか「ぐもっ、ぐもっ」と慌て始める。これでも派遣の仕事だけじゃ食べて行けなくて、バーでアルバイトしていたこともあったんだから。シェイクなら任せなさい。
目を回しているコアラと向き合って、わたしがギンッと睨みつける。
だって、今は控室でふたりっきり。もう少ししたら、着替えが終わった王妃様が話をするためにやってくる。正式な謝罪の前に、コアラに理由を聞くなら今しかない!
ちなみにわたしの自称保護者たちは、王妃様が「あなたたちがいると面倒だから」と別の部屋に追いやってくれている。ありがたい。すっごくありがたい。
ともかく、やらかした理由もわからないほど、不誠実な謝罪もない。
わたしが睨んでいると、コアラがとても不満そうな声で鳴いた。
「ぐも」
「何が不満なの?」
「ぐもももも」
「ご飯が足りなかった? それともパーティー会場が何か気に食わなかった? 蝶ネクタイが苦しかった? 香水の匂いが嫌だったとか?」
たしかに動物にパーティー会場の煌びやかや大人の女性の香水の匂いはストレスだったかもしれない。でも、この子たち動物は動物でも、使い魔だからな。
使い魔は『魔法生物』という通常の動物とは別のくくりで分類されている生物である。知能だって人間相当かそれ以上のものもいるとされているほどだ。実際いつもより豪華なリボンを着けた黒猫シェンナちゃんも、カーライル殿下の肩の上で大人しくしていたし、他にも使い魔らしき動物を連れていた人もいた気がする。
コアラだけ、そんなことは……でも、コアラだからなぁ。コアラだもんなぁ……。
そうため息を吐きかけたとき、コアラが珍しくわたしの胸にしがみついてくる。
「ぐもぐも」
そして、頭をグリグリ押し付けてくる。
なんだ、このかわいい仕草は。
媚びて誤魔化そう……というわりには、必死だな。
「もしかして、わたしが原因なの?」
「ぐも」
「なんだろう……寂しい思いをさせたとか」
「ぐも」
寂しい……と言われてもなぁ。
コアラが召喚されてから、それこそ四六時中いっしょで、それこそお風呂もいっしょだし、トイレくらいでしか離れたことなんてないんだけどな。
コアラを撫でながら、何がそんなに不安にさせたのかと悩んでいたときだった。
「妬いちゃったんじゃないかしら?」
のんびりとした声音に、わたしはハッと背筋を伸ばす。
そしてお召し物を替えた王妃様に、わたしはコアラを抱えながら最敬礼しようとした。
「王妃陛下、この度は大変申し訳ないことを――」
「子どもが無理に畏まらないでいいわ」
頭上から、くすくすと優しい笑い声が降ってくる。
……怒っては、いないようだ。
おそるおそる頭を上げると、王妃様がコアラの背中をそっと撫でる。
「ミハエルさんやユーリくんだけでなく、王宮に来たから急に他の人がルルティアちゃんを奪おうしてたから、びっくりしちゃったのよね?」
「そうなの、コアラ?」
わたしが尋ねると、コアラが「ぐも」と顔を背ける。拗ねているようだ。
つまり……肯定でいいってこと、だよね?
カーライル殿下の従者ベンジャミンさんや、王妃様が、立て続けにわたしを「うちの娘にならないか?」と勧誘してくるから、それに嫉妬してたってこと?
こんなの、ぎゅーっとするしかないじゃないか!
「わたしのコアラが今日もかわいい……」
「ふふっ、そうね。かわいい使い魔さんね。あなたのルルティアちゃんはとらないから、わたくしとも仲良くしてもらえる?」
「ぐも!」
王妃様に撫でられても、コアラが嫌がっていない様子だ。
「ふふっ……これでセットでわたくしのもの……」
「なにか言いました、王妃様?」
「いいえ。なんでもないわ」
なんか怖い声が聞こえた気がするけど、王妃様の笑みには逆らってはいけない……そんな元アラサーの直感には従っておくとして。
それはそうと、きちんと謝罪せねばならない。
「あの……うちのコアラがごめんなさい……」
わたしが改めて頭を下げると、王妃様がくすっと笑う。
「あらあら、じゃあ、コアラくんと主人のルルティアにはバツを与えないと」
「すみません、俺の監督責任です!」
「いや、オレの婚約者なんだから、バツはオレが受けるべきだ!」
途端、わらわらと部屋に入ってくるのはユーリさんとカーライル殿下。
喧しいな、過保護ども。
しかし、一番に気に障るのは、一番後ろだ。
ニコニコと野次馬感覚でついてきているミハエル殿下よ、おまえが正式なわたしの養父じゃなかったか? 娘の不始末をおまえが一番謝るべきではなかろうか?
そう睨んでいると、ミハエル殿下が揚々と口を開く。
「どうせ、自分でけじめをつけるんでしょう?」
「まあ、そうなんですけどね」
むかつく……ルルティアのことは一番僕がわかってますよ風の養父が、一番ムズムズする。
ともあれ、どのような事情であろうとも、王妃様を危ない目に遭わせておいて、「ごめんなさい」で終わらせるわけにはいかない。わたしの気持ち……もあるけど、あの現場を目撃した者は大勢いた。
きちんと責任はとっておかないと、それこそ養父や自称パパや婚約者や、当事者のコアラが嫌な思いをすることになったらイヤだもの。
「わたしの使い魔のやらかしはわたしの責任です。いかような罰でもお受けいたします」
そして王妃様の前で頭を下げると、彼女は満足そうに微笑んだ。
「それでは、あなたたちには王宮のトラブルをひとつ解決してもらいます」
「トラブル?」
「『王宮の亡霊』と呼ばれる者の正体を探ってほしいの」




