苦労人賢者の並走 〜隣国姫と暴君王の冷え切った結婚ですが、いろいろ誤解があるようで!〜
大陸にある一つの帝国。
その王国を収める暴君王と呼ばれた若き帝王の元に1人の花嫁が嫁いできた。
花嫁は、美しい白銀の髪と蕾のような頬を持っていて、瞳は輝く宝石のようであった。
まるで妖精のような姫君であった。
しかし、その婿はというと残虐な皇帝で、闇を閉じ込めたような黒い髪。
そして鋭く燃えるような赤い瞳を携えたその姿は悪魔のようであった。
賢者の仲裁で2人は結婚式をあげた。
愛も何もない政略結婚である。
宴は、隣国の姫と皇帝の結婚ということで大変な盛り上がりであった。
帝国1番の腕前を持つ踊り子たちを招いて行われた、見事な踊りに感激している者もいる。
ある者は知人と話に花を咲かせており、ある者は帝国中の料理人が腕によりをかけた豪華な食事を堪能している。
ある者は新たな出会いに胸を踊らせ、ある者は音楽に合わせて踊っている。
皆、楽しそうに笑顔を浮かべている。
そんな中。
眉を潜めて不機嫌そうにいる皇帝と。
人形のように静かに座っている姫。
2人の間には透明な壁ができている。
誰が見ても、2人の仲は最悪だ。
これはまずい、瞬時に気をきかせた賢者は、隣国のお偉いさんの相手や外交官との情報収集や宴の指示を瞬時に切り上げて、すぐさま2人の元に近づく。
「そ、その姫君。何か不満はございますか?」
「ありません」
きっぱりと拒絶されるように言われて、賢者はなんとか会話を繋げようとする。
「そ、それでは……先程の踊りはどうでしたか?我が帝国の自慢の踊りでございます。」
「そうですね。外国から来ました私には見慣れない踊りで、とても感銘を覚えました。」
さりげなく、この国の者ではないと言われ、賢者は焦った。
「そ、それでは―――」
「もうよい。祝宴は終わりだ」
婿である皇帝はそう冷たく言い放ち去っていった。
「あ、あの…」
残された2人。
我が君!
なんてことなさるんですか!
お願いだから花嫁を置いて出ていかないでくださいよ!
心の中で叫び声を上げて、賢者は恐る恐る花嫁殿の顔を盗み見る。
花嫁は何もなかったように座っている。
「私はお構いなく。それより、新しい侍女を選びたいのだけれど。」
こちらが選んだ侍女は信用ならないと遠回しに言われ、賢者は固まった。
それからというもの、夫婦となられた隣国の花嫁殿と婿となられた我が君の仲は、氷のように冷え切っている。
我が君に嫁の様子を見ろと言えば、
「くだらん。死にはしないだろ」
と言われ。
花嫁殿に皇帝の元に訪問したらどうでしょうかと言えば、
「いえ、私事が邪魔でしょうし。お仕事の邪魔はできません」
と言われてしまう始末。
賢者は、派閥と民と外交関係と嫁問題で頭を悩ます日々が続きました。
「我が君、そろそろ花嫁殿を訪れてください!宴から一度も会ってないじゃないですか!」
「時間の無駄だ。忙しい。」
我が君は冷たく言い捨てると書類にサラサラとサインをしていきます。
「我が君の新しすぎる政策に反対する、古くさくて頑固頭で無能な貴族たちをうま〜くなだめないといけないんです!
しかも無能のくせに派閥争いとかで、両方のご機嫌とりをしないといけないし、戦争にならないように細部まで気をつけながら隣国とも交渉をしないといけないし、街の衛生に関する政策もしないし、ついでに優秀の者が少なすぎて部下の育成もしないといけないんですよ!」
「父上の時代の者は、皆腐りきってる。権力だけに執着している無能たちを切り捨てて何が悪い」
「だからって、急すぎなんです!優秀な者がいなくて、手が足りてないんです!お願いですから、嫁問題まで作らないでください!」
現在5徹目の賢者の目の下には、クマがハッキリとついている。
こんだけ働いても残業代も出ないし、引き受ける人材がいないせいで雑用まで受けてしまっているため、ぶっちゃけ、ブラック企業よりもひどい。
「無理だ。俺には心に決めた者がいる。」
「それって、我が君が一目惚れしたっていう初恋の姫ですよね。12年前の話ですよ……」
「ああ、そうだ。一目惚れしたんだ。舞踏会から逃げ出した庭園で俺は初恋の姫と出会ったんだ。まさに俺の『月の女神』さ!運命の出会いだよ。崖から落ちた彼女を、俺は助けてバラを渡したんだ!彼女は本当に月の女神のように――」
初恋の方ねぇ……
賢者は、いつも無口で笑顔の一つもない暴君と呼ばれる人物が、頬を染めて嬉しそうに語りだしているのを見てため息をついた。
何とかならないだろうか、と賢者が考え込んでいると嫁の国から訪問者が来たという知らせが舞い込んできた。
どうもチャラチャラしていて、良くない噂を聞くので賢者は訝しんで密かに王室の隠密部隊である影に様子を報告させることにした。
いつものように激務をこなしていると、影から訪問者が怪しげな様子で庭園に向かうと聞いて、賢者は後をつけることにした。
帝国を訪問したのも誰かに会うのが目的なのかもしれない。
ここは客室から遠いし、わざわざ来るような場所ではない。
となると誰かと密会……
何もないといいけど。
そんな賢者の願いも虚しく、バラの咲き誇る庭園にいたのは、
涙を流して、久しぶりの訪問を喜んでおられたのは…………花嫁殿でした。
「まぁ!お会いしたかったわ!」
いつもの人形のような姿からは想像できないほどはしゃいでいる姿は、一目で相手が想い人と分かってしまう。
「待っていたよ。こんな暴君王のもとに嫁がされて大変だったね」
そういって彼は帝国1番の権力者をどうどうと暴君呼ばわりした。
暴君王と言われているが、我が君もただ帝国を変えようと頑張っているだけなのに。
ただ、昔から誤解を招きやすい初恋の方を探しているウブな方なのに。
というか、こいつはただの伯爵家の三男のくせに、何勝手に暴君呼ばわりしているのだろうか。
賢者は柱の影に隠れてそっと歯ぎしりをしていた。
「そうね。6歳の頃の私は、あの森であなたに助けられなければ崖から落ちて死んでいたわ。そういえば、あなたはこの花を私にくれたのよね。『月の女神だ』って」
そう言って花嫁が手に取ったのは我が帝国でしか咲かないバラでした。
「そうだな。今も愛してるよ」
「ええ。私も」
2人の会話を聞きながら賢者は眉間にシワを寄せた。
なぜ花嫁殿はあのバラを知っているのだろうか。
あの花はずっと国外に持ち出されたことはなかったのに……
花嫁が去り、彼が1人残ったところで賢者は話しかけようと柱から出た。
「すみません。あの―――」
「おい。あんた庭師か?このバラ少し切っとけよ。ジャマだ」
庭師……
賢者が固まっていると、彼はさっきまで花嫁が持っていたバラを地面に捨てて踏みつけた。
「はぁ。この城は面白くないし、遊べる相手がいないし、最悪だな。」
彼は伯爵だったはずだが、なぜ他国のトップ2を覚えていないのだろうか。
間違っても、顔を知らずに他国の王族に今のように話しかけたら、両国の間で戦争が起こりかねない。
「その……花は? えっと、恋人さんと仲がよろしいんですね」
とりあえず情報を聞き出そうと、賢者はそのまま庭師のフリをして話しかけることにした。
「ああ。あれか。ウソに決まってるだろ。あの姫、俺のこと初恋相手だと思ってるんだよ。ちょっと調べてなりすましていたら、金が楽に入ってくるんだよ。お前も楽に金稼げたらいいと思うだろ」
賢者が言葉を失っていると彼はそのまま
「はぁ。お前も皇帝に気をつけろ。暴君王だからな」と去っていった。
花嫁殿は騙されてますね……
賢者は引っかかりを覚え、帝国図書館にある昔の訪問記録を読み漁ることにした。
花嫁殿が貰ったというバラがあるのは我が帝国だけ。
つまり6歳の頃、花嫁殿は帝国に来たことがある。
花嫁殿が帝国を訪れたことがあるのは過去3回。
そのうち、年齢が合うものは12年前にあった舞踏会の1回だけ。
丁度、我が君も参加した舞踏会。
そして、医師室の記録から見つかったのは、とある姫が崖から落ちそうになり、膝を擦りむいたという記述。
普通、他国の王族を治療するとなると大問題で、王族のサインが必要だが何故かそれがない。
つまり権力を持つ、我が帝国の皇帝の血筋を持つ者がいたことになる。
そして、あの『月の女神だ』と言うセリフ。
今まで何十回、何百回と聞かされたセリフ。
そう、若きころの我が君の初恋の姫への口説きセリフだ。
真実を突き止めた賢者は皇帝と花嫁の元へと走った。
2人がいたのはバラの庭園だった。
遠くからでも、宴以来となる再会は、微笑ましいものではなく、邪悪な雰囲気が辺りにただよっているのが分かる。
「お前!許可なく俺の花にさわるな!」
花嫁殿の手の中にはあのバラの花があった。
まずい。
我が君は初恋の姫とのつながりのバラを大事にしている。
それを勝手に取ろうものなら……
「今すぐ、出て行け!!!」
我が君は剣を抜き、それを花嫁に向かってふり下ろす。
「待ってください!その方は……!」
手遅れになる前に、止めなければ!
賢者は、足を動かす。
剣が花嫁に当たる直前、賢者は花嫁の前に滑り込んだ。
「ッ……グッ…………」
剣が刺さった腹からは血が吹き出し、周りを赤く染めていく。
腹が焼けるように痛く、体に力が入らない。
賢者はそのまま地面に倒れ込んだ。
「っ!!!賢者さま!!」
「おい!何をしているんだ!!」
薄れゆく意識の中、叫び声を上げて覗き込む2人が賢者には見えた。
目を開けると、そこには豪華な料理が並べられきらびやかな装飾がされている……宴の会場だった。
「っ!」
慌てて腹を確認するが、腹には剣も刺さっておらず、血も出ていない。
周りを見渡す。
「これは……」
数ヶ月前に行われた暴君王と隣国の姫君の結婚式。
その宴の準備の最中だ。
まさか、
「時間が巻き戻った……!?」
いや、こんなことが……
呆然としている賢者に、侍女が声をかける。
「賢者様。ぼーと突っ立ってないで準備を手伝ってくださいよ。もうすぐ隣国からきた花嫁が来るんですからね。」
そう言われて賢者は頭をなんとか動かして返事をする。
「あぁ」
まだ式は始まってない。
これは……
偶然なのか、必然なのか、神様の気まぐれなのかは分からない。
だが、
………まだ遅くない。
賢者は呟いた。
大陸にある一つの帝国。
その王国を治めている暴君王と呼ばれた若き皇帝の元に1人の花嫁が嫁いできた。
花嫁は、美しい白銀の髪と蕾のような頬を持っていて、瞳は輝く宝石のようであった。
まるで妖精のような姫君であった。
しかし、その婿はというと残虐な皇帝で、闇を閉じ込めたような黒い髪。
そして鋭く燃えるような赤い瞳を携えたその姿は悪魔のようであった。
民は語る。
正反対の2人は運命的な再会をした初恋の相手だったと。
令嬢達は語る。
2人は誰もが羨ましがる愛し合う夫婦だと。
歴史家たちは語る。
2人の勧めた政策は後世代に残るものだと。
隣国の王子は語る。
あそこの国には手は出さない方がいいよ。暴君王もいるし、化け物級の人材がゴロゴロいるからさ。
皇帝の子供たちは語る。
パパとママ、ラブラブだよ。
正反対の花嫁と婿だったが、彼らは国に平和をもたらした。
1人の賢者と供に。