14 悪党の標的
「は? まじか?」
俺が声を潜めると、アスタは一ミリも表情を変えずに小声で言い募る。
「フレデリク殿下の手紙を通して『記憶の残滓』を見たときに、残党のトップと思われるフランの顔は確認できています。その顔に似た者を、アンドゥーネの使節団の中に見つけました」
「え、どれだよ?」
「いえ、まだちょっと、確信が持てないのです。なので直接確かめようかと」
すこぶる真面目で真っすぐな、一点の曇りもないアスタの瞳。
いつものことながら、俺はまたしても頭痛がしてきた。
「……お前、直接確かめるって触れるってことか?」
「もちろんです」
「どうやってだよ。危ねーだろそんなの」
「大丈夫ですよ。モニカ様のときだって、何度も触れていましたけど全然バレなかったのですよ? 触れることができれば『記憶の残滓』を見ることができますし、真相を暴くのは可能です」
「いやいや、ラッセル男爵令嬢とは比較になんねーだろ。悪党のトップだぞ? 触れようとした途端返り討ちに遭うに決まってるし、そんな危ないことはさせられない」
「でもこのあと陛下の挨拶が終わったら、エリック殿下たちは中央の大階段を降りてきて使節団や貴族たちの挨拶を受けますよね? 挨拶は使節団のほうが先ですし、エリック殿下たちに最も近づく瞬間を狙ってくるはずです。もう一刻の猶予もありません。何かあってからでは遅いのですよ」
「いや、でも――」
「ラナルフ様。私を信じてください。そして一番近くで、私を守ってください」
強い視線に、射抜かれる。
ついこの間言われたばかりのアスタの言葉を思い出す。この世界で一番安全な場所は俺の隣だと言い切った目の前の愛しい妻は、俺が守りきることを信じて疑わず、驚天動地な暴挙に出ようとしている。
あーあ。まったく困ったもんだ。
それがどんなに無謀な計画でも、どんなに命知らずな暴走でも、アスタが望むのなら好きなようにさせてやりたいと思ってしまう。俺がすぐ隣で、すべての憂いを払ってやればいいだけだと腹を括ってしまう。
「しょーがねーな」
小さくつぶやくと、アスタが俺の左腕にしがみつく。
「ラナルフ様。大好きです」
「俺のほうが何倍もお前のこと好きだけどな」
「え、私のほうが好きですよ」
「いや、俺だ」
最後は二人でふふっと笑って、瞬時に表情を引き締める。
「陛下の挨拶が終わってエリック殿下たちが階段を降りてきて、使節団が移動し始めたときを狙うぞ。どさくさに紛れてフランに近づけ。でも絶対に、無理はするな」
「はい」
密談を交わすと、ちょうど陛下の挨拶も終わって大きな拍手に包まれる。
俺たちは目配せをして、何食わぬ顔をしながらアンドゥーネの使節団に近づいていく。会場の多くの人たちがあちこちに移動し始める中、アンドゥーネの使節団はその隙間を縫うようにするすると進んでいくからなかなか追いつけない。
あの身のこなし、やっぱりただ者じゃないな。
人混みをかきわけ、ようやく近づけたと思ったらすでに王族が居並ぶ位置は目と鼻の先。
アスタは俺から手を離し、いきなり大袈裟にコケたふりをしたかと思うとすぐ前にいる人物の背中に触れた。
「す、すみません……!」
わざとらしくびんびんと響く声で謝るアスタと、何が起こったのかわからず咄嗟に振り返る、女性。
……え、女性!?
「ラナルフ様! この人です!」
振り向いたアスタの声に、女は鋭く刺すような目で俺たちを睨みつけたかと思うと素早く胸元から何かを取り出した。
そして鈍く光るそれを手にしたまま、走り出す。
「取り押さえろ!」
すぐさま指を差し大声で叫ぶと、そこかしこに控えていた騎士団員が一斉に駆け出した。
「貴様……!」
フランのすぐ隣にいたアンドゥーネの外務大臣が、憤怒の表情をしながら謀略の邪魔をしたアスタに襲いかかる。
ギリギリのところで二人の間に滑り込んだ勢いそのままに、俺はアスタを庇いながら思い切り体当たりをかました。
「うわっ……!」
想定外の方向から攻撃を食らった外務大臣はバランスを崩し、その場に倒れ込む。
そこからはもう、あちこちから騎士団員が駆け寄ってきて抵抗しようとするアンドゥーネの使節団をあれよあれよという間に捕縛していく。
突然の異常事態に辺りが騒然となりかけた、その瞬間。
「きゃーー!」
叫び声に顔を上げると、王族に向かって走りながら阿修羅の形相でナイフを突き出す女――――フランが。
「ユスティーナ、死ねえーー!」
飛びかかろうとしたフランのナイフを、即座に前に躍り出たギデオンの冷静な剣さばきが弾く。
「確保!」
鈍い光を放つナイフが宙を舞い、激しく床に叩きつけられたのとフランが捕縛されたのは、ほぼ同時だった。
あっという間に身柄を拘束されてもフランは鬼のように殺気立った表情を隠そうともせず、王族を、いやユスティーナ妃殿下を睨みつけている。
エリック殿下に守られるような形でその後ろに控える妃殿下は、怯えたような顔をしながらも何かに囚われたかのようにフランを凝視する。
そして、つぶやいた。
「フ、フランカ……?」
問われたフランは何を思ったのか、唐突に顔を背ける。その不自然な反応が、ユスティーナ妃殿下の言葉を肯定していると気づかないほど動揺しているらしい。
「ユスティーナ、こいつを知っているのか?」
エリック殿下の圧に一瞬怯んだように見えながらも、妃殿下は意を決したように頷いた。
「彼女は、フランカ・ダールベック。隣国アンドゥーネのダールベック侯爵家の元令嬢、です」
◇◆◇◆◇
結局、アンドゥーネの使節団は全員がベイロン商会の残党にすり替わっていた。
本物の使節団は国境を越えた辺りで捕らえられ、そのまま西の塔に監禁されているらしい。到着が予定よりも二日ほど遅れたのは、そういう理由があったようだ。
パーティーの途中で拘束した残党どもは騎士団に連行されたが、残党のトップと目される細身の青年フラン――いや、正確にはフランカ・ダールベックという元令嬢だったわけだが、そいつは大ホールから少し離れた一室に連れてこられて俺たちと対峙していた。
「なぜユスティーナを狙ったんだ?」
いつもは飄々とした笑顔を絶やさないエリック殿下も、さすがに感情の昂りを抑えきれないらしい。冷ややかな声は、容赦なくフランカに突き刺さる。
でもフランカは殿下を一瞥して、ふん、と馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
答える気はないらしい。
ここまできて、かなり往生際の悪い女ではある。悪徳商会の幹部ともなれば、悪あがきは専売特許とでも言うのだろうか。
「ユスティーナ」
エリック殿下は蒼白な顔で椅子にもたれる妃殿下を振り返り、しゃがみ込んでその顔を覗き込んだ。
「君は、この女のことを知っているようだが」
「は、はい……。恐らく……」
「知っていることを、教えてはくれないだろうか?」
殿下の懇願に妃殿下は「……はい」と頷いて、それから静かに話し始める。
「……先程も申しました通り、彼女はフランカ・ダールベック元侯爵令嬢だと思います。ダールベック侯爵家はアンドゥーネでは古くから名の知られた名家の一つで、代々王家の財務関係を担当する家門でもありました」
「元、というのはどういうことだ?」
「ダールベック侯爵家はある理由で爵位が剥奪され、すでに存在しないからです」
「存在しない? 没落したのか?」
「はい。ダールベック元侯爵がある重大な罪を犯したのです。財務を担当していた元侯爵は長年にわたって多額の国庫を横領しており、その罪に問われて最終的には処刑されました」
「処刑……」
重大な事実の暴露に、部屋の空気がどんどんその重さを増していく。
顔を背けたままのフランカは、憎々しげに床を睨みつけている。
「そして、何より」
妃殿下は感情の読めない顔をして、騎士団員に押さえつけられたままのフランカを臆することなく見つめた。
「フランカ・ダールベックは私の幼馴染であり、親友です」




