12話 コアラと燃える森
轟々とユーカリの木が燃えていく。その勢いは、まるでコアラがさっき盗賊たちを燃やした勢いよりも早く、どんどんユーカリからユーカリへと炎を広げていた。
「森が燃えてる!?」
「こっちだ!」
驚くわたしの腕を、ユーリさんが掴む。
強く引っ張られながらも、わたしは叫んだ。
「待って、コアラがまだ木の上にいるんだよ!?」
「ユーカリの発火はよくあることだが、こんな勢いは俺も初めてだ! 早く逃げないと火傷なんかじゃ済まないぞ!」
子どもに優しい、とてもいい人だ。子どもに対する厚意には素直に甘えたいところだけど、それだけでは引けない。
「だったら、コアラも連れてこなくちゃ――」
「諦めろ! 死なない使い魔より、きみのほうが大事だ!」
わたしが素直に動かないことを察してか、ユーリさんは軽々とわたしを抱き上げた。彼の腕の中で、わたしは固唾を呑む。
そうだ、いのちをだいじに。
せっかくもらった二度目の人生だ。四歳で終わらせるなんて惜しいに決まっている。四歳児がこんな森林火災に巻き込まれて、大人の力を借りずに生き延びられるはずがない。
それに、使い魔は死なない。たとえ死ぬような怪我を負っても、彼らの世界に還るだけ。
なら、大人の判断に従おう。彼の様子だと、コアラを諦めれば、わたしと彼は無事に生き延びる算段がありそうだ。
――だけど、それでも……。
「却下ああああああっ!」
わたしはユーリさんのみぞおちを思いっきり蹴り飛ばし、彼から飛び降りる。
とすんと尻から着地したため、お尻が痛い……。
それでも泣いている暇はない。咳き込みながらわたしに手を伸ばすユーリさんから逃げるように、わたしはコアラのもとへと走る。
「コアラあああああああああっ!」
わたしは落ちてくるコアラをいつでもキャッチできるように手を広げる。
当然、わたしの命を粗末にしていいわけじゃない。
実の親に捨てられようが、養父が今一つ信用できなかろうが。
どんな詰んだ状態になろうが。
わたしだけは、わたしが好き。
他にわたしのことを好きになってくれるひとがいないもの。
それでも、これはこれ。それはそれ。
コアラもわたしの大切なペット……じゃない、使い魔なのだ。
飛び散る火の粉がチリチリとわたしの肌を焦がす。舞い散る灰のせいで息苦しい。
あぁ、詰んだ。またしても詰んだ。
だけど、たとえこいつのおかげでどんなに詰んだ状況になろうとも、コアラはわたしを選んでくれた、わたしのもとに来てくれた、大切な大切な相棒なのだ。
だったら、わたしがコアラを愛さなくてどうする!!
「コアラああ、いっしょに逃げるよおおっ!」
「ぐも?」
だけど……コアラは発火する木なんてまったく意ともせず、マイペースにもしゃもしゃとユーカリの葉を食べ続けていた。
決死の自分がアホらしくなるほどのコアラのゆるさに、わたしはいつも通り頭を抱える。
「くそぉ、今日もわたしのコアラがかわいいなーっ!?」
「も?」
「いや、そんな『当然だが?』って顔してないで……熱いでしょ!? まわりの炎が見えないの? わたしが受け止めてあげるから跳び下りておいで!」
「ぐも~?」
「だから『なんで~?』って顔してないでさ……このままじゃコアラの丸焼きになっちゃう――あちっ」
ひときわ大きな火の粉がわたしの顔に付きそうになって、慌てて払ったときだった。
コアラの目がきらりと光った。
そうか、いつも左腕にくっついていたから見えなかったけど、魔法を使うときの使い魔って目が光るんだね――と、どこか現実逃避をしていた、次の瞬間。
どごおおおおおおおおおおんっ。
森が吹き飛んだ。
爆風と土煙で何も見えないけど、たぶん周囲一帯が燃える木ごと、わたしたちを中心に吹き飛ばされた。
轟音の中でユーリさんの「ぐあああああああっ」という絶叫が遠ざかっていく。
わたしが踏ん張っていられるのは、コアラの慈悲なのだろうか。
もう酸欠になろうが、口の中に砂が入ろうが関係ないよね。
人間には叫ばねばならないときってものがあるのだ。
「コアラあああああああああ!?」
そして、世界に静寂が戻った。
ぜえはあ、と四つん這いで息を整えていると、前方の土煙がはけていく。
だからコアラよ、そんな『火には火を……決まっただろ?』みたいな顔して、無駄にカッコよく四つ足歩行してこないでくれる?
さも当然とばかりにコアラがわたしをよじ登ってきたときだった。
コアラの爆撃で吹き飛んだはずのユーカリの木が一本だけ残っている。
しかも黄金に輝いて、鈴のような声を発した。
(幼女を味方につけるなんてズルいわ!)





