16 親友の結婚(前編)~二人の父親~
あれから、数カ月がたった。
時は巡り、花の季節を迎え、今日はアイザック第三王子とレイラ嬢の結婚式である。
今日も今日とて可愛い妻は俺の瞳の色であるシルバーグレーの煌びやかなドレスを纏い、史上最強、当代随一の麗しさを誇っている。あー、可愛い。
「俺の奥さんは、どんだけ俺を夢中にさせたら気が済むんだろうな」
言いながらその手を取ってそっと指先にキスすると、「ラナルフ様こそ、素敵です……」なんてつぶやきながら恥ずかしそうに身じろぎするアスタ。
あー、可愛い。まじで可愛い。大事なことだから何度でも言いたい。
このまま結婚式なんかキャンセルして、抱きかかえて回れ右して寝室に直行したいくらいなんだが。
「今日は盛大な結婚式になりそうですね」
馬車に乗り込みながらうれしさを露わにするアスタに、俺は自分の破廉恥な欲望を押し留めるしかないのである。あー、めんどくせえ。
結婚式が行われる大聖堂には、すでにたくさんの貴族が集まっていた。さすがは第三王子の結婚式、国内のほとんどの貴族家が招待されているらしい。
ひとまずレイラ嬢の控室に顔を出すべく二人で廊下を歩いていると、突然後ろから「ミルヴォーレ小侯爵!」と呼び止められる。
「ご無沙汰しております」
振り返ると、あの柔和な顔の温厚な伯爵がにこにこと近づいてくる。
「レミントン伯爵! お久しぶりです」
「小侯爵も夫人も、お変わりないようですね」
「おかげさまで」
「お二人には、改めてお礼をとずっと思っていたのですよ」
伯爵が恭しい態度で一礼するから、俺もアスタも驚いて慌てふためく。
「やめてください、伯爵」
「いえいえ、あなたがたには本当に、なんとお礼を言ってよいか。本人たちが直接言えない分、親である私が申さねばと」
「そんなことは……」
「お二人はもう出発されたのですか?」
「ええ。向こうの国からもだいぶ急かされていたようでしてね。取る物も取り敢えず、バタバタと旅立っていきましたよ」
そう微笑む伯爵は、心なしかちょっと寂しそうでもある。
レミントン伯爵の娘であるエイブリル嬢は、あれから一度も王都に戻ってきていない。ジェラルドやシーラ親子との自由気ままな生活がだいぶ気に入ったらしく、ずいぶんと楽しく過ごしていたようである。
そんな中、ジェラルドの描いた絵が海を隔てた先にある大国シャバーナの絵画コンクールで最優秀賞を受賞する。
それは、あのとき描いていたエイブリル嬢の絵だったらしい。『雨と踊る妻』と題されたその絵画は美と芸術の国シャバーナでかつてないほど高く評価され、ジェラルドは彼の国の芸術学校講師として招かれることになったという。
それを機に正式にエイブリル嬢との結婚を決め、ナイトレイ公爵家とも縁を切ってシャバーナに旅立ったジェラルド。貴族籍を抜け、平民になってしまうことに懸念はあったものの『ジェラルドと一緒なら何があっても大丈夫です』なんて頼もしい手紙がエイブリル嬢から届いたときには正直ほっとした。
「国立芸術学校の講師として招かれるにあたり、彼の国から叙爵の話もあるようでしてね」
「そうなのですか?」
「ええ。さすがは美と芸術の国。最も称賛され、敬われるのは芸術家なんだそうですよ。王なんかより、余程崇拝されるらしい」
我が国の外交を担い、国際情勢にも詳しいレミントン伯爵は「興味深いですよね」と満足げに笑う。新たな国で娘夫婦が幸せに暮らすことを、誰よりも望んでいるに違いない。
「機会があれば、一度訪れることをお勧めしますよ。自然豊かで、街並みも殊の外美しい国ですから」
「そうですね。近いうち、二人に会いに行きます」
俺の言葉に、アスタはいつものように目を輝かせながら真顔でうんうんと頷いている。
伯爵と別れてしばらくすると、今度は苦虫を噛み潰したような渋い顔をした男とすれ違う。
「……これはこれは」
すごいタイミングで現れたのはジェラルドの父親、ナイトレイ公爵その人だった。
「ミルヴォーレ小侯爵夫妻には、ご機嫌麗しく」
わざとらしい大仰な挨拶が、鼻につく。
結局、レミントン伯爵家との婚約はまとまらず、縁をつなぐことができなかったナイトレイ公爵はエイブリル嬢を公爵領に連れて行った俺たちのことをかなり疎ましく思っているらしい。直接あれこれ言われたことはないものの、他所ではだいぶ悪しざまに吹聴しているんだとか(ちなみにその話はエリック殿下や義父であるミルヴォーレ侯爵から聞いたのだが、二人とも見るからに呆れていた)。
「その節は、愚息が世話になったようで」
皮肉のつもりなのだろうか。苛立たしげに何か言い返そうとしたアスタを制し、俺はにやりとほくそ笑む。
「愚息? どなたのことを言っておられるのですか?」
「は?」
「ナイトレイ公爵家に『愚息』と呼ばれるようなご子息はいなかったと思うのですが」
「なにを……」
「次男のレオナルド殿は、幼いながらもすでに大器の片鱗をうかがわせる逸材だとお聞きしております。長男のジェラルド殿にしたって、その才能を買われて大国シャバーナに招かれたとか。一体何をもって『愚息』とおっしゃられるのか」
「な……!」
公爵はジェラルドの受賞や芸術家として他国に渡ったことを当然知ってはいるものの、宰相家には相応しくないとまったく認める気がないと聞く。
確かに代々宰相を務める家門としては期待外れだったのかもしれないが、ジェラルドの想いを無視し、親の価値観を押しつけるそのやり方が長く息子を苦しめてきたのだとなぜ気づかないのだろう。
俺は大袈裟にため息をついてから、吐き捨てるように言い放つ。
「あんたさ、そんなんじゃ次男の教育も間違えるぜ」
公爵が言葉を失ったのは言われた内容になのか、はたまた聞くに堪えない乱暴な言い回しにだったのか。
どっちでもいい。俺は涼しい顔で、するりとその脇を通り過ぎる。
「ラナルフ様。早くシャバーナに行ってみたいですね」
無邪気にささやく、俺の妻がいつも以上に可愛すぎた。
その後、ジェラルドに関する顛末を振り返り、我が身を反省したのはなんとナイトレイ公爵夫人だった。
夫人は夫である公爵に従順な慎ましい女性だったが、さすがにジェラルドへの対応には母親として思うところがあったらしい。
宰相を担う家門としての在り方や子どもの教育方針について改めて考え直した夫人は公爵に反旗を翻し、幼い次男レオナルドを連れてあっさり実家に帰ってしまう。怒り心頭の公爵は妻子を連れ戻そうとすったもんだするが話し合いは拗れに拗れ、最終的にどういうわけか俺たちもその騒動に巻き込まれることになるのだが。
このときの俺たちには、知る由もない。
最終話が長くなってしまったので、前・後編に分けました。
お昼頃には後編を投稿しますので、よろしくお願いします!




