11話 コアラとくまさん
森のくまさんとコアラって、どっちが強いのだろう?
少なくとも、四歳の幼女より、どちらも強いにちがいない。
「コアラあああああ、起きてよおおおおおお」
「ぐも?」
わたしがコアラを縦にブンブン振ると、コアラの目がパチッと開く。
わたしは即座に叫んだ。
「コアラ、くまさんと盗賊をやっつけて!」
「ぐも!」
くまさんと背後の盗賊が炎上した。
燃える森編……コアラがすべてを燃やして、完。
いいなぁ、これで終わったら早くていいなぁ。
多分、わたし結構な大罪人になって、『牢獄編』とか始まっちゃいそうだけど。
お空も真っ暗。ユーカリの木々の隙間から見えるお星さまがきれいだ。異世界にも宇宙ってあるんだなぁ。
そんな現実逃避をしていると、思わぬ声が聞こえた。
「ちがっ、俺、くまじゃない! 人間だ! この小屋の持ち主だ!」
くまじゃなくて、人間だと?
つまりあれだ。わたしが不法侵入した家屋の持ち主を、さらに問答無用で燃やしてしまったってこと? しかも、くまさんは盗賊の退治にも協力してくれてたから、命の恩人だったりする?
「……コアラ、くまさんの火だけ消してもらっていい?」
「ぐも」
ひとり炎上していた盗賊は、スタコラサッサと逃げていきました。
離れた場所で「かしらぁ!?」とくまさんがぶっ飛ばした盗賊たちが消火に勤しんでいたから、きっと命も助かったに違いない。多分ね。
あれからすぐに朝日が昇った、ユーカリの森の中。
元ジャパニーズ、最大の謝罪方法は土下座である。
もちろん、コアラにも無理やり頭を下げさせた。
「大変申し訳ございませんでしたっ!」
「ぐもぉ」
……コアラはとても不満そうだけどね。
だけど、このくまさんはとても人格者だった。
「いや……身だしなみの手入れを怠っていた自分が悪いんだ……気にしないでくれ」
わたしが洟を啜りながら顔を上げると、そこには美丈夫がいた。焦げたついでに、伸びっぱなしだった髪とひげを処理したら、普通にイケメンフェイスが現れたのだ。ミハエル殿下みたいなキラキラと違い、もっと正統派。剣道部や柔道部部長な感じである。お巡りさんとかでもいいかもしれない。体格もがっしりしているしね。ゆったりとしたシンプル服装でもわかる筋肉は、元アラサーなら誰でもそそられるだろう。
「というか……なんできみみたいに小さな子が、こんな場所へ?」
そんな茶髪に青色の瞳が澄んでいる優しいマッスルなお名前は、ユーリさんというらしい。まだボサボサな眉を困らせているユーリさんのごもっともな質問に、わたしは応える。
「王命……正確に言えば、王弟の命令です」
「王弟……って、ミハエル=フォン=パルキア殿下で合ってる?」
「合ってます。この森の調査を依頼されてきました」
「こんな幼い子どもに? 王弟は何を考えているんだ!?」
その疑問はごもっとも!
ぜひともヘラヘラ顔の王弟に抗議してもらいたい。
そんな会話をしながらも、ユーリさんがミルクを温めてくれた。こんな場所でミルクが飲めるとは。意外と近くに牧場があったりするのかな? それに、焚火に小鍋をかけて温めてくれたときに見ていたんだけど、ユーリさんも魔法使いらしい。どんなに見渡しても、使い魔は見えないんだけどね。このお兄さんは何者だ?
そんな疑問は、心から四歳になって尋ねるにかぎる。
「ユーリさんって、何をしているひとなのー?」
「俺はき……きこりをしているんだ! ほら、ここにたくさん木が生えているだろ? 切りたい木がたくさんあるなーって!」
うっわぁ、嘘くさい。もう急に早口になるあたりが、いかにも嘘ついてますって感じ。メンタルはお兄さんより年上のアラサーですからね。このくらい簡単に見破れます。
まあ、でもなー。それはお互い様だしなー。わたしも本物の四歳とは言い難いもんなー。
そんなことを考えながら、ホットなミルクでホッとしていると、ユーリさんが木を見上げる。
「今度は俺がまた質問していい?」
「どうぞ?」
「あの動物は?」
ちなみにコアラ、わたしが手を離したら、すぐさまユーカリの木を登り始めた。
わたしの腕から離れたのなんて、久しぶりではなかろうか。
もっちゃもっちゃと葉っぱを食べる姿が幸せそうだ。
わたしは遠い目でコアラを見上げながら答える。
「コアラです。一応、わたしの使い魔です」
そうだ、わたしの使い魔だ。決してわたしが使い魔ではない……たぶん。
そんなコアラが、突如「ぐもっ!?」と慌てた声を出す。
ユーカリの木が、いきなりの発火を始めた。





