13 使節団の到着
翌週から、間近に迫った建国記念のパーティーに招かれた各国の使節団が到着し始めた。
ベイロン商会の残党が暗躍し、このパーティーを狙っていることはすぐに王立騎士団の幹部たちにも知らされ、対応を協議することになった。
作戦会議のため王太子の執務室に呼び出された騎士団長のウェイド侯爵は、
「王立騎士団の名に懸けて死力を尽くし、やつらの卑劣な計画など何がなんでも阻止してやりますよ! 我が騎士団に死角なし!」
頼まれもしないのに必要以上に奮起して、息子であるギデオンはもちろんエリック殿下にも盛大に煙たがられていた。相変わらず、暑苦しいおっさんである。
一方、ロドニー率いるクヴィスト商会は、その桁外れな情報収集能力によってベイロン商会の残党トップが「フラン」と呼ばれていたことを突き止める。しかもその外見が、チョコレート色のマッシュヘアをした見目麗しい青年らしいということも判明する(恐るべし、クヴィスト商会)。
「まあ、髪型にしても髪色にしても変装で誤魔化せるから、この情報を鵜呑みにして動くことはできないけどな」
「でも細身で、見目麗しくて、『フラン』と呼ばれてるってことがわかれば結構な手がかりになるんじゃないですか?」
「そうだな」
パーティーの準備の合間を縫って、俺とギデオンは毎日のように王宮に上がり、エリック殿下との打合せに追われていた。
「アンドゥーネの使節団の到着はいつなんだ?」
「明後日の予定だ」
「パーティーの前日か。ずいぶんギリギリなんだな」
「予定より二日ほど遅れての到着になるらしい」
「怪しいな」
「だいぶな」
パーティー当日は、ギデオンも騎士団の近衛隊と共にエリック殿下の護衛にあたることになっている。いつもの騎士団の精鋭たちも、先日西の塔に一緒に行った者は全員殿下の護衛か、殿下の近くに配置されることになった。万が一でもあのとき見た顔に気づいたら、即座に確保できるようにするためである。
そうして二日後、いよいよアンドゥーネの使節団が王宮に到着する。
今回の使節団は、外務大臣であるなんとかという侯爵とその補佐官たち、それに数人の侍女や侍従、という構成らしい。
外務大臣は到着してすぐ、自国の王女でもあったユスティーナ妃殿下のもとへ挨拶に訪れたという。ユスティーナ妃殿下が輿入れして、すでに二年弱がたつ。こちらではどんなふうに生活しているのか、不自由な思いをしていないか、それを直接見極める思惑もあったようだ。
ちなみに、ユスティーナ妃殿下なら外務大臣が本物かどうかすぐに見分けられるのでは? という意見も当然あった。でもアンドゥーネ時代、妃殿下と外務大臣にほとんど面識はなかったらしい。確認は難しいとわかって若干がっかりしたが、エリック殿下が殊勝な顔つきをしていたから誰も何も言えなかった。
かくして、パーティー当日。
俺は筆舌に尽くし難いほど美しくドレスアップした愛しい妻を伴って、王宮へと向かう。
アスタはいつだって世界一可愛いが、今日の装いは可憐さと同時に人妻としての気品や艶やかさが遺憾なく表現されていて、一層魅惑的である。俺の髪色である深い柘榴色にシルバーグレーの細かい刺繍が施されたドレスは似合いすぎてまぶしすぎて、独占欲が爆発しそうである(いや多分、もう爆発している)。
「どうかしたのですか?」
馬車に乗り込み、定位置である俺の隣に座るアスタが不思議そうな目をして俺を窺っている。
「いや、いつも以上にきれいだなと思って」
素直な褒め言葉が口をついて出ると、アスタは一気に真っ赤になって「な、なんですか急に」なんておろおろし始める。
あー、可愛い。可愛すぎる。このままこの透き通る首筋にキスしまくって、もうでろでろに甘やかして、死ぬほど俺に溺れさせたい。
無意識に押し倒そうとしていた邪な手の動きをすんでのところで抑え込んで、俺は取ってつけたように咳払いをする。
「急に、じゃねーよ。今日のアスタをひと目見た瞬間、全部持っていかれたんだよ俺は」
「は?」
「アスタはいつも可愛いし世界一きれいだけど、今日のアスタは一段と魅力的でほんとは誰にも見せたくない」
「え」
「それなのに長時間手も出さずに大人しくしてなきゃなんないなんて、ほとんど拷問だろ。それでなくても今日は何が起こるかわかんねーし、王宮の大ホールのど真ん中で大捕り物に駆り出されるかもしれないんだぞ。くそ、めんどくせえ」
「ラナルフ様」
「こうなったら、ちゃっちゃと全部終わらせてとっとと帰ってそのあともうこれ以上は無理ってほど存分にアスタといちゃいちゃしまくることだけを考えて、俺は今日一日を過ごすからな」
「は?」
「それくらいの褒美がないとやってらんねーよ」
「褒美、だなんて……」
頬を染めたままのアスタはちょっと視線を泳がせて、それから消え入るような声でつぶやく。
「とっくにラナルフ様のものなのですから、いつでも好きなようにして構わないのに……」
投げつけられた爆弾発言を無言でやり過ごした俺、まじで偉い。
でも侯爵邸に帰ってきて二人きりになったらもう一度今のセリフを言ってもらって、アスタが俺のことしか考えられなくなるくらい心ゆくまで独り占めしようと決意した俺だった。
◇◆◇◆◇
煌びやかに飾りつけられた王宮の大ホールに入場する。
見慣れない民族衣装を着た各国の使節団や華やかに着飾ったたくさんの貴族が入場し終わると王族の面々が入場し、堂々とした陛下の挨拶が始まる。
陛下と王妃殿下の脇には王太子であるエリック殿下とユスティーナ妃殿下、その隣には第三王子のアイザック殿下と婚約者のレイラ嬢が並ぶ(アイザック殿下はちゃんと茶髪だったが、まったく違和感がなかった。やっぱり気にしてたのは本人だけじゃねーかと言いたい)。
騎士団員たちも全員的確な位置に控えていて、視線をすすっと動かすと各国の使節団が目に留まる。
アンドゥーネの使節団は、王家の面々とは少し離れたスペースにいた。外務大臣と思われる屈強そうな髭面の侯爵とその補佐官と思われる男女が数人、いずれも硬い表情で陛下の挨拶に耳を傾けている。
どうやら、あのとき西の塔で見たやつらはいないようだ。
改めてぐるりと会場の中を見回してみても、見覚えのある顔を見つけることはできない。
あの使節団は本物なのか偽物なのか、残党のやつらはほかにもどこかに潜んでいるのか、そしてそもそもどんな策略を企てているのか、何もかもが判然としない中、言いようのない緊張感が大ホール全体を侵食していく。
一見すると建国を祝う絢爛豪華なパーティー会場ではあるものの、実は厳戒態勢の敷かれた緊迫の現場であることは否定できない。
――――そのときだった。
俺の手を取りながらアンドゥーネの使節団に何気なく視線を向けていたアスタが、「あ!」と小さな叫び声を上げて突然袖口を引っ張る。
「ラ、ラナルフ様……!」
やけに切羽詰まったような目をして、俺の耳元に顔を近づけるアスタ。
「どした?」
「あの、もしかしたら、『フラン』の正体がわかったかもしれません……!」




