9 西の塔
「『王室危ない』ってどういうことだよ……?」
冷静さを保てなくなったエリック殿下の表情は、見るからにどんどん険しさを増していく。
「詳しいことはもちろんわからない。この手紙の文面がすべてで、それ以上の情報はないからな。でも王室に危機が迫ってることをなんとか伝えたくて、フレデリク殿下自身がこんなことを考えついたんだろ。凡庸だのなんだの散々言われてたけど、結構な策士じゃねーか」
本当にそうだ。
昨日、アスタにこのからくりを教えてもらったときには、正直言って呆気に取られてしまった。そして素直に、案外やるじゃねーかと感心してしまった。
手紙を通して『記憶の残滓』を見たアスタには、フレデリク殿下の意図までもがしっかりと見えていたらしい。
『人望があり出来もいい長男と頭の切れる三男に挟まれた凡庸な次男』なんて長く揶揄されてきたフレデリク殿下だけど、俺たちまわりの目のほうが逆に節穴だったのかもしれないとすら思ってしまう。
「これは……、『愛される資格などない』の二巻に出てくる暗号だ……」
「え? そうなのか?」
「ああ。主人公に危険を知らせるために、誘拐された友人が残した手紙にも同じトリックが……」
「だとしたら、お前が貸した本は無駄じゃなかったってことだな。読んだ内容がちゃんと生かされてるんだから」
「あいつ……」
エリック殿下が、なぜか感極まったように言い淀む。
世間では好き勝手にあれこれ噂されてきた王家の三兄弟ではあるが、実はエリック殿下とフレデリク殿下の仲はそこまで悪くはない。というか、エリック殿下は少し年の離れたフレデリク殿下を可愛がっていた節がある。生意気な末っ子のアイザック殿下はエリック殿下にあまり懐かなかったらしいが、フレデリク殿下は本来とても素直な子どもだったらしく、エリック殿下のあとを追いかけ回すほど仲がよかった時期もあるというから驚きである。
「とにかくだ、フレデリク殿下がいる西の塔で、何かが起きている可能性は高い」
いや、実際は、ベイロン商会の残党が押し入ったことまでしっかりわかってるんだけどな。でもそれを言ってしまうと、アスタの能力のことも明かす必要が生じてしまう。だからその辺りはうまく伏せながら、話を進めようという計画である。
「こんな手紙をいきなり俺に送りつけてきたんだ。何かしらのSOSと見てまず間違いないだろ」
わざと偉そうにびしっと断言すると、エリック殿下も渋々頷く。
「……恐らくは、そうだな……」
「ただ、『王室危ない』の言葉が何を示すのかはまったくわからない。フレデリク殿下自身が事件や騒動に巻き込まれてるのか、偶然王室の危機を匂わせる情報を入手したのかは皆目見当がつかないわけだ」
「それは、そうだが……」
「ってことは、やっぱり直接行ってみるしかねーよな?」
「は? 直接行くって、西の塔にか?」
「ああ。何があったのか、直接この目で確かめたほうが早いだろ」
「いや、ちょっと待て。何かの罠かもしれないだろ? 筆跡は確かにフレデリクのものだが、誰かに利用されてるとか騙されてるとか、そういう可能性も……」
「そうかもしんねーけどさ。わざわざこの俺に手紙を寄越してきたんだぜ? フレデリク殿下が俺を頼ろうとしたのか罠にかけようとしたのか、そんなのは正直どっちでもいいんだよ。売られたケンカは買ってやんねーとな」
「いや、これはケンカじゃないと思うが……」
珍しく動揺しているのだろう。弱々しく正論を吐いてから、エリック殿下は何やら思案顔になる。
実は昨日、フレデリク殿下の暗号の意味がわかってエリック殿下に進言することを決めたあと。
『ラナルフ様。これはもう、直接西の塔に行ってみるしかないのでは……?』
まあ予想通りではあるのだが、アスタが必要以上に目をきらきらさせて言い出したのだ。
『……お前、西の塔に行ってみたいだけだろ』
『そんなことはありません。でもこの手紙だけでは全容の把握は不可能ですし、百聞は一見に如かずと言いますし』
さも当然といった無表情で堂々と持論を主張するアスタに、俺は脱力する。
『お前なあ、ナイトレイ公爵領に行けたからって今度も行けるとは限らねーだろ? だいたい、ベイロン商会の残党が潜伏してるとわかってて、そんな危ないところにお前を連れて行くかよ』
『だからこそです。私が一緒に行けば、残党も油断するかもしれません。それに私なら、フレデリク殿下にしろ誰にしろ、嘘を言っていると見破ることができます。何が起こっているのかわからない今こそ、私の出番だと思うのです』
『いやいや、危ないからダメ』
『ラナルフ様は、私の意見を尊重してくれないのですか? 私の願いを全力で叶えるのが趣味って言ってたじゃないですか』
『そりゃ、言ったけどさ。でもそれとこれとは話が別だろ。お前を危険にさらしたくねーんだよ』
『そんなの、私だって一緒です。ラナルフ様を一人で危険な場所に行かせたくはありませんし、私もラナルフ様の役に立ちたいのです』
『でも』
『何より、この世界で一番安全な場所はラナルフ様の隣じゃないですか』
ぐうの音も出ない、というのはこういうことを言うのだろう。
これほどまでに弁が立つ妻に勝てるわけもない。説得しようと試みた俺が浅はかだったとしか言いようがない。
こうして、アスタにうまく言いくるめられてしまった俺はエリック殿下をうまく言いくるめることには難なく成功する。
そして翌々日には、西の塔へ向けて出発することになったのだ。
◇◆◇◆◇
これまでも、月に一度は王室から西の塔まで必要な物資を送り届けていたという。今回の偵察が決まるとその準備が急ピッチで進められ、俺たちは輸送部隊と共に西の塔を目指すことになった。
「お久しぶりです、アスタリド様」
「ギデオン様も、お変わりないようで」
王立騎士団の一員として日々駆けずり回っているギデオンが、精悍な顔つきで歩み寄る。
「師匠がこの輸送隊のメンバーとして俺を指名したと聞いて、どんだけうれしかったかわかりますか?」
「……お前はいつも大げさなんだよ。扱いやすいやつを呼んだだけだろ」
「ラナルフ様、誤魔化してもダメですよ。エリック殿下に輸送部隊として騎士団員の精鋭を派遣すると提案されたとき、『信用できるやつがほしい』と言ってギデオン様を指名したのでしょう?」
「……なんでバラすんだよ」
ふふ、と得意げなアスタの言葉に、ギデオンが嬉々として飛びつく。
「今回の輸送隊のメンバーの中には、以前ベイロン商会に一緒に乗り込んだ騎士団員もいます。信頼できる精鋭ぞろいですから安心してください」
「ああ。よろしく頼む」
物資の積み込みに追われる騎士団員の中に、見覚えのある顔をいくつか確認する。
俺たちが西の塔に向かうにあたり、フレデリク殿下の手紙のことを騎士団員たちには伝えていない。事が事だけに、慎重を期する必要があると判断したからだ。
表向き、俺たちが輸送隊に同行するのは幽閉されているフレデリク殿下の反省と更生の度合いを直接確かめるため、ということになっている。
まあでも、選りすぐりの精鋭として集められた騎士団員たちのことだ。ある程度は察するものがあるらしく、どことなく緊張感が漂っているのは否めない。
西の塔は、王都のはるか西側、人里離れた場所にひっそりと建っていた。かつてはなんとかという伯爵領だった場所だが、大罪を犯して爵位を剥奪されたため、王領にして西の塔を建設したとかなんとか。
塔のまわりには何もなく、手紙にあった通りツキミソウが多く群生しているだけのうら寂しい場所である。塔自体はぐるりと高い塀に囲まれていて、おまけにいかつい顔の門番が常駐しているせいかそこだけ異様に物々しい雰囲気を醸し出す。
これ、ベイロン商会の残党たちはどうやって侵入したんだろうな。外にいる門番たちが侵入に気づいてないとしたら、押し入った残党は相当な手練れだと言わざるを得ないんだが。
馬車を降りて門番に王太子からの書状を見せ、物資を運び入れる騎士団員と一緒に入り口近くまでたどり着く。
大きく開け放たれた扉の先にいたのは。
「え、ガルヴィネ先生、とアスタリド嬢……?」
記憶の中のフレデリク殿下に比べるとややくたびれた感のある、第二王子その人だった。




