17話 幼女のこぶし
あの決闘のとき、ガチで詰んでいた可能性があったんだなぁ……。
ただでさえコアラに悪戦苦闘しているのに、そのうえ片腕幼女生活とかハードすぎる。わたしはもうちょっと優しい異世界生活を満喫したい。できたらぐーたらやっほいな溺愛らくちん生活を過ごしたかったくらいだ。
通りすぎた恐怖に背筋をぞわぞわさせていたときだ。
誰かに背中をツンツンとつつかれる。ユーリさんはすでに経験済みと知らないせいか、今も急に頭を抱えだしたわたしにポカンとしていて……他にいるのは、この人くらいか。
「僕の見立てだと、コアラくんはそんなヘマしないと思うよ?」
「へ?」
御者さんである。
失礼ながら、モブでいいと思っていた人。というか、そうであったほしかった。適度な他人行儀で「お茶飲みますかー?」「ありがとうございますー」だけで済むような希薄さがありがたいときもあるんだよ。濃すぎる毎日を過ごしていると。
そんなネームドなしの御者さんがニコニコと告げてきた。
「コアラくん、ぞんざいなようできみのことは大事にしているようだから。前にこぶしに魔力を込めたときも、何重に防御魔法をかけていたしね」
「ぐもぅ……」
御者さんの言葉に、コアラが恥ずかしそうに顔を逸らしている。
えっ、コアラの照れ顔、初めて見たんだが? 普段はふてぶてしい分、かなりかわいいのだが? なぜこの世界にカメラがない!?
だけど、わたしの心はアラサー。御者さんの発言の違和感に、ツッコまずにはいられない。「御者さん……わたしが決闘したの、見てたんですか?」
「うん。学園にちょっとした仕事で伺っていたとき、たまたまね」
えー、この御者さん一発屋じゃないのかなー。
こわいなー。本当にそんなたまたまあるのかなー?
だけど、今もスライムはぽよんぽよんしている。退治しないと進めないし、ここでわたしたちがやらないと、ユーリさんは二度と退治に協力させてもらえない気がする。
そんなのは悲しいよね。幼女は勢いだ!
せっかく二度目の人生、魔法使いになれたんだもん!
「いくよ、コアラ!」
「ぐも!」
すると、右手があたたかな魔力がこもっていく。
これよ、これ。わたしはちょうどぽよんぽよんしてきたスライムに向かって、こぶしを叩きつけた。
「コアラぱーんちっ!」
ぶふぉおおおおおおおおっ!!
ブシャアアアアアアアアッ!!
幼女が放ったとは思えないパンチの風圧と、スライムの爆砕の仕方に、ユーリさんが人外をみるような目でわたしとスライムを見比べてくる。
なんとなく気まずくて、前世の人生では決して口にしないようなことを言ってしまった。
「またつまらぬものを殴ってしまったね、コアラ」
「ぐも」
ともあれ、わたしとコアラはやっぱりけっこう強いらしい。
しかも、モブだと思っていた御者さんが有力情報を教えてくれたのだ。
「魔力を武器に込めるだけだったら、コアラくんが寝ていてもできると思うよ。
「そうなの!?」
コアラが寝ていても戦えるなら、かなり融通が利く。
その後の道中もモンスターはたびたび現れるので、スライムを殴り、大ネズミを殴り、ゾンビ犬は触りたくなかったので爆砕し、ちまちまクリスタルを集めて換金していたら、宿代&修繕費はなんとか賄えるくらいの稼ぎになっていた。
それでも長い道中、お金の問題ではなく、宿にありつけないこともある。
「いいかい、この結界の中から絶対に出ちゃダメだよ? 外にはモンスターはもちろん、盗賊らもここらを根城にしているって話だから。でもこの結界の中にいれば、気配すら感じとられず安心だからね」
(これでもアタシ、元は聖女だったのよ!)
森の中で忽然と現れたユーカリの木々。当然、これはユーリさんとユカリさんの魔法だ。
その中だと、わたしにもユカリさんの姿や声が見聞きできるというもの。
なんともこのユカリさん、得意は結界や防護の魔法だという。だから、このユーカリの木々に囲まれた野宿場所にはモンスターはもちろん虫すらも入ってはこれないらしい。
自信満々に胸を張るユカリさんに対して、コアラは「ぐも……」と何か言いたげな目をしているけどね。
ともあれ、ユーリさんや御者さんたちの寝息が聞こえたあとも、珍しくコアラが起きている。
これは、前世の夢を叶えるチャンスではないか?
「コアラ……二人でちょっとデートしない?」
「ぐも?」
ユーカリの木に登ってもしゃもしゃしているコアラに、わたしはにっこりと笑いかける。





